試練は正しく起こっている

精神世界:スピリチュアルブログ
画像:写真AC

私は仕事(セッション)のことに関しては、すべて上の人(私のガイド)の指示で動いています。
私の個人的な思惑で動くことはまったくありません。
たとえ、私の意志で動いているように見えたとしても、違います。そこには深い意味が、必ず横たわっています。

セッション中はもう完全にゆだねて、自分ではなくなっています。なので、記憶もありません。
よくチャネリングの本でチャネラーはその記憶がないといいますが、その通りです。

そう、一つ説明しておいたほうがいいですね。
私は基本的にお客様がお見えになる前に、「つながっている状態」になります。じゃないと、時間の無駄でしょう。
セッションの時間をフルに使えるように、だいたい5分前~10分前くらいには準備を整えておきます。
(でもそれ以上前だと準備が整っていません。あまり早くお見えになってもお待ちいただくこともあります。セッションのお約束の時間はできるだけ正確にお守りください)

セッションが終わったあとは「つながっていない私」になって、お客様とのやり取りをすることもあります。お客様の声のようなメールのやり取りなんかですね。

でも、こういうやりとりさえ、すべて「上の人の指示」で動きます。
要するに「返事を書け」といわれたものに返事を書いて、「掲載をお願いしなさい」といわれたもののみに掲載をお願いしています。
私の意志で決めることは一つもありません。

とあるお客様から、「今、とても落ち込んでいて苦しい…」というメールを頂いたことがありました。
私は「大丈夫、○○さんならできますよ!」と励ましの返事を書こうとしました。
でも、上の人からきつく「返事を書いてはいけない!」といわれました。

「どうして書いちゃいけないの?この人は今苦しんでいるんだよ!」
「Nozomi。君は勘違いしているね」
「勘違い?」
「全ての試練は、『正しく』起こっているんだよ。
 その人の成長に必要なものだから、起こっているんだよ。自分の潜在意識で『わざと起こしている』といってもいいくらい。
 それと向き合うことを邪魔するつもり?

 あなたが励ましのメールを書いたら、相手はスッキリするよ。
 スッキリしたら、正面から試練とは向き合わなくなる。
『また苦しくなったら愚痴ればいいや』と思って、誰かに依存し甘えるようになる。

 あなたは本当にその人のためを思っているの?
 愚痴を聞いてストレス解消させることは愛じゃない。
 本当に愛を持って行動するなら、このメールに返事を書いてはならない。」

本当にその通りで、耳が痛かった。
私は「いい人のふり」をしていたかったんです。
いつも、話を聞いてあげて、辛いことを楽にしてあげられる人でいたかったんです。

でも、それって結局相手をダメにしちゃう。
「いい加減にしなさい!何甘えているの!」って叱ったり、あえて無視したり。
そういうことも、本当に相手を愛するなら必要なのだと。

よく考えれば当然ですよね。
愚痴を聞いてあげれば、必ず相手はまた辛い時愚痴ってくる。
「Nozomiさんに話聞いてもらえばいいや♪」になる。

でも、話聞いてもらってスッキリしたら、「自分の試練がなぜ起こっているか」に全く意識が向かなくなっちゃう。
「スッキリしたからもういいや~、また辛くなったら話聞いてもらお♪」になっちゃう。

それって、本当に罪ですよね。
相手の成長の芽を摘む、大罪。

今起こっていることは、全て正しいのです。
全て、その人の成長のために起こっている。深い気づきのために起こっている。
私の仕事は、それを促すこと。愛に向かって開けるように。

全てには意味があって起こっているのです。
深い意味が。
上の人は、常にそれを尊重します。だから、私もそれに倣います。

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