男女平等なんてもう古い!? 女神的な女性性

お客様の声(体験談)
イラストAC

東京都
O様からの
体験談

こちらの体験談は、リピーター限定メニューだった「男性性/女性性ヒーリング」の体験談(アフターメール)のご紹介となります。

こんにちは、Oです。

男性性と女性性のワークのアフターメール3回目ということで感想を送らせていただきます。今回は両極性の調和は、自然に季節が巡ることと似ているなと感じました。

久しぶりにLindenbaumさんで配布されていた瞑想音源で瞑想してみました。

以前は男性性のパート、季節でいえば夏の終わりに息を吸いすぎて苦しく、また女性性のパート、冬の終わりにかけても息が切れて苦しい…とどちらも緊張感がありましたが、今はどちらも適度で穏やかでした。

実際の季節を反映してか、冬のパートに向けて体を縮めても辛くなかったです。

最近、季節を実感したのは、採用活動でZ世代の女子とスタバでお喋りしていた時です。

私が就活していた10年前も、OBOG訪問というていで大学の知らない先輩にスタバのちょっと高いラテなんかを奢ってもらっていたので、自分がお金を出せる立場になったことが密かに感無量、かつ季節の移り変わりを感じました(笑)

「奢った分はいつかあなたが相談を受ける立場になったら奢ってあげてね」と言われたので役目を果たせました。

奢ってくれた人にも奢らせてくれる人にも感謝したいです。

それからもう1つ、その学生さんが、理系でも職場に女性が多いことを重視しているのだと聞いて意外でした。

私の時は能力があれば性別は関係ないという実質的平等で考えていましたが彼女らの世代はもはやそれも当たり前に、形式的平等も目指せるのだなと。もちろん人によっていろいろあると思いますが。

均等法世代の先輩からすると隔世の感がありそうです。

そういう肩の力の抜けた女性像にほっとして、時代や季節も人間の意思と関係なく変わっていくものなのかと妙に納得しました。

感想は以上です。お読みいただきありがとうございました。またセッションでお会いできる日を楽しみにしております。

そういえば今週から始まる読書会のタフティ様も女性ですね。
優しく厳しい女性性のイメージが今の時代に合っているのでしょうね。
そちらも楽しみにしております。

Nozomiより

就活中は自分がしていたOB・OG訪問を後輩から受ける。
これはなかなか衝撃的ですよね。だって、立場逆転ですから。
「私、もう、そんなところにいるんだ!?」って。

謙虚な人ほど、自分はまだまだ研鑚が足りない未熟な人間だと新人気分が抜けなかったりします。しかし、学生さんから見たら私たちはすでに巨人のようにたくましく見えるわけですよね。笑
実際に自分も就活生だったころは先輩方がそういう大人に見えていたわけで――

そして、後輩におごる機会。
これも素晴らしいですね。
SNSで「おごりおごられ論争」が話題になりますが、男だろうと女だろうと積極的におごったほうがいい。決まってます。おごったほうがいい。

シンプルに、おごったほうが運気の流れが良くなるから。

肉体との(呼吸の感覚を使っての)対話、素晴らしいですね。
そのように繊細に感覚を拾い上げていくと、自分をもっと知ることができる、もっと自分の内なる声をくみ取れるようになってきます。

よく言われることですが、今は風の時代で女神の時代です。
女神としての女性性の使い方を体得できるととても良い時です。

男女平等という思想自体が、実はもう古いのでしょうね。
昭和のウーマンリブ、攻撃的なフェミニズムは女性性の形としては今の時代にはそぐわないのでしょう。
(もちろん、それこそ男女雇用機会均等法施行以前なら、それも一つの流れとして必要だったと思います)

ゆったりしていて、女性であることを楽しみ、そして女性こそが優遇される。
これは良い悪いではなく、産業革命以後にやってきた帝国主義(マッチョイズム)への反動に過ぎません。二元性の世界では、どちらかに振れれば反動が来るわけですから。

この世界では、自分がやったことがブーメランのように返ってくる。
昭和の時代に「女は黙ってろ」とやると、令和の時代に「男はマンスプレイニングするな」と返ってくる。

一方で、「女性は素敵な存在ですね」と表明すれば「男性って本当に魅力的ですね」と返ってくる。
(だから私は、「男性は本当に価値のある存在です」と言い続けます。笑)

ポジティブな人にはポジティブなことが起こり
ネガティブな人にはネガティブなことが起こる
シンプルな宇宙の法則。

これを逆手に取ってみると、女性として優遇されるからといってそこにあぐらをかいたら、まずいことになります。自分がされてきた仕返しと言わんばかりに男性を抑圧するような態度をとってしまうと、手痛い「揺り戻し」に直面することになるでしょう。

イラストAC

ですから、女神としての女性性。
男性と対立せず調和しつつ、抑圧されない誇り高い女性の形が大切ということですね。

男性には従わないけれども、抑圧もしない。
この感覚が今の時代のバランスではないでしょうか。
こうなるとやはり今のパートナーシップは「自分の機嫌は自分で取る」が基礎となりますね。

優しく厳しい女性性のイメージが今の時代に合っている

さすがO様です。
これは実に鋭い指摘といえましょう。
輝ける我がミューズ、マドモワゼル・シャネルがまさにこの女性像に当てはまるからです。

翼を持たずに生まれてきたのなら
翼を生やすために
どんな障害も乗り越えなさい。
――ココ・シャネルの言葉

マドモワゼル・シャネル

シャネル自身が「素敵な女性像」と持ち上げられるようになったのは、少なくとも日本ではここ20年くらいのこと。

以前ではもっぱら「成功しても孤独な人間」というレッテルが張られていました。なぜならシャネルは「マドモワゼル(未婚女性)」。結婚できない女はいくら名声を得たところで歴史を作ったところで当時の価値観的には「孤独でかわいそう」だったわけですね。

しかし、令和の今は違います。
シャネルの気高き生き方、エレガントな言葉は多くの人の憧れを呼び、魂の成長を促しています。

ココ・シャネルの言葉(Amazon)

ご指摘の通り、タフティ様も同じです。厳しく、優しい。

タフティ・ザ・プリーステス 世界が変わる現実創造のメソッド(Amazon)

なぜ優しさだけでは片手落ちで、厳しさも必要なのか。
それは尊厳が必要だからです。
もっと砕けた言い方をするなら「優しいだけの人はナメられるから」です。

上の動画で斎藤一人さんは「ナメられちゃだめなんだよ」と優しく説いています。

私がこの動画で素晴らしいなあと思うのが「いじめられるほうにも問題がある」と一人さんがおっしゃっていることです。ビクビクしてたらいじめられるのは当たり前だから波動を変えなさい、とおっしゃっています。本当によくぞ言ってくださいました。

私ね、「昔いじめられてて」って簡単にスルッと言っちゃう人がいて驚くんですよ。
そんなこと言ったらナメられるのに。
ナメられたら粗末に扱われてしまうのに。

なのに、浅薄に「昔いじめられてて」って言うんです。

「Nozomiさんだから言えるんです」なんておっしゃる方がいますけれども、私だって「いじめられてた」って言われたら、率直にマイナスイメージを抱きますよ。「この人はコミュニケーション能力が低いのかしら」って好感度下がりますよ。

なぜなら、そもそもがいじめられる経験なんて当たり前のことだから。
この人間社会に生きていたら、誰だって、98%くらいの人はいじめられる(コミュニティに上手く馴染めない)経験をしてきています。何も珍しくない。わざわざ言うことじゃない。

誰でもいじめには合う。
しかし、そのあとが分かれ道になります。
人間関係を上手く構築できる人とできない(≒いじめられ続ける)人と。

ほとんどの人が、人間関係でつまずきます。失敗します。
大切なのは「その失敗から学んで修正できるか」。
ここです。

いじめられた経験があっても今は人間関係を上手く構築できる人は、「こういうことが原因で相手に隙を与えてしまったんだな。ではそこを直そう(例:ビクビクオドオドせず卑屈にならない)」と修正します。未熟だった自分を成長させます。

しかし、ずーっといじめられ続ける、人間関係が上手くいかない人は、修正しません。
いつまでも「ありのままの自分」でいようとします。
ありのままの自分≒いじめられっ子気質なのに。

これは、根本を直せということではありません。
根本はみんな素晴らしい魂です。光です。
そうではなく「ちゃんと三次元的なふるまい方を学びなさい」という話です。パッケージ(表面)をちゃんときれいに整えなさいという話です。

ある友達がいない孤独な社会不適合50代女性(無職こどおば)はこのように言いました。
「親戚の人が正月テレビでみるバラエティが下らなくて耐えられない」

私は唖然としました。
くだらないからこそ角が立たないで見ていられるのに。
親戚という微妙な位置関係の人間相手に深い話はご法度です。くだらなく薄っぺらい話題こそが救世主となります。間違っても「日本神話の真実」とか「日ユ同祖論」なんて語ってはいけません。

くだらなさを楽しむ。
表面だけアホなふりをする。
そこをやれば人間関係は円滑になります。

私はホリエモンが好きです。
なぜならホリエモンはわかりやすいから。
しかし、あるスピ好きの人は「ホリエモンは薄っぺらい」と言いました。

その人は10年前から比べて、どんどん貧乏になっています。
金銭面で貧乏なだけではなく「貧乏くじ」まで引くのが上手いです。
どんどん人が離れていって、人間関係も貧しくなっていっています。

私は思います。
「もったいないなあ。ホリエモンから学べば豊かになれるのに」と。

ホリエモンはパッケージをちゃんと作って(表面を取り繕って)います。わかりやすいです。(少なくともある面では)薄っぺらいし短絡的でくだらないです。眉毛にアートメイクしてるくらい軽薄。

だからこそ彼は豊かです。
経済面の話だけではないですよ。ホリエモンは多くの人に慕われています。なぜなら彼は情が深く面倒見が良いからです。一緒にご飯を食べた人に気持ちよくおごります。実はオカン気質です。

写真AC

私は人間関係が上手くいかない人は修正しない人なのだろうな、と思います。
修正すればいじめられなくなります。ナメられなくなります。
それをしないなら、人間関係が上手くいかなくても当然です。

愛のある人は謙虚に修正できます。
「デモデモダッテ」せず、素直に修正できます。
だからどんどん人生が輝いていきます。素敵ですね。

修正すべきは表面の薄っぺらいところであって、魂の芯を変えろというわけではありません。魂はあるがままで素晴らしいです。地上対応として表面的なコミュニケーション能力を身に着けることが大切であるという話です。

コミュニケーション能力は女性的な力。
おしゃべり(雑談)が得意なのは女性が多いことからもわかります。
女神の時代には受容性を伴ったコミュニケーション能力が大切です。

受容性、つまり「話し上手よりも聞き上手」。
リアクション力が肝。なぜならコミュニケーションは言語伝達より非言語伝達の力のほうが圧倒的に大きいからです。どんな言葉を返すかより、どんな表情をするかのほうが、3倍大事。

下の画像を見てみてください。
言葉はないのに、伝わるでしょう。表情だけで。

【画像】Xユーザーのてつ@Nikon D7500さん
ナメられず表情豊か。シップは間違いなくコミュ強。

それと同時にナメられない威厳も必要となります。
優しさだけでは片手落ちです。
優しさも厳しさも両方あって、はじめて女神の力となるのです。

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