調舒星(傷官)が徹底的にディスられなければならない伝統的理由

四柱推命/算命学
写真AC

全否定される調舒星(傷官)

調舒星(四柱推命では傷官)の皆様、お元気ですか。
今日も元気にディスられてますか。
人格全否定されて生きてますか。

東洋の干支占術(算命学や四柱推命)では、調舒星や傷官を「忌むべき悪しき星」として伝統的に扱います。最近ではポジティブな面に光も当たるようになりましたが、少し古い本を見ると見事なまでに全否定してきます。

そこまで言わなくても、というレベルで。調舒星を二つ持つ私は、古い文献にあたって勉強しようとするたびに、辛い気持ちになっております。

調舒星にだっていいところはたくさんあるのに。
社会に調舒星がなければ、新しい息吹や美しき工芸品が生まれないというのに。インスピレーションやスピリチュアルなつながりは、調舒星の賜物なのに。

古い文献ですと、牽牛星(正官)があると「高貴な家の生まれです」なんて言ってもらえるし、司禄星(正財)があると「女性として必要なたおやかさがあります」なんて言ってもらえる。古いからって褒めないわけではありません。吉はちゃんと吉と書かれています。

でも、調舒星では悪いことが書かれます。凶。
「変人」「神経質なくせに無神経」「自分勝手」「空気読めない」
羅列するだけ気分が落ち込むので、このくらいでやめておきましょうか。

なぜ。
なぜそこまで否定されなきゃならないのでしょう。
悲しい。悲しいです。調舒星の皆さん、こんな否定って、理不尽ですよね?

しかし、より深く調べていく中でわかったこともあります。
「ああ、そういうことか。じゃあ調舒星ディスで当然か」と。
その理由を、今から書いていきましょう。

(結論だけを知りたい方は「だから調舒星はダメ」日本と中国の違いへ飛んでください)

日本文化とは遥か異なる中国儒教文化

私は最近、妙佛 DEEP MAXさんの – YouTube動画を観ております。

中国の経済事情、不動産市場、慣習や面子主義――
聞けば聞くほど「ええ、中国ってそうなのか」と驚かされることが多いです。

ちなみに、オカルト系が好きな方は動画よりもブログのほうが面白いと思います。

中国の怪情報

妙佛さんの動画を観ていると、中国と日本の文化・価値観は同じ東洋であっても隔たりがあるのだなと感じます。そして、いろんな動画(特に不動産や公共工事のずさんさ)を観ていて気になったことがありまして。

「中国って職人へのリスペクトが低くないか?」
「職人自身も『匠としての誇り』が無いのでは?」

そう思い調べてみると、こんなネット記事が。

「はっきり言って、多くの中国人は職人に対して内心で偏見を抱いており、見下しさえしている」と指摘している。
 
 記事は、中国人が職人を軽視してきた背景の1つに、ある儒教思想に基づく考え方があると分析。「儒家による『読書だけが尊く、万般はみな下等なり』という理念に基づき読書こそが王道となり、職人が頭角を表せなかった。それがある程度において古代におけるわが国の科学技術の持続的な発展を妨げた。今の状況も予断を許さない。みんな役人や社長、スターになりたがり、商売に夢中になる。教育においても依然としてエリート教育こそが成功の道だと考えられている」と論じた。
 
 そして最後に「現在、中国における職人や職人気質に対して、知識エリート層から一般市民に至るまで、客観的かつ公平な認識が欠けているのだ」と結んでいる。

日本のように匠をリスペクトしない・・・中国人が職人を見下すようになった原因は、意外な一言だった=中国メディア
太字強調は記事作成者による

ええっ。
職人の手仕事がリスペクトされない?

日本人には少し驚いてしまう価値観ではないでしょうか。

儒教文化によって、この職人軽視の価値観が伝統的に根付いてきたとのこと。
これ、実は中国だけではなく「儒教(中国)思想こそが正義」であった、お隣の韓国もそうらしく。

逆説の日本史1 古代黎明編/封印された「倭」の謎 (Amazon) 

昔の韓国人は、中国こそ世界の文明の中心だと思っていた。だから自らは百パーセントの「中国人」になろうとして、そうなろうとしない日本人を「野蛮人」として軽蔑したということなのである。

逆説の日本史1 古代黎明編/封印された「倭」の謎 p354

このように、「中国こそ至高」であった儒教国家・韓国でも職人は軽視されます。

たとえば、秀吉の朝鮮出兵で日本軍の捕虜になった儒学者姜沆カンハンは、当時の日本が職人の地位が非常に高いことに呆れ、嘲笑的にこれを記している。(中略)

わたしたちが驚いたのは、その何の変哲もない小さなおでん屋(日本の店 引用者註)が、なんと三代にわたってやっているというんですね。三代というと百年ですよ。驚きましたねえ。

わが国(韓国のこと 引用者註)だと屋台を少し大きくしたようなおでん屋などは、つまらない・・・・・商売ですから親子三代なんて決してやりません。そんなものに一生をかけるなんてことはありません・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。(中略)

いわゆる”匠の思想”の重要性をPRしようと、テレビで繰り返し応募PRをやったにもかかわらず、実現しませんでした。
職人に対する社会的評価を知っている彼らは「代々しがない職人で恥ずかしい・・・・・・・・・・・・」と”体面”をおもんばかって出てこないのだろう、と解説してくれました。

儒教社会では、すべての労働者、技術者あるいは広い意味での芸人――小説家、作曲家、歌手、俳優といった職業は差別されるか一段低いものとみなされる。

逆説の日本史1 古代黎明編/封印された「倭」の謎 P356~359
太字強調は記事作成者による

ちょっと、驚いてしまいますね。
伝統的に職人の地位が低く見られる文化のなかで、算命学や四柱推命は発展してきたというのです。

職人をリスペクトする日本文化

一方で、日本人はものづくり大好き。手仕事大好き。
一般的に、職人の「匠の技」は尊敬に値します。
現代だからではなく、昔から。伝統的にそうです。

日本人は「芸術的な意匠とその見事なできばえを賞揚する」ことができる人びとなので、職人たちは「何処の地に身を置こうと自分の仕事振りが求められることを知っているのである」。

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー 552) p228

こちらの本、逝きし世の面影は、幕末から明治にかけての日本の姿を外国人(西洋人)の目から見た感想をまとめた本です。「当たり前のこと」ってわざわざ書き残さないですよね。だからこそ、外国の人の記述に説得力があります。

この本の中では、日本の職人の手仕事が外国(西洋や中国、香港)の人々にとっていかに魅力的に映り、コレクターが競って手に入れようとしたかの様子が書かれています。

欧米人の讃嘆は、たんに高級な美術工芸品の優美さに向けられたばかりではなく、そういう品々にあらわれた趣味のよさが、ふつうの日常生活の中に浸透している事実に向けられていたのである。(p222)

低廉な品物が同時に美しい理由を彼女は次のように述べる。
日本の職人は本能的に美意識を強く持っているので、金銭的に儲かろうが関係なく、彼らの手から作り出されるものはみな美しいのです。……庶民が使う安物の陶器を扱っているお店に行くと、色、形、装飾には美の輝きがあります」。(p223)

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー 552)
太字強調は記事作成者による

うんうん。
そうですよね。日本はそう。
読んでいてもしっくり来ますね。現代の価値観から見ても違和感はないですね。

私は和裁をやる人間です。つまり着物(和服)を着ます。
着物を着る人間にとって、職人の手仕事は神です。なじみの着物屋さんから「作家の○○さんが来店!」なんてダイレクトメールが来るとそわそわします。

職人の手仕事にふれると、心が震えます。
繊細なひとつひとつの造形に、感動します。

コロナの日々で息苦しさを感じた時、私は帯揚げを手に取りました。絹の光沢に誘われて美しい地紋が日光の中浮かびあがるのを目にすると、ほうと気持ちが解放されたものです。美しいものは心を癒します。

中国や韓国ならば、職人の家系であることは恥ずべき出自なのでしょう。
しかし、私は平気で母方が職人の家系であったことを口にします。

モースは、一見無造作に見える日本の家屋が、細部ではさまざまな工夫と装飾に富んでいることを「日本人の住まい」の中で強調している。

中でも彼が特に賞美したのは欄間のデザインで、その優美な例のいくつかは図入りで紹介されている。その中には大和五条や肥後八代の旧家の欄間が含まれているが、モースにとって印象深かったのは、それがいずれも「名もなき地方の職人の手によるものだ」ということだった。

「遠方のさまざまな地方の、比較的小さな町や村に、前述のような素晴らしい芸術的香りの高い彫刻のデザインを考え、これを彫るという能力を持った工芸家がいるらしいことは、顕著な事実であると同時に注目に値する事実である」。

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー 552) p227
写真AC

欄間とは和室の上にしつらえてある彫刻のことです。
私の母方はまさに富山の欄間職人、井波大工の家系でした。
そういうことを臆せず口に出せるのも、日本文化の職人をリスペクトする素地があるからなのですね。中国や韓国の文化と比べてはじめて気づくことができました。

結論:「だから調舒星はダメ」日本と中国の違い

さて、長々と中国と韓国と日本の文化的価値観の違いについて述べてきました。
算命学や四柱推命に詳しい方は、これ以上は説明しなくてもお分かりですね。「なぜそこまで調舒星が評価されないのか」を。

そう。
調舒星は職人の星です。巫女の星です。
アウトプットでインスピレーションでスピリチュアルな星です。

儒教思想の中で上の要素に、価値がありますか?
ないですね。
無駄ですね。

だから、算命学や四柱推命が作られた伝統的な中国社会では調舒星は価値なしなのです。調舒星のある命式は星ガチャ失敗なのです。

しかし。
ここをお読みの方の多くは、ほぼ日本人でしょう(日本語はそれほどにまでマイナー言語ですから)。少なくとも、日本文化に触れてきた人たちでしょう。

大丈夫。
日本文化の中では、調舒星こそがスターです。
クリエイターこそがスターです。匠の職人は尊敬の対象です。

繊細な手仕事を大切にする生き方は、調舒星の得意とするところ。
調舒星のある方はぜひ、日本文化の中であなたの星を生かしてください。

(ちなみに、儒教文化の中で無双なのは官星(特に牽牛星・正官)です。自動的に官星を生み出す財星(禄存・司禄星)の評価も上がります。そのあたり別記事で書いてみても面白いかもしれないと考えております)


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