20年一緒にいても、もっと一緒にいたい~ふたり歩きの設計図

人生:スピリチュアルブログ
写真AC

明日の朝もしも僕が死んでいたら君はどうする?
何よまだそんなこと言ってないで本当もう寝ればと
君は笑うけど

秋の夕べに落ち葉が舞うように
ぼくたちも美しく枯れてるかな
50年後も穏やかに
笑ってるかな 今日みたいに

あるお客様の対面セッションのあと。
関西からお見えになったお客様を森彦本店にご案内してお茶しました♪

森彦ならではの深煎りコーヒーの渋みとスィーツの甘みのマリアージュ。素敵な空間に包まれながら、おしゃべりははずみます。
ダンスが趣味のお客様は、こんなことをおっしゃいました。

雑誌に、漫画家の槇村さとるさんのインタビューが載ってて。
「80代でも踊りまくる人を見てて感動した」って。
それを見て、私も踊らなきゃ!って思ったんです

へぇ~!と思い、ネットで検索してみたら「クロワッサン」の記事が出てきました。

「社交ダンス」は生きる証。漫画家・槇村さとるさんの踊る習慣。(クロワッサンオンライン) - Yahoo!ニュース
あの人の所作のしなやかさ、表情の晴れやかさはどこから?踊ることを習慣にする槇村さとるさんが語る人生への効用とは?

50代で大病を患い、意気消沈していた槇村さんが70~80代の方々が生き生きと踊る様子を見て勇気づけられ、ダンス教室に通うことになったと。そして元気を取り戻していったと。

記事の中に、こんな言葉がありました。

「今は大事なことが3つだけ。踊ること、漫画を描くこと、キムさん(夫で性人類学者のキム・ミョンガンさん)といること。それ以外のことで消耗するには人生は短すぎない? 自分にはもう新しいことは訪れないなんて嘘だから、何でも始めてみて!」

「社交ダンス」は生きる証。漫画家・槇村さとるさんの踊る習慣。 クロワッサン オンライン

私、この言葉に圧倒されたんです。
「(大事なことの一つは)キムさん(夫で性人類学者のキム・ミョンガンさん)といること。それ以外のことで消耗するには人生は短すぎ」

20年連れ添ったパートナーに対する、この言葉。
20年も一緒にいたのに、もっと一緒にいたい。もっと時間を過ごしたい。
そう思える関係性、すごい!と。

槇村さんのファッション本ババア上等! 余計なルールの捨て方 大人のおしゃれDo!&Don’t。この本の中に書かれていたことも、私に新鮮な驚きをくれたんです。

槇村さん、居間に練りの軽めのファンデーションを用意しているのだそう。そして、家にいる日はそのファンデを軽く肌に乗せると。
それがパートナーに対するマナー。
槇村さんのこの言葉に、私はいたく感動しました。

パートナーにすっぴんを見せない。
50代であってもパートナーの前では、ちゃんと女性として在る。
そんな明治女のような、クラシカルなフランス人女性のような心意気がいたく響いたのです。

本のタイトル「ババア上等!」の攻撃力の高さ(笑)からは考えられないくらいの、たおやかさ。慎み深さ。
これこそが、20年間過ごしてもなお一緒にいたいと思える、幸せなパートナーシップを槇村さとるにもたらしているのだ、と。

ここで、20年前に出版された「ふたり歩きの設計図」を手に取りました。

この「設計図」が正しかったからこそ、二人は20年間連れ添いっていられるのだと。しかも、戸籍にも子どもにも縛られていない関係――つまり「別れようと思うならいつでもできる関係」なのに、継続しているのは「一緒にいたい」という気持ち(モチベーション)が必要です。すごいことです。

槇村さんがパートナーシップにおいて心がけていることは、おおまかに以下の三点。

  • 相手と対話する労力を惜しまない
  • すぐに理解してもらえなかったとしても、粘り強くやんわりとアプローチし続ける
  • 絶対に譲れないラインは譲らない。そして相手の譲れない領域も侵さない。

すごいな。と思います。
なぜなら、槇村さんは父親に暴力を振るわれて育った人だから。

そのトラウマを癒して、キムさんとの20年間における(そしてそれ以上一緒にいたいと思える)パートナーシップを築いているのです。
「父親に愛されて男性とのコミュニケーションを自然と学んでこられた女子」ではない人・・・・が、こんな豊かなパートナーシップを築いているのです。

親からコミュニケーションを学べなかった人間が、どのように人と円滑な関係を結べるように自分を成長させていったのでしょう?
ふたり歩きの設計図で、槇村さんはこう書いています。

Q.先生が人嫌いだったのはどうしてですか? いつ頃そう思ってたんですか?(人間関係に疲れている高校生 17歳)

――私の場合は、親に対する人間不信があったから。人間関係を作っていく訓練を家庭の中でしてこれなかったんだよね。しかも学校を出てすぐに漫画家になったでしょう。仕事上は、プロの漫画家の仮面をかぶっていれば間に合っちゃった。だから、本当は人間関係が苦手でも、仕事上は何の差しさわりもなかったの。

でもプライベートは荒れてましたよ。 自分の意見を伝えて、相手の意見も聞いて妥協点を見出して、というコミュニケーションの訓練ができていないから、アシスタントさんや恋人との間にアクシデントが起きたときにどうやって解決したらいいかわからない。結局そのまま関係が立ち消えてしまうことがよくありました。

例えば、自分はよかれと思ってアシさんたちの世話を焼いたり、気働きしているのに、ある日突然「やめさせていただきたいんですけど……」なんて言われちゃう。私は精一杯みんなに気を使っているつもりなのに「なぜだー」と叫びたい気分でした。

でも、当時は「私には仕事があるから」と強がって引き止めることはしませんでした。まあ、実際消えていた彼女の抜けた穴は、すぐにほかの人で補充できたし、実務面にはあまり支障がなかった。心には、大きな失望感が残ったけどね。

今思うとあの頃は完璧に寂しい人生だった。 笑
アシスタントさんにしても恋人にしても。 ある程度の期間が経つと、その縁が切れてしまう。そういうことが続くと「また次もそうなるんじゃないか」と不安になるし。自分が相手に対してかけた気持ちや行動がちっとも伝わっていないというのは本当に堪えます。自分が書いている漫画の中では言いたいことが確実に読者に伝わっている実感があったので、余計に「生きている人間はなんて厄介なんだろう」と思ってましたね、あの頃は。

だけど、人間関係を厄介にした原因は私にあったんです。 実のところ、私は人に嫌われたくなくて、傷つきたくない一心で言いたいことも言わずに”いい人”を演じていたんです。誰かが居心地悪そうにしていると「空気悪いかな?」と窓を開けたり、「音楽が欲しいかな?」とCDをかけてみたり。誰にも何も頼まれてないのに。自発的に気を回して動いちゃう。それで自分自身はいいことをしてあげたって気持ちになってた。相手は「先生、頼んでもないのに窓を開けたわ。なぜだろう?」って思ってたかもしれないのに……。

結局、そういう私の独りよがりの行動が、相手を窮屈な気分にさせたり、コミュニケーションを複雑にしていたのよね。 それに気がついたのが30代半ば。それ以来、初めて補助なしの自転車に乗る子供のように。少しずつ少しずつ”自分の意見を言う”、”相手の意見を聞く”訓練を重ねてきて今に至ってるんです。

ふたり歩きの設計図  p16 赤文字装飾は記事作成者による

この「少しずつ少しずつ」。
これが大切ですね。

コスパ求めない。
タイパ求めない。
時短しようとしない。

じっくりゆっくり、「”自分の意見を言う”、”相手の意見を聞く”訓練を重ね」る。この根気強さこそが、親からコミュニケーションを学べなかった子がコミュニケーションを学んでいくための大切な資質といえるのではないでしょうか。

一歩進んで二歩下がる。
そんな日があっても「明日があるさ」と思える鷹揚さ。

相手に対して強烈なパンチ(言葉・行動)をかまして一発K.O.することは可能です。特に自分のほうが腕力や権力や財力がある場合は、てきめんに相手を服従させて支配できます。

しかし、そこにコミュニケーションはありません。
愛ある関係はありません。

心の通う関係を築こうと思うなら、「小出し」が大切です。
私も「ためてためてためて爆発する」をやってしまい、恋人との関係を壊したことが何度もあります。本当に、槇村さんの忍耐強さ、粘り強さってばリスペクト。私もそうなりたいです!

「一発ぴったり合う」
「何も言わなくてもわかりあえる」
そんな非現実的な”ソウルメイト”を求めない。

確かにはじまりは劇的であったとしても、3か月も付き合えば日常になります。その時に「この人も違うわ」なんて思ったら、長続きする関係性は築けません。相手のことを知って自分のことを知って(できれば少しずつ)、「すりあわせ」「落としどころを見つける」調整力、交渉力こそが関係構築に大切です。

ああ、私に足りないものです。未熟で恥ずかしい。磨きたいです。

結婚や将来の生活に抱く夢はぼんやり一緒でも、現実の生活となると、一人ひとりきっちり違う。

私とキムさんの間でも、時間の調整、食材の変え方、キッチンの使いかた、掃除のやり方、お金の管理、etc。 何から何までやり方が違った。

二人とも納得して暮らせる大体の型が決まるまで一年半。大説得合戦の連続だった。 一言でお互い合点のゆく事柄もあったし、ほとんどこのままお別れかも?みたいな決裂案件もあった。

このように、一つ一つの事について、相手と落としどころを探って行かなければならない結婚生活の中で、似たようなタイプとばかりつるみ、周囲に迎合してきた依存心の強い方たちは、様々な壁にぶつかる。

そもそものコミュニケーションスキルが未熟なので、互いの妥協点をさぐりあうことができずに変な喧嘩、またはだんまり、またはわだかまりを積み立てていく。 自分と他者の共通点と相違点を区別してすり合わせをする習慣がないから、人間関係における問題解決能力が低い。わだかまりを放って置いたまま苦し紛れに「子供さえ作れば、家庭はうまくいく」みたいな怖い、アイデアを思いついたりして……。

あとはもうぐちゃぐちゃだ。

こんなカップル3年ともたない。 3年以上持ってたらそれはカップルじゃなくて「共依存」の男女みたいな仕上がりになっているだろう。いい匂いがしない。ぷんと臭うような二人に……。

ふたり歩きの設計図  p34~35

これ、仕事も一緒だと思いませんか。

新しい環境にはいってから1年半は、とにかく忍耐忍耐忍耐調整。
自分も相手もストレスフルで当たり前。自分も我慢してるけど、相手も我慢させている。そんなきつい状態が「はじまり」です。

私は学校でも仕事でも、コミットしなければならないようなものは「はじまりはいつも苦難」と思っている節があります。そこを抜けてはじめてようやく「自分のペース」がつかめてくるのです。だから石の上にも三年。継続は力なり。

あきらめないで相手を説得する力。
すごく大切ですね。私に足りないものだと思います。
「相手と落としどころを探って行かなければならない」のが結婚生活とは、金言でしょう。

そうやって、自分のシャドウに出会っていく。
そう、実は見ている目の前のパートナーは、ある意味では自分自身の投影なのです。

ケンカ(交渉)が上手いことも大切。
いつでもありのままにぶつかればいいってものではない。全部のみこんで我慢すればいいってものではない。だって相手は”他人”なんだから。「適度」にぶつかることが大切。

ケンカが上手いというのは、ギスってそのあとに仲直り(フォロー)ができるということです。

私、ガーシーがすごいなと思うのは「謝られたら許す」ところ。ガーシーは当初「暴露された人に自殺者が出るのでは」と危惧されていましたが、今のところそういうい人は出ていません。なぜなら、彼は必ず「逃げ道」を相手に用意しているのです。逃げ道をふさがない。

ガーシー、かなり重度の三国志や水滸伝好きなんですけど(ゲーム・幻想水滸伝のことすら知ってる)、歴戦の英傑の知恵を生かしているなあと思います。私も相手に逃げ道を意識して用意できるようになりたいです。必要以上に、追わない。(相手の逃げ道をふさいで徹底的に叩いてしまうのは調舒星の悪いところです。とほほ)

パートナーは、他人。
夫は、他人。
当たり前のことです。

ですから、「絶対的に分かり合えない領域」は絶対に出てきます。絶対です。100%です。
そのときに、槇村さんはどうしたか。

キム・ミョンガン氏と生活を共にして。ぼちぼち3年が経つ。

日常の生活レベルの付き合いを3年間やると様々な小競り合い、喧嘩論争をへて、相手のいろいろな面を覗くことになる。

その結果。 私が立ち入ることができないアンタッチャブルな領域がいくつかわかってきた。

例えば夫婦の経済のこと。
ミョンガン氏の使途不明金について。彼の財布は彼のものでどう使おうが、彼の勝手なのは当然なのだが。それにしても――と。一度ひどい喧嘩になったことがあった。

結婚して半年した頃、確定申告のために彼の収支をまとめた時に100万単位で帳尻が合わない。 聞くと、ご両親と恩のある先生にあげたという。それは構わない。しかし、私が理解しがたかったのは、キム氏自身のために使うよりもご両親や恩ある先生への送金を優先してしまうところだった。

彼の暮らしは質素きわまりない。 彼の信条通りの生活だから構わないのだが、あまりに質素で彼のやりたい相談業務のためのスペースすらない。そこで事務所を借りている。スペースを借りる家賃を安くはない。業務が軌道に乗るまではとんとんか赤字だ。

「自分の足元がぐらぐらなのに、なんで人助けが優先されるか? 」が私の言い分で、彼のほうは「親と先生を第一に考えるのが人間だからだ」である。

歩み寄れる話ではない。 主義思想の違いなのだから。

私は、この件に関しては二度と触らないと決めた。 ただ、貯金を勧めた。ある程度送金用のお金をプールしておいて、ゆとりを持って送金して欲しいと頼み、彼も受け入れてくれた。

お金に対する彼の価値観を知らないでいた時の不安感はなくなった。

「この部分は分かり合えない」ということが「わかって」いれば、私は平安なのだ。 違う環境、違う文化、違う家庭からやってきた相手だ。わからないことだらけだが、その理由を一つ一つ話してもらって、私の中にファイルしてゆくのが一緒に暮らすための大切な仕事のような気がする。

ふたり歩きの設計図  p160~162

この線引きが、実に素晴らしいなあと思うのです。

ここでね、使途不明金が1000万だったら、もっと詰めてもいいと思うんです。1億だったら別れてもいい。だって、子どももいないし籍も入ってないんだから、誰にも迷惑はかかりません!

「この人は100万円、大切な人にポンとあげちゃう人なんだ」
そうわかってれば安心。わかってればOK。
(槇村先生の西の星、鳳閣星。まんま、キム氏!!)

「彼の暮らしは質素きわまりない~」のくだりも、すごく、すごく愛情深い表現だと、私は思うんです。
私は下品で意地悪ですから、槇村さんとキムさんの結婚をこう揶揄することもできます。「稼いでる女性漫画家との逆玉結婚」。

お金を稼げない割に人にポンポンやっちゃう、しかも貧乏暮らししても全然平気で幸せ(本当に鳳閣星!)なキムさん。そんなパートナーのことを槇村さんは心から好ましく思っているし、見下したりマウントとったりなんかまったくしないのです。

「誰が稼いでると思ってるんだ!」なんて昭和オヤジとは、対極ですね。

そして陰陽の法則的には「どちらかが稼いでどちらかが稼がない」というのは自然な状態。(だからお金持ちの団塊世代の子どもや孫があんまり稼がないのは自然現象です。笑)
経済的にガンガン稼いじゃう槇村さんに、理念で(お金目当てではなく)活動するキムさん。この組み合わせは、調和の取れた状態であります。これがキムさんまで稼ぎ出したら、ギスギスしちゃう。

槇村さんのパートナーとの関係、とても素敵です。
私も調和の取れたパートナーシップを育めるよう、自分を磨いていきたいです。
そのためには、やはり「小出し」にすること。そして、粘り強く交渉すること、ですね。

槇村さん。
学びを、素敵なロールモデルを、ありがとうございます。

(ちなみに、槇村さんは大運天中殺に入って3年の42歳で結婚しています。でも大運天中殺明けてもキムさんとは仲良しです。算命学で定義するように「子どもを作らない結婚」なら天中殺でしちゃっても問題なし、って典型なのかも)

タイトルとURLをコピーしました