宗教2世とスピリチュアル

人生:スピリチュアルブログ
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いやぁ~。
こんなこと、書かないほうがいいですよね。
これは触れないほうがいいことですよね。

「統一教会って、ひどい~」とか適当なこと言って、お茶濁しておいたほうがいいですよね。

でもね、私、身につまされたんですよ。
「子どものいる人お断りして、正解だった」と。

「子どものいる人にスピリチュアルセッションをする責任を、私は負えない」
過去の私の判断は、正解だったと。

「子どものいる人はお断りします」

リンデンバウムは「子どものいないあなたのためのスピリチュアルサロン」です。
お子さんのいらっしゃる方はお断りしています。

しかし、前からそうだったわけではありません。
以前は、お子さんのいらっしゃる方に対しても、セッションを行っていました。

それがなぜ「子どものいる人お断り」になったのか。
いろんな理由があります。でも、決定打になったのは、「私は子どものいる人にセッションをする責任を負えない」と痛感したからです。

つまり「宗教2世を私は幸せにできるのか」問題に突き当たったからです。
「自分の意志で自発的に来た人ではない相手(特に子ども)にスピリチュアルを押し付けることの違和感」を強く覚えたからです。

「子育てスピリチュアル」の危うさ

親とは、子に対して強大な影響力を持ちます。
幼児にとって、親は神です。自分の知らないことを知っていて、自分より重たいものも運べて、自分の行けないところにも行けます。

特に、純粋な子にとって、親の言うことは絶対です。スポンジが水を吸うように、それが泥水だろうがドブ川だろうが、すいすいと吸い上げて自分の身にしみこませます。

子どもは、自分の意志では選べません。
選んでいるように見えても、それはしょせん親の価値観のコピーだったり「選んでも許されること」の範囲内でしかありません。

本当に「それ」を望んでいるのかどうかすら、理解していないことが多いです。仕方ありません。だって、人生経験も知識も圧倒的に少ないのだから。

そんなときに、結構異質な「教え」を授けられたら、どうなるでしょう。

周りの友達に話すと「え?」「何言ってんの?」「それヘン」と怪訝な顔をされてしまいます。でも、家に帰ったら親はまじめな顔で「神様のいうことをききなさい」といいます。

これがその国や地域に根付いた文化的な風習なら、そんなに困ったことにはなりません。しかし、(それが悪か善かは関係なく)独特な考え方を親から教えられた子どもの社会適応は難しくなります。

だって、家庭と社会(学校)では別のふるまいをしなきゃならないのです。ただ「居る」だけでストレスになるし、仮面を付け替えながら生活するのは子どもには大きすぎる負担です。

大人になってから、その「独特な考え方」を自分の意志で選んで「自分はこの教義に共感する」ならば、何の問題もありません。それが独特であるがゆえにコミュニティからつまはじきにされたとしてすら、その責任だって自分で取ればいいだけの話です。

ですが、子どもは?

「なんでこんなお守り持たなきゃならないの」
「みんなこんな数珠してないよ。どうして石を持たなきゃならないの」
「半袖を着ると魂が逃げるって、どうして?長袖は暑いよ」

こんな「周りとの差異」をはじめこそは子どもは無邪気に指摘します。しかし、そのうち飲み込まねばならないことを悟って、親の前では黙ります。そして、周りの友達からは奇異な目で見られるようになります。

そもそもスピリチュアルとは、本当に深い教義とは、口伝で師から弟子に伝えられてきたものです。おおっぴらにしていいものではありません。オカルトとは「隠されたもの」という意味のラテン語が語源です。隠されている状態が必要です。(だからリンデンバウムでも公開ブログは大した情報は載せません。メルマガ限定とかリピータールームに載せます。もちろん一番は個人セッションです)

つまり、社会生活を営む上でおおっぴらに「真理はこれだ!」なんて胸を張って示してはなりません。こっそり、秘めて、「わかる人」にだけ伝えていくものです。

つまり、ガチのスピリチュアルは社会生活にはマイナスです。子育てにもマイナスです。文化的にメジャーではない宗教(風習)を子どもに教えるのは、子どもの社会適応を難しくさせる原因にもなりかねません。

逆に、江原さん的なライトなスピリチュアルくらいなら問題ありません。プラス、その人にコミュニケーション能力が備わっていることが大切。コミュ力高ければ、多少スピスピしてても「面白い人ね~」で終わります。コミュ力低ければ「なにあの人~、ちょっと変よね?」「空気読んでないよね」「なんかパワーストーンが好きらしいよ」「えー!怖~い」と白い目で見られます。

つまり、今の世ではコミュニケーション能力が一番大切。
何をやってもコミュ強ならOKでコミュ障はNG!!!
と、いつもの結論に行き当たるわけではあります。

コミュニケーション能力、磨いてくださいね。
コミュ力は伸ばせるものです。コミュ力、必須。生命線です。

そして、一番最悪なケースが「コミュ力低くてママ友コミュニティで浮いてしまい、孤独に子育てしているママ」がスピリチュアルにはまった時、です。

「先生、ウチの子も観てください!」

「先生、ウチの子も観てください!」

こういわれた時、私は「は???」と答えに詰まりました。
40代シングルマザーの彼女の「ウチの子」、それは中学生の不登校の男の子のことでした。

いや、絶対そんなのだめだろう。
もう直感で.000003秒で拒否反応が出ました。

ただでさえコミュ力低くて学校でなじめない子、しかも思春期の男の子(神職に身を奉じると覚悟をしているわけでもない)に、スピリチュアルセッションを受けさせるなんて。

どう考えてもアカンです。
全方向でアカンです。
誰も幸せにならない結末しか見えません。

「あの、お母さん、それはどうかと思いますよ」
「いえ大丈夫です!うちの子はとってもいい子なんです!私の言うことも先生の言うこともちゃんと聞きます!」

その、「母親の言うことを何でも素直に聞くいい子」だからこそ学校生活になじめない(母親に嘘をつくことすらできないというのは社会性の低さである)ことに、このお母さんは気づけないわけです。その時点で、私は頭が痛くなりました。

そんな大人の女性の言うことを何でもハイハイ聞いちゃうような中学生男子が、これから学校で、社会で、世の中を渡っていけると思いますか?
私は難しいと思います。

もしセッションを受けて「あなたはグラウンディングのためにカーネリアンのブレスを身につけなさい!」なんてお告げが来たら、この男子は言われたとおりにすることでしょう。そして真っ赤な数珠を手首につけて、クラスメートに「何つけてんのお前~?」って言われるでしょう。

「い、いや、スピリチュアルカウンセリングでつけなさいって言われて……」「はぁ~!?なに!?スピリチュアル!?」「いや、お母さんがいけっていうから……」「はぁ~!?母ちゃんにスピリチュアルに行けって言われたらお前行くわけ!?」「いや、別に悪いところじゃなくて」「つか今日からお前のあだ名スピリチュアルでしょ!決定でしょ!スピく~ん!スピスピくーん(男子グループ爆笑の渦)え、なに、お告げとか聞くわけ!?お告げ何言われたの!?神様!?面白すぎんだけどスピ君!!スピ君やっべ!!!(クラス男子の爆笑続く)」

――これは妄想が過ぎるかもしれません。
でも、可能性としてゼロではない、と思いませんか。

少なくとも、魂の使命を聞いてこの男子が社会で花開いていけるとは思えません。それ以前に、お母さんが思春期を迎えた子に対して、少しずつ距離をとる(過干渉をやめる)ことが先決だと、私は思います。スピリチュアル以前の問題なんです。

このお母さんは、とても寂しかったのでしょう。
夫とも別れ友達もおらず、スピリチュアルセッションで受けたガイドの温かさこそが人生の頼みだったのでしょう。

個人としては、その状態に共感もできます。
しかし、それが子にまで及ぶとなると話は別です。

これが相手が大人(例えば夫)なら、別に(妻に受けろと言われて)セッションを受けたって、そこまで深刻な問題ではないかもしれません。しかし、相手は子どもです。自分の意志で「受けたい」といったところで、それがお母さんの目を気にしての言葉でないとは言い切れません。

相手が大人なら、「スピリチュアルは自分には合わない。押し付けないでくれ」とパートナーにいうこともできます(言えない場合はその人の責任です)。しかし、子どもはそうはいきません。

大人なら、自分の責任で思想を選ぶ権利があるし、自由もある。
でも、子どもは親から独特な思想を教えられた時、それをそのまま吸収してしまう。しかも、吸収してしまったことで、人生が生きづらくなってしまう恐れすらある……。

「私、もう、子どものいる人にセッションできない」

子どものいる人にセッションをすることで、その影響が子供に伝わってしまう。
その可能性を私は、まざまざと感じたのです。

自分で選んできている大人はいいです。
でも、子どもは好き好んで選択しているわけではありません。親についていくしかないのです。宗教2世の問題の多くは、この点に帰結するのではないでしょうか。

思想は自分で選び取らねばなりません。
人から押し付けられたものであってはいけません。
親が(善意で)子どもにスピリチュアルを押し付けてしまうのは、よくないことです。

でも、パートナーや家族と仲が悪かったり、友達や仲間がいないときに、「スピリチュアル」だけが自分の味方であると感じたら……。そんなときに人は一生懸命わが子を「味方」に引き入れようとするでしょう。

「あんただけはお母さんの気持ちわかってくれるでしょう?」
そんな呪いの言葉と共に。

「夫がスピリチュアルを理解してくれないんです。子どもにも悪影響だっていうんですよ、ひどくないですか?」
子どもがいる方をお受けしていたころは、こんな言葉も何度か聞きました。

スピリチュアルな考えを持ち込むことで夫や子供との関係がギクシャクするなら、家庭に持ち込んじゃいけない。私はそう思います。スピリチュアルより、夫のほうが大切だと、私は思います。

スピリチュアルに限らず、「尖った教義」の思想は、家庭を円満にはさせません。だから、宗教では神職を出家させてお寺や修道院で神との生活を行わせるのです。

家庭を築くなら、そこまで尖った思想を持ってはいけません。もっと円満に、常識的に、角を立てず社会になじむことこそが、家庭人の道です。真理なんて追及したら、波風が立ちます。よくないです。

「子どもいるけど見てます!」アピールする人がいますが、それは迷惑です。
あなたは家庭人の道を選んだのですから、こんな尖った内容のブログやメルマガなどお読みにならず、もっと常識的で、波風立たない雑誌でもお読みになってください。

やはり、私は責任が持てません。
子どものいる人に、セッションをする責任が持てません。
ですから、子どものいる方はお断りしております。

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