最短で人生を好転したい? なら、「垢抜け」一択っしょ!

人生:スピリチュアルブログ
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私は、たくさんの人と会う生活をしています。
仕事ではもちろん、プライベートでも初対面の人とお話するの大好き!!!
まったく人見知りしませんので、色んな人と会話を楽しみます。

それでこそ、いろんな気づきが訪れて、ブログ記事も書けるし毎週メルマガに長文を掲載できます。私がブログを書けるのは「雑談」のおかげです!

人との会話は、人生の宝物庫。
人との出会いこそが成長の源泉ですね!
コミュニケーションこそが、人生を拓く!

……で、ですね。
たくさんの人を見てきたからこそ、わかることってありまして。すっごい不思議だな~って思うことがあるんです。

それは「人生上手くいくことと、服装の関係」。

年収が高い人ほど、「服の着こなしが上手い」説

実は、年収が高くて幸せな人生を送っている人ほど、「見た目が垢ぬけている」。
裏返していうと、低収入で貧困で「人間関係が上手くいかなくて」とネガティブに愚痴る人ほど、「見た目が洗練されていない」。

これ、誤解しないでいただきたいんですけれども、美形かブサイクかってことではないですよ。スタイルが良いか良くないかって話でもないですよ。もちろん年齢も関係ありません。

そうではなくて、「服装に気を遣っているか」という話です。

人生上手くいっている人ほど、服装が洗練されているんです。
これはハイブランドのものを着ているってことではないですよ。全身ユニクロやGUな人もいます。でも「着こなしができている」んです。

逆に、人生上手くいってない人、特に人間関係で悩みを抱えている人の多くが垢ぬけてない。デパートに入っているような高めのブランドの服を着ていても、なぜかモサッとしてる。つまり、「着こなしができていない」んです。

人は見た目じゃない!
人を見た目で判断するなんて下衆のやることだ!

そう思われたかもしれません。申し訳ありません。

しかし、私は単純に不思議だったんです。
「なぜ人生上手くいっている人ほど垢ぬけていて、人生上手くいかない(特に人間関係が上手くいかない)人ほど、服がダサいのだろう?」と。

何か法則性があるからこそ、こんなに明確に出ているはず。
そして、考えた結果「人から見られることを意識しているかどうかが服装に表れているのだ」と気づきました。

例えば、稲田朋美さんは防衛省大臣時代、ファッションで大ブーイングを受けました。

動画 0:40頃~
ぼくは応援はしてるんですけれども、あのー、ファッションとかメガネとか、国際的なところに行くにはふさわしくないというね……(中略)

「新春の行事ですが、稲田さんがあまりにもカジュアルな格好で映っていた。フワッと巻いた髪に膝が見えるスカート、そこに若い女性がジーンズに合わせて履くような編み上げのブーツ。いわゆる『ガーリースタイル(少女風)』で『またか』とガックリしました」

このファッション自体がオシャレではないとか似合っていないとかではないわけですね。「人目を気にしないで自分の好きな格好をしている」というTPOのわきまえなさが問題なわけです。

動画内でも言及されている通り、服装に厳しく既定のある自衛官の前でサングラスに女優帽をかぶりワンピース姿で颯爽と登場する……。それを見て、自衛官の士気が上がるかどうか、という話なんです。リーダーとして、部下を鼓舞するための服装ができているかどうか、という話です。

つまり、ファッションに気を遣える、着こなしに気を遣える人は、「相手に気を遣える人」であって「自分を客観視する力がある人」なんですね。

そりゃ、気遣いができて自分がどう見られているか認識してたら、人生上手くいきますよね!
その結果が、「垢抜けた服装」なんだ!って納得がいきました。

垢抜けは時短かつ最短のライフハック!

ファッションバイヤーのMBさんも似たようなことをおっしゃっています。

自己啓発書を読んで考えが一時的に変わったとしても、行動に移すのは難しいでしょう。

しかし、外見の変化であるおしゃれなら服を着るだけです。鏡を見た瞬間に自分に自信が持てる。

自信が持てれば思考が変わって行動も変わり、
おのずと結果も変わってきます。(中略)

外見は思考を変え行動すべてに直結します。
もちろん、別の過程で自信を積み重ねる人もいますし、内面を鍛えて自信にする人もいます。そういった努力を否定するわけではなく、ただ、服を着るという行為は、特に簡単に根拠のある自信をつけてくれるのです。

幸服論 人生は服で簡単に変えられる (SPA!BOOKS) p28~32

そう。
本当にそう。

「おしゃれなんて薄っぺらい」
「外見に気を取られるなんて軽薄だ」
こんなご意見、ごもっともです。

しかし「薄っぺらくて」「軽薄」って、裏返すと「簡単」で「誰にもできる」ってこと。

そうでしょう。「自分は服なんて着ません!!」って人、ほぼほぼいないでしょう。パタゴニアのヤーガン族みたいに全裸で暮らす習慣のある人って、そんなにいないでしょう。少なくとも日本だと全裸で外出たら、普通に逮捕されますしね。

だから「おしゃれに服を着る(垢抜ける)」って、すっごいインスタントに、時短に、人生変えられる手段なのですよ。コスパやタイパ、メチャいいんですよ。

こんないい方法あるなら、そりゃやりますよね。
特に、世渡り上手い人、人生を上手く生きていける人ほど、やりますよね。だって効果があるってわかってるんだもの

でも、すでにユニクロやGUで普通に服買ってますよ
なのに、垢抜けないのはどうしてなんですか

こんな方は、ぜひ「着こなし」を研究してください!
着こなしで、服って断然変わってくるんです!!

↑上のMBさんの動画では、メンズファッションの話しています。しかし、レディスにも応用可能です。特に私が「そういうことか!」って思ったのが8:49~のトレーニングウェアについての解説。

西洋人向けに作られた洋服は足の太い東洋人に着こなしが難しい。特にひざ下が露出してるファッションが厳しい。→だからタイツをはきましょう
って提案をMBさんはしてるんですね。

私、すっごい納得したんです。
「だから、ワンピースやスカートにもレギンス合わせたくなるんだー!!」って。

私もね、ふくらはぎがムッキムキなんですよ。
ミモレ丈のスカートなんかはくと、一日(心が)お葬式ですよ。
ごんぶと!!!!!!!!

でも、ブラックのレギンスとか合わせると、そこまで気にならなくなるんですよね。これってMBさんのいうところの、ジムでハーフパンツ履くときにスポーツタイツはくのと同じ原理ですね!

8:10頃~

トムフォードは「スーツスタイルはネクタイをネクタイを崩すときに、きゅっとネクタイを外したときに色気が出ると言ってるんですよ。完璧なスタイルのわずかな気の抜けた瞬間に色気って出てくるものなんですね。

完璧なかっこいいスタイルを際立たせるためには、一つ、一か所、何か「抜く」ところがあってはじめてかっこよく見えるんですね。

完璧な人がちょっと間抜けなことするとドキッとするじゃないですか。それと一緒です。

着こなし、本当に大切ですね。
ただきちんと着ればいいというものではなく、どこかを「抜く」。
すると、びっくりするくらい洗練されます。

既成服って「自分のためにだけ作られた服」ではないので、「自分に合うようにカスタマイズしてあげる」ってワンステップが大切。よって、そこで「着こなし」によって自分に合うバランスに調整するわけです。

シャツの裾を折り返すのか、衿をどのくらい抜くのか、デニムをどれくらいロールアップするのか(しないのか)、アクセサリーはゴールドで華やかにするのか、シルバーでクールにするのか。

姿見の前で着こなしを工夫してバランスをとる。
これって、内なる陰陽バランスを整えるための訓練にもつながると思います。

「派手過ぎるから抑えよう」は「陽の気が強すぎるから陰の気を足そう」ってことだし、「重みが出すぎてるからちょっと軽くしよう」は「陰の気が強すぎるから陽の気を足そう」ってことです。

そうやって、着こなしに気を遣う人が人生の流れも上手くつかんでいける。それって、考えてみたら当たり前のことですね!

ぼっちからコミュ強へ!そのきっかけはファションだった

さて、私自身も「ファッションはライフハック」と感じる経験をしてきました。
「服装だけで人間関係って変わるんだ!」ってことを。

私は中学まで、割と田舎でのんびり育ちました。
田舎のクローズドな人間関係。小学校も中学校も同じメンツ。
親友は幼稚園からの仲。みたいな感じです。

だから、ツーといえばカーで、あんまり気を遣わないで良い関係だったんですね。
特に空気を読んで発言する必要はありませんでした。素朴で率直、万葉集みたいな世界観ですね。笑

しかし、私は都会の高校に進学します。
そこで、私はカルチャーショックを受けるのです。
都会の子たちの「空気の読み方」に。

率直に意見をぶつける(つまり「マジレス」する)と、コミュニケーションが上手くいきません。私はクラスでも部活でも孤立してしまいました。特に部活では、1年生女子全員から呼び出されて「Nozomiははっきり物を言いすぎる!」と注意されました。

うーん、大ピンチ。
もちろん、率直な物言いは気を付けて修正しました。
しかし、そうすれば人間関係が簡単に修復できるわけではありません。気まずい雰囲気は簡単には変わりません。

そこで、私がやったこと。
それはファッションを工夫することでした。
簡単にいうと「垢抜け」をしたのです。

なぜファッションを工夫することにしたのか。
それはある反面教師の先輩の姿を見て、です。

私と同じように、クラスに馴染めずにいる先輩がいました。
普通先輩って、派手で目立つ人しか後輩は認知しません。しかし、その先輩は地味でぼっちなのに有名だったんです。「1カ月、全く同じデニムを延々とはきつづける男」として。

私は私服の高校に通っていました。
ですから、個々人のファッションセンスは残酷なくらいに日々の服装で洗いだされてしまいます。

その中でも「超絶キモイ」と噂だったのが、その先輩。
「1カ月も同じデニムはいてるんだよ!?まったく洗濯してないんだよ!?キモーイ!!!」
高校生女子の目は、残酷です。ボサボサ頭でいつも同じデニムで似たようなシャツを着ている先輩に対して、非常に冷たい視線が注がれていました。

私は「服装に気を遣わないと、ここまで悪口を言われるんだ」とショックでした。
なぜなら、田舎の中学校では一年中ジャージで登校してたからです。服装なんて、まーったく気にしませんでした。

私は危機感をもって、ファッションを工夫するようになりました。

私は小学生のころから服にお金をかけるのが嫌でした。私にとって服に金をかけるのは無駄な行為でした。

中学生になってからは同人誌を作っていたので、小遣いはできるだけ同人誌の印刷代につぎ込みたかったんです。高校に入ってももちろんそうでした。服にお金をかける余裕なんかなかったのです。

ですから、「お母さんが独身の頃着てたイエローのタートルネック」とか「伯母さんからもらった紺地の浴衣」とか「フリマで300円で買った古着の子供服(チビT)」とか、そういうアイテムをなんとか“今風”にして着こなすことに血道を上げました。

普通にきたらダサく見えるような、例えばクレヨンしんちゃんのTシャツなんかも、皮ひものチョーカーを合わせて細身のデニムにヒール付きのスニーカーなどを合わせると、「スタイリッシュなのにクレヨンしんちゃんかよ!笑」とウケました。

そうしているうちに、ギスギスしていたクラスの女子から一目置かれるようになってきたのです。
「そのスカートどこで買ったの!?カワイイ!!」と、スクールカースト上位の派手目女子から話しかけられるようになりました。

「服装に気を遣うだけで、こんなに対応違うんだ!」と、私は驚きました。

お陰で、1年時にはあまり上手くいかなかったクラス内での人間関係も、2年3年と年を重ねるごとに良くなっていきました。1年時の宿泊学習では悲惨なぼっち生活でしたが、2年の修学旅行ではクラスのみんなと楽しい思い出を作ることができました。

もちろん、コミュニケーションの仕方の工夫も大切でしたが、「即効性」を考えると、やはり服装に気を遣ったことが大きかったと思います。

ファッションに気を遣うと、人間関係は円滑になる。
これは、自分の経験からも真実だと思います。

だから、上手くいく人は服装が洗練されているのですね。
それって、当たり前のことだったんだ、と今気づきました。笑

洋服のノウハウやロジックを学び「おしゃれの本質」を理解したうえで読み進めていくと、おしゃれも、人生も仕事も恋愛も、すべて同じ構造になっていることに気がつきます。

「相手を意識すること」はおしゃれにも仕事にも重要でした。自己満足ではなく、見てくれる他人のために身なりを整えるお洒落だからこそ評価されます。

自分の仕事の売り上げや収入のためではなく、顧客や会社のために働くからこそ最終的に結果がついてきます。恋愛でも同様でした。

「相手を意識すること」はこの社会に生きる我々にとって欠かすことのできない万能のメソッドです。

「差別化」も同じです。
そのほか大勢と違うからこそ区別して「おしゃれだ」と評価されます。しかし単に人と違うとっぴな服装をすればいいというわけではありません。それでは単なる変な人になってしまいます。

あくまで「相手を意識すること」と「差別化」はセットでなくてはならない。これは仕事でも恋愛でもまったく同じです。

一事が万事といいますが、私が人生を懸けて追いかけた「おしゃれ」は、仕事にも恋愛にもつながる魔法のメソッドだったのです。

そして文字どおり私は「服」で幸せを獲得しました。(中略)

大袈裟でも虚飾でもなく、本当に誰でも「幸福」はつかめます。
こんなにもどうしようもないちっぽけな私が獲得できたのですから、どうしてあなたにできないと言えるでしょうか。

どうか本書にあることをたった一つでもいいから実践してみてください。必ず世界は変わり動き出します。こうして社会に一つでも「幸福」を増やすことこそ私が生まれてきた意味なのだと思っています。

幸服論 人生は服で簡単に変えられる (SPA!BOOKS) p181~184
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