卒婚はなぜ必要か~西洋占星術の視点から考える

ホロスコープ
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成熟と共に変化していく魂の道

ある程度の年齢になってくると「卒婚」を考える方もいらっしゃいます。
パートナーとはっきり明確に離婚するのではなく、生活を別にして「結婚生活から卒業する」それが卒婚です。

もちろん、10年・20年一緒にいたパートナーと離婚を考える方もいらっしゃいます。

その気持ちが私にもわかります。
だって、20代や30代の頃に結婚した人と50代60代でも一緒にいられるかというと、ちょっと難しくないでしょうか。私は難しいな~!って思います。

それはパートナーの性格が悪いとか生活リズムが合わないとかそういう問題以前に、「根本的に若い頃と今じゃ価値観が変わりすぎていること」が原因です。

もっというなら、パートナーのみならず友達だって、20代30代のころ付き合っていた人とは関係を継続することが難しいと感じます。それくらい、私は若いころと比べてドラスティックに価値観が変わってしまったので。

ですから、「第二の人生」がリアルに感じられる年齢になって卒婚や離婚を考えることはとても自然な成り行きだと感じるのです。

59歳~第2のサターン・リターン

「サターン・リターン」というと、アラサーの若い人のもの。
星好きの人はそんな風に思っていませんか?

でも、土星は59歳の時にも出生の位置に戻ってくる、つまり60歳を手前にして「第2のサターン・リターン」がやってくるのです。

サターン・リターンでは「価値観の転換」を迫られます。
「その考え、本当に自分のもの? 本当に自分の内から湧き出てきたものなの?」と厳しく問われるのです。

第1のサターンリターン(29.5歳頃)では自分の価値観が所詮は親や先生などの目上の人から押しつけられた偽物であること、本当の自分の価値観ではないことを突きつけられます。

そこで一度今までの自分の価値観をすべてリセットして、また一から組み直す作業が必要となります。もちろん、ここで組み直して自分の内側から出てきたものが親の教えと同じだった!という場合もあります。それでも、一度は疑わねばならないのです。壊さねばならないのです。

第2のサターン・リターンでは、社会で培ってきた自分自身の価値観が本物なのかどうかが試されます。「それ、今まで通用すると思ってきたかもしれないけど、本当にそうなの?」と。

良くあるパターンでいうと、定年退職で現役時代の価値観が全否定に近い形で通用しなくなることがあります。「組織の常識」って実は世間の非常識だったりするんですよね。

ユング心理学的にいうと、社会的に身につけてきたペルソナに自分を同一化させすぎると魂が死んでしまいます。その死んでしまった魂に息を吹き返させる(全体性を取り戻させる)ためには、一旦この”土星による破壊”が必要となるのです。

つまり、サターン・リターンは大いなる破壊(死)であると同時に、魂の再生のプロセスでもあるのですね。

そのしんどい配置が、59歳ころにやってくるのです。
そんな価値観のクライシスに直面したら、今のパートナーが「違う」と感じる方がでてきても、それはなんら驚くことではありません。

ですから、この時期に「卒婚」を考えられる方がいても、それは星の巡りとしては実に自然なことなのです。

土星は本来、老いのエネルギーです。老人を象徴する星です。
固くて、冷たくて、融通がきかない。その代わりに安定をくれます。

土星は本来(退屈であるにしろ)
安定をくれるはずなのに
どうしてサターン・リターンでは価値観が破壊されてしまうのかしら?

そんな矛盾を感じた方は、鋭いです!
土星の「二元性」、そこに第2のサターン・リターンの意味を見出すことができます。

つまり、お能の「幽玄」の世界観。
老いて醜くなることによって見出される魂の美の世界。
そんなエネルギーが土星にもあるのです。老いれば老いるほど、若返る精神。そんな世界観が。

河合隼雄さんは、元型的な視点から見ると老の意識は少年の意識と結びついていると指摘しています。

ヒルマンによれば、老の意識の第一の特徴は、その両面性にあるという。

それは長老の姿で表されるように、古来から不変の規則をかたくなに守ろうとする面と、そのような頑固さを一挙に破壊してしまう傾向が共存しているという。

実は後者の傾向が少年プエルの特性なのであるが、これらが共存して分かちがたく結びついているところに、その特徴が認められるのである。

したがって、それはあくまでも固く冷たく、不変の姿をとっていながら、その底にはそれを一挙に崩してしまう自己破壊の傾向が燃えたっており、両者の間の強い緊張感の存在が、この意識の特徴になっている。

定本 昔話と日本人の心〈〈物語と日本人の心〉コレクションVI〉 p260

「固く冷たく、不変の姿をとっていながら、その底にはそれを一挙に崩してしまう自己破壊の傾向」
これぞ、天の土星と内なる土星の邂逅、サターン・リターン的現象と言えましょう。

老の意識の凝固性や不変性が頂点に達するとき、少年プエルの突然のはたらきによって、それは自己破壊を生じるか、無規律の状況に追いやられる。

ヒルマンは、老の意識のイメージを与えるものとして、ローマの神のサートゥルヌス(ギリシア時代のクロノスと同一視される)をあげているが、古代ローマで行われたというサートゥルナリア祭は、老の凝固性を打ちやぶるはたらきを示す典型的なものであろう。

サートゥルナリア祭においては、公務はいっさい中止され、罪人の処罰もなく奴隷も解放され、底抜けのお祭り騒ぎが行われたという。

定本 昔話と日本人の心〈〈物語と日本人の心〉コレクションVI〉 p261~262

一番真面目な人が、実は一番無責任。
一番頑固な人が、実は一番柔軟。
一番冷たい人が、実は一番優しい。

老子道徳経のような世界が、土星エネルギーの中にも広がっています。

ですから、この第2のサターン・リターンを上手く「転換期」として受け入れられた人は、思わぬ人生の幸福に見舞われることにもなります。

例えば、小林幸子さんは58歳ではじめての結婚をなさいました。まさに、第2のサターン・リターンの時期――価値観が入れ代わる人生の変動の時期にすっとパートナーと出会われたのです。

小林さんが夫と初めて会ったときに感じたのは、恋愛とは全く違った感触・感覚だったそうです。異性としてというより、「人として」惹かれあったようですね。

第2のサターン・リターンを越え、人生の完成を目指していく時期の結婚ってこういった結びつきが望ましいのではないかと、私は思っています。若い頃とは違った形でパートナーとの結びつきを経験してこそ、魂の成長の跡が見えるというものですものね。

若い頃のパートナーシップは、どんどんどんどん変化していく人生ステージに対応していかねばならない厳しさがあります。相手に合わせて、自分を変えていくことも時には大切ですし、相手に合わせてほしいと要求する場面も必要でしょう。ぶつかることで折り合っていく。そんな感じです。

一方で、年齢を重ねてからのパートナーシップは、お互いに完成された人格として、「相手を変えようとしないこと」がより大切になってくるのではないでしょうか。

必ずしも自分に都合よく動いてはくれない(笑)相手に対して、どんな距離感で付き合っていけば良い関係を保てるのか。それを見極める。上の動画内で小林さんの場合は「お互いにかわす(ぶつからない)」とおっしゃっていましたが、これぞ人生に熟練した段階だからこそできる技ですね。

若い頃って、相手にあきらめがつかないでしょう。「それはおかしい!」「間違ってる!」「どうしてこうしてくれないの!」って。
でも年齢を重ねたら、あきらめられますよね。笑「あ~もう、しょうがないな~」って。それが良いパートナーシップの秘訣なのかもしれませんね。

シニアはちゃんと「入籍」しよう

「カップルは、ちゃんと入籍すべき」

この言葉、意外に感じられるかもしれません。
だって、リンデンバウムは「子どものいないあなたのためのスピリチュアルサロン」。基本的には「子ども作らないなら入籍なんて、してもしなくてもいいじゃないの」というスタンスだからです。

しかし、シニアカップルの場合は、変わってきます。
「ちゃんと籍入れておいた方が何かと便利ですよ」とお伝えしています。

現行の戸籍に基づく結婚制度は、明治政府が徴兵と徴税のために作ったシステムがベースになっています。その制度を使うかどうかは「システムが自分にとって利があるかどうか」ここに尽きます。

具体的に、私がこの「戸籍に基づく結婚システム」を利用したほうが良いと感じる場面は二つ。

  • 子どもをつくる
  • 遺産を相続する

この2つにおいては、結婚制度、利用したほうが楽です。
利用しないで事実婚で貫くこともできますが、堅い意志をもって「自分があえて選択してこうしているのだから」と周囲に説明する手間暇をかける覚悟が求められます。

くりかえしますが、当サロン・リンデンバウムは「子どものいないあなたのためのスピリチュアルサロン」です。

当然の結果として、1番目の「子どもをつくるなら結婚したほうが良い」はスルー事項となります。

ゆえに、20代~30代の方には「子ども作らないなら籍なんて入れても入れなくてもどっちでもいいわけで、好きにしたらいいんです」というアドバイスになるわけです。

しかし2番目の「遺産相続」。
シニアにとっては、リアルな問題。
何となーくで一緒に暮らして何となーく過ごして、そのうち何となーく看取って……の後で、遺産があると大変です。場合によっては激しくモメます。メンタル超絶削られます。

籍入ってると、楽なんですよ。法律で明確に決まってるし「法律通りにやってください」でいいわけです。でも、事実婚だと「自分たちはちゃんと内縁関係成立してましたよ」って証明から始めなきゃならなくなります。めんどうくさいです!

そもそも遺産相続の前に、シニア世代になってくると、パートナーの入院とか手術とか、「籍が入ってないと面倒くさいこと」も出てきがちです。

籍が入っていれば「妻/夫です」の一言で済むところが、事実婚だと長々とした説明や証明書類を要求されたりするので、うんざりします。救急車呼んだ時に情報(病状などの個人情報)を教えてもらえなかったりとか。少なくとも面倒くさがりの私はキレちゃうようなことが、結構な頻度で起こりうります。

ですから、私は50歳過ぎてからのパートナーとの同居は「入籍推奨派」にチェンジするのです。もちろん、個々の事情もあるので入籍を選ばないカップルもいるでしょう。けれども、シニア世代のパートナーシップは籍が入っていた方が「色々と面倒くさくなくて楽できる」というメリットがあると考えています。

籍を入れないなら入れないで、いざとなった時にどういう書類が必要になるのか、どのような書類を出せばパートナーである証明になるのかなどを調べておき、必要に応じて行政書士や弁護士などに相談して公正証書を作成しておくと良いかと思われます。

年齢を重ねたからこその「自分を映してくれる鏡」との対峙。あなたとパートナーとの、魂の学びの完成を促進してくれる関係性が、豊かなものになりますように。お祈り申し上げます。

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