何かを100%信じちゃってませんか?~過剰適応という病

人生:スピリチュアルブログ
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私は普段スピリチュアル好きは社会適応が大切だと書いています。スピ好きがコミュニケーション能力が低くて社会適応能力が低いと、最悪精神病院にブチこまれるからです。

コミュニケーション能力、命!!!

しかし、何事も行き過ぎは良くありません。
社会に過剰適応すると、今度は自分の感覚が失われてしまいます。内なる声のささやきをキャッチできなくなってしまいます。

ここ最近、コロナ禍によって男性が過剰適応してしまうケースがあるという記事を見ました。

新型コロナウイルスの感染拡大が続いて1年半余り、生活環境が大きく変わり誰もがストレスを感じている状況です。医療現場で感じるのは、男女それぞれの社会的立場や家庭での役割の違いによりストレス要因が異なり、ストレス対応の方法の違いがあることです。

 男性の場合は、経済的に自分が家計を支えなければならない、という状況の人が多いため、ストレスを感じながらも過剰適応してしまうことがあります。

プライド邪魔して本音話せず ~過剰適応のお父さん、運動忘れずに~|Dr.純子のメディカルサロン
 ◇コロナ禍の男性のストレス 新型コロナウイルスの感染拡大が続いて1年半余り、生活環境が大きく変わり誰もがストレスを感じている状況です。医療現場で感じるのは、男女それぞれの社会的立場や家庭での役割の違いによりストレス要因が異なり、ストレス対応の方法の違いがあることです。 男性の場合…

これを見て思ったのです。
「私の父親は過剰適応の人間だったのでは?」と。

優秀なる奴隷は権力者に100%コミットする

過剰適応というのは、所属する組織や環境に行きすぎなくらいコミットしてしまう状態を言います。

普通なら、組織のやり方や環境の在り方や伝統などに関して、100%同意とはいかないものです。何かしら利害は対立します。「上手くやっている」と思っている人ですら、20~30%くらいは不満があっても自然なのです。

しかし、過剰適応の人は100%適応します。
組織のいうことに100%同意し、100%従います。
自分の意思はありません。

100%同意せず1%も妥協しないなら、それもそれで社会不適合者で良くありません。
しかし、100%同意というのもこれまた極端です。

ある程度満足である程度不満なのが、この二元性の世界では自然な姿となります。「全て完璧で全部満たされている」という地点を目指すと、これはもうシャブを打つしかありません。ALL you need is 薬物。

(二元性を越えた視点でスピリチュアルに考えるなら、全て完璧ですべて満たされている状態に至ることも可能です。しかし、二元性の世界のシステムにはまったままそれを目指すのは至難の業ということです)

さて、私にとって父は「理解不能な存在」でした。
感情の流れが見えず、言うこともわけがわからず、コミュニケーション能力が低いので一緒にいてもつまらない。そんな存在でした。

例えば、私が「意味がわからない。現実を冷静に認識して」と思うのは、父が「年金は絶対安心!! 年金を払わないヤツはアホ」と真剣に考えていることです。

ちょっと意味が分かりません。
確かに現在は年金が高齢者や障碍者に払われていますが、将来も絶対に安心と言いきれるものなんてこの世の中にありません。

あんなに栄えたローマ帝国だって滅びました。平家物語でうたわれる盛者必衰こそがこの世の真理だと思います。
でも、父は年金は絶対に大丈夫だと信じ切っているのです。

ちなみにワクチンも絶対安全だと言い切り、以前は「ポリオのワクチン打ったか!」「風疹のワクチン打ったか!」としつこくワクチンを勧めてきていたのも父です。
これだって、絶対安全というのはおかしいでしょう。どんなワクチンだって副作用(副反応)を起こす人はいます。

でも、父にそういっても話は通じないのです。
父にとって年金は絶対に安心安全なものなのです。

「なんでそんな考えになるんだろう?」と私は不思議で仕方がありませんでした。父は公務員だったので、公僕が年金システムを信奉しているのは確かに正しい姿です。
しかし現実認識が偏りすぎている感は否めません。「そこそこ大丈夫だと思うよー」程度ならば違和感はないのですが。

その疑問が、上の記事(プライド邪魔して本音話せず~過剰適応のお父さん、運動忘れずに~)を読んで解けた気がしました。
そうか、過剰適応かもしれない!と。

父は過剰に(100%)「お上」というものを信じ切っていたように見えます。しかし大きな国だって人の集まりです。一人一人のヒューマンエラーはありうるし、エリート官僚だって判断を誤ることはあります。どれほど優秀であったって、間違うのが人間です。

父はがむしゃらに国を信じたかったのでしょう。そこに人間らしいゆらぎなどゆるさず、絶対的正義を見たかったのでしょう。そして、その絶対的なものにコミットすることによって崇拝対象と一体化し(たつもりになり)「自分は大丈夫」という安心感を得たかった。

だから、それ以外の意見は(どれだけエビデンスを示しても)頑として認めなかったのかもしれません。

なぜそんなに強烈にコミットしたいかというと、そうしないと不安だからです。絶対的なゆらがないものを見出してそこに自分を投影および一体化していかないと、あまりにも大きな不安に飲み込まれてしまう。だから絶対的な存在が必要なのです。

もちろんそんな大きな不安を誤魔化し続ける代償は大きく、結局父は50代くらいから精神安定剤や睡眠薬のお世話になるわけですが……。

なぜそんな不安定な精神状態を抱えてしまうかというと、有体ですけれども幼少期の育ち方が悪いからです。

父は大変暴力的で情緒不安定な(つまり気分次第で理不尽に殴る)父親(私にとっては祖父)に育てられたのです。母親(私にとっては祖母)は大変に従順な人で、子どもを夫の暴力から守れるような気の強さはない人でした。

父は、絶対的な権力を持った存在(家庭における家父長的な父親)に理不尽に殴られることを必死で受け入れようとしたのでしょう。子どもとはそういうものです。理不尽なことに対して何かしら理由を見つけないと心が壊れてしまいます。

そして、何より父親(絶対的存在)にコミットしたのでしょう。それが子どもには家庭内で生き残るすべだからです。反抗的な態度など取ってしまったら、余計に殴られます。理不尽だろうが不条理だろうが、父親(権力者)のいうことは絶対なのです。

大人になって、その絶対的に服従する相手が父親から権力者にスライドしただけの話。だから、父にとって年金は絶対安心安全なのです。国のいうことは正しいのです。ワクチンはアレルギーや副反応等を検討することなく片っ端から打つべきなのです。

男がつらい社会は、女もつらい社会

上に紹介した記事内にもありましたが、男性の権力に対する複雑な感情に対して私は実に鈍感でありました。

育った家庭が女性上位(男1女3でいつも女の勝利)でしたし、就職後も男女平等というか女性の存在感の強い職場にいたので、男性の権力に対する嫉妬やドロドロした争いや強烈な劣等感などにふれる機会があまりありませんでした。

私がはじめて強烈な男社会を味わったのは、実はこの仕事をはじめて経営の勉強のために参加した、若手経営者の勉強会においてです。強烈なセクハラにあったのもはじめてで、30代にして良くも悪くも初めて尽くしでした。
経営者の勉強会って、8~9割男性なんですよね。。。女性経営者、増えねばならんぞ~!

はじめは「なんなんだこの人たちは」と面食らっていたのですが、強烈な競争を生き残って「男であること」を証明せねばならない人は、そういうふうになるものなのだと理解していきました。

いやはや、男はつらいよ。ホントに。

男に限らず女だって「結婚して子どもを産んで育て上げてこそ女は一人前(そして一人産んだら二人目はいつ、二人産んだら三人目まで頑張れ!とエンドレスで続く)」という世間からの圧力に苦しむ人は多いものです。
特にこのブログを見ていらっしゃるような方は「産め産め攻撃」にげっそりした経験がおありの方も多いことでしょう!

男も同じように「男たるもの妻子を養って一人前」という圧力に苦しんでいる人が多いということです。そして私の父のように権力(世間の常識)にコミットしすぎて、現実認識が危うくなる、情緒が無くて肝心の妻子と心が通わない人も出てくるわけです。

社会不適合なのも困りますけど、過剰適応も考え物ですね。
しなやかな心で生きるには中庸。言い換えると、何かを100%信じ切るのはちょっとまずいということです。

信じつつもちょっと疑う。
それくらいのほうが視野の偏りを防ぐことができるのかもしれません。

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