精神と物質の間~どう生きるか試行錯誤する汽水域な牡羊座

ホロスコープ

12星座シリーズも、この牡羊座で最後です。
ふつう星占いって牡羊座がトップバッターですよね。なのに、牡羊座について書くのは、一番最後になりました。

なぜなら、私にとって牡羊座は本当に理解しがたいサインだからです。惑星はないし、ハウスのカスプもありません。そう、私の火星(牡羊座の支配星)は、どこのハウスのルーラーにもなれない不完全燃焼ちゃんだったりします。

牡羊座と180度の天秤座も同じくハウスのカスプから外れてるサインなんですけど、冥王星が天秤座なのでまだ「ああ、あれね~」って、なんとな~く匂い程度にははわかるんですよ。肌で理解できる。

でも、本当に、牡羊座って謎で。
書けなかったんですよね。

でも、牡羊座の支配星である火星期をほぼ過ぎ、自分の苦手な火星を試行錯誤して使いこなす機会を得ることができました。すると「10室」の中に丸々すっぽり収まっちゃっててカスプになれない牡羊座を、なんとな~くだけど理解できる気がしたんです。

牡羊座って、本当にスピリチュアルなんだなって。
魚座(超精神)と牡牛座(超物質)の狭間なんだな、って。
春分点から始まる、海水(精神)と淡水(物質)が混ざりあう汽水域のようなサイン。それが牡羊座なんだと。

なぜ牡羊座は生き方が下手なのか

私ね、牡羊座の強く出る人を見て謎だったんですよ。
「なんでそんなに生き方下手なの」って。

牡羊座成分の強い人って、ピュアなんですよ。意味わかんないくらいピュアなんですよ。小賢しい私が「え、ここでそんなこと言ったら自分が損するだけじゃん」って思うようなこと、平気で言っちゃうんですよね。で、あとから頭抱えてる、みたいな。

「うん、いや、そりゃそうなるでしょ」って、ずるい私は思うんですよ。なんでもっと自分に得になるように立ち振る舞わないんだろうって。

これが魚座だと「そもそも(自分の中に広がるカオスな)思考を上手く言葉にできずに終わる」ので、モメない。自分自身はモヤモヤするけど、周りに波風は立たない。牡牛座だと「あ、これは得にならないから黙っとこ」で言わないけど、ちゃっかり後から美味しいところは頂いておく。もしくは、ネチネチネチネチ自分の主張をずーっとずーっと繰り返して相手が根負けするまで粘る。

ハーイ!
例にもれず、私は牡牛成分の強い人間でぇ~す!イエ~イ!

だからね、そんな唯物論イエ~イ(自分が損しないためにネチネチ根回し根回し!)牡牛系の私に、牡羊は理解できんかったのですよ。
「なんでそんな損するようなことするの」と。

誤解しないでいただきたいのですが、牡羊はバカじゃないんですよ。頭良いんですよ。天才的なヒラメキで「すごいな!」って感嘆するような表現ができるサインなんですよ。
だからこそ、意味が分からない。自分が損するような方向に突っ走るのが。

そんな謎々な牡羊座を解くカギが「春分点から地上に降りたばかりのスピリット」という視点でした。

魚座は、純粋なるスピリットの状態を表すサインです。
もう肉体を離れつつあって、もしくはもう離れていて「魂のふるさと」にいる状態になります。

だからこそ魚座は、ちょっと世間の感覚とはズレてたり不思議ちゃんだったりもします。でも、そんな内なるカオス(つまり物質世界にいるにもかかわらず広大な宇宙を自分の中にしっかりと抱いている状態)って言葉で明確に表現するの、難しいんです。魚座の内にあるカオスというのは、なかなか他者にはふれることがなかったりします。ゆえに、魚座成分を現世に持ちこむには芸術的な表現(支配星である海王星的世界)が必要になってくるんですね。

そんな魚的カオスが春分点を超えると、そのままカオスでいることは許されなくなります。
春分点を通ると、もうそこは三次元的な二元性の物質界なのです。本人がどう思ってるかなんてお構いなしに「物質的な生き方」をせねばならないのです。

純粋なスピリットが地上に降りてくるときには、大変なショックを受けることになります。生まれてくるときに、重力のある世界にいきなり放り出される衝撃といったら!
出産によってスピリットはもはや、光の楽園から追放されてしまったのです。

人はこの世に生を受けて以来、世界は自分に敵対するものだと思いこむことが当たり前なため、ネガティブな気分というのは頑固なまでに維持される。

誕生間もない赤ん坊は、すぐに大きな力による攻撃にさらされる。さっきまで赤ん坊は母親の胎内にいたが、そこは心地よく温かく安心していられる場所だった。

ところが、かわいそうなこの子は何かにつかまれると、快適この上ない胎内から乱暴に引き出された。赤ん坊は母親の叫び声を聞き、自分自身が母親の苦しみの原因かもしれないという思いが小さな胸をよぎった。これで罪悪感コンプレックスを持つための基礎ができあがった。

閃光が両目をうがつ。
まぶたを閉じて、何も見たくない。
うるおいに富んだ温かみは消え失せ、肌に突き刺さる乾いた風に置き換わる。

身体を小さく丸め、この惨状から身を守らねば。しかし、躊躇なくへその緒は切断され、これで生命の源との唯一の絆は荒々しく断ち切られてしまった。赤ん坊は致命的な衝撃を受けた。

赤ん坊は苦しさにあえいでいるが、まだ呼吸するすべを知らない。一生残る傷よつけ、とばかりに背中を強く叩かれる。

空気が剃刀のように肺に突き刺さる。呼吸をすると胸が痛むが、ほかにどうすることもできない。突きつけられたのは過酷な条件だ。生きるために闘うか、それとも死ぬか。

けがれない無邪気な理性は最初の教訓を得る。生きるための戦いはこの世界から切っても切れないものなのだと。赤ん坊は苦痛と恐怖におそわれ、あげくの果てに、母親から引き離され、硬い箱に閉じこめられる。力尽きた赤ん坊は、この世界から行方をくらまそうとする夢をみる。

この世界との最初の遭遇はこんなふうに起こる。恐怖、孤独、やりきれなさ、悔しさ、怒り、完全な無力感。それらは理性の真っ白な紙の上に残酷に容赦なく刻みこまれる初めての教訓である。(中略)

今日、こうした衝撃的な出産方法は広く普及しており、これで十分に文明化されていると考えられているのは、降り子がらみの理由あってのことなのだ。

このような生まれ方が、人間の潜在意識に深い傷の一生残る悪夢のような衝撃を与えることに思い至る者は、残念ながら、稀である。

超スピリチュアルな夢実現/幸福獲得法―振り子の法則トランサーフィン (超★スピ)  p191~192

引用した上の説明は少々過激かもしれませんが、「物質界に生まれてくること」を考えると、春分点から物質界へと降りてきた牡羊座の性質も理解できるのです。

なぜ無駄なシャドーボクシングをするのか。そんなことをしてもあまり意味がないのに、愚直なまでにやろうとするのか。まっすぐに成果のないことにつきすすむのか。

他の火のエレメントのサインを見ても、確かに無駄はあるのですが獅子座も射手座ももっと地上的な成果が目に見える方法で表現します。獅子座の情熱は周りから見たら確かについていけない熱さだったりもしますが、本人的には満たされます。射手座のパッと世界を広げる情熱は、周りが理解できないものを理解できるように取りこみ地上に降ろしていくことを可能にします。

でも、牡羊座は、なんか不器用なんです。
だけど、「生まれたて」と考えると、不器用で当たり前なんですよね。

牡羊座のサビアンシンボルはとてもスピリチュアルであると同時に「この世界に生まれてしまった苦しみ」を感じさせるものがあります。ピュアな魂が物質界にダウングレードせねばならない苦しみが伝わってきます。

牡羊座の次の牡牛座では「もうこの世界で生きなきゃならないんだ」と割り切って、物質界の探求に入りますから、あんまり葛藤がありません。しかし、葛藤がないのは感性を鈍らせたがゆえでもあります。牡羊座のスピリットを感じさせるまばゆさは、牡牛座にはもう見えなくなってしまうのです。

あやういけれどもまぶしい。
そんな牡羊座というサインを見ていると、まるで地球にはじめて降りてきたスターシードのようだ、と感じます。

なぜ天使はこの世界に降りてきたのか

ここまで読んだ牡羊座サインが強めの方は「牡羊座、損なばっかりじゃないか!」と思われているかもしれません。
確かに、牡羊座の生き方って下手くそだと思います。貧乏くじ引きがちだと思います。

だけど、スターシードがそうであるように、牡羊座はこの世界にそういう性質が必要だからこそもたらされているとも言えるのです。

例えば、「スピリチュアルなら魚座だから、魚座だけいてくれればそれでいいじゃん」とすると、世の中の精神性はもっと低くなることでしょう。なぜなら、魚座は確かに超絶スピリチュアルで霊性が高いんですけれども、それゆえに多くの人は魚座的資質を理解できません。というか、そもそも魚座自身が物質世界においてキャッチーにわかりやすく伝えることができません。(だから魚座には芸術という間接表現ツールが必要)

でも、牡羊座がむこうみずに(空気を読まず)自分の感覚を「こうなんだ!」と伝えることで、固定観念に風穴を開けることができます。

それは多分、拒絶の道でもあるでしょう。
無理解と孤独の道でもあるでしょう。
でも、牡羊座がいることで、「精神界と物質界」への橋がかけられることになるのです。

なーんて、簡単に書いてますけれども、これは苦難の道です。
だけど、すごく尊い道です。サイン牡羊が強い人は、精神的なきらめきをこの物質界に降ろす使命があり、ゆえに(支配星である火星が象徴する)軋轢や衝突を経験するということにもなります。

パイオニアの道はいつも苦難に満ちています。
しかし、だからこそ「自分にしかできないこと」という道を歩み、そんな人生を歩む自分を誇ることもできるのです。

ルドルフ・シュタイナーは、黄道十二宮の図の重要性をこう説きます。

古代には、宇宙・地球・人間の関連が、実感されていました。
近代には、これらの事柄の意味が、もはや分かりません。

近代人は、「牡羊座、牡牛座、双子座、蟹座、獅子座」といって、牡羊座などを描きます。しかし、根本的に、これらの事柄が何を意味するかが、まったく分からなくなっています。これらの事物を、正しい方法で見る必要があります。

昔の牡羊座の絵を見ると、牡羊が自然主義的、唯物論的に模写されているのではないことに気づきます。自然主義的な模写が大事なのではありません。特徴的なのは、牡羊が振り返っていることです。

その身振りが大事なのです。
牡羊が振り返っていることが重要なことなのです。

牡羊が振り返っているのは、人間が自分を振り返ること、自分の中に生きている宇宙をふり返ることを示しています。単に自然主義的・唯物論的に牡羊を眺めてはいけません。模造ではなく、振り返る身振りが大切です。

星と人間[新装版]精神科学と天体 p72~73
Johann Bayerによる牡羊座(1603)

伝統的な描写における牡羊座は大抵、上のようなフォルムになります。シュタイナーのいうように「振りかえってい」ます。振りかえることで、自分の内面を見ているというのです。だからこそ、牡羊座は自分の内面、自分の中にあるエネルギーに素直です。

私がこの牡羊の図を見て思うのは、「過去に逆戻りしない決意」です。牡羊の体は右を向いています。右、すなわち春分点、すなわち魚座の方向です。

心地よいカオス、母の胎内に向かいたい衝動はあります。でも、牡羊は振り返るのです。自己を見て、そして、結局は左(牡牛座・物質界)へと向かっていくことになるでしょう。力強く大地を蹴ろうとする左の前足は、方向転換を感じさせます。

そう、つまり牡羊座は戸惑いながらも「この世界で生きること」を選ぶのです。楽園である胎内に戻る夢を捨てて、この地に根づこうとする。そのために自分を見つめるのです。

この二元性の世界への旅がはじまります。
本来は同じものが光と闇に分かれる世界です。
勇敢な牡羊座は、この世界への旅を選んだのです。

あなたの喜びは、悲しみの素顔。
笑いのこみあげてくる井戸は、しばしば涙であふれています。
そういうことなのです。

悲しみがあなたの存在をえぐれば、えぐられたところにそれだけ喜びをたくわえることができます。

あなたが葡萄酒を受ける杯は、まさに陶工のかまどで焼かれたあの杯ではありませんか。
あなたの心をなぐさめる楽器、リュートは、もとは小刀でくり抜かれたあの木ではありませんか。

嬉しいときには、自分の心の奥をのぞき込んでごらんなさい。
すると見つけるにちがいありません。
かつては悲しみの原因になっていたものが、今は喜びの原因になっているのを。

悲しくて仕方のないときも、心の奥をのぞき込んでごらんなさい。
すると気づくにちがいありません。
かつては喜びであったことのために、今は泣いているのだ、と。

預言者 p40
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