本当は怖い算命学

占い

私は今、算命学の結構ディープな部分を学んでいます。

正直、ちょっと引き気味です。
なぜかというと「こういった秘技を本気で占い師が使うとするなら、相当のカルマを負うな…。これは軽はずみに使ってはいけない知識だ」と重みがのしかかってくるからです。

私は以前の記事で東洋占術は帝王学だと書きました。

私が風水(気学)についてあまり肯定的ではないのは、学べば学ぶほどそれが「天子のもの」であることを思い知らされるからです。四柱推命や算命学もそうですけれども、東洋の伝統的な占術(東洋哲学)は帝王学なのです。

帝王学って、わかりますか。帝の視点で「いかに国を治めるか」という学問です。
庶民のものではありません。

だから、算命学の教科書を読んでいても、内容自体は素晴らしくはありますが、マキャベリの「君主論」を読んでいる時と同じ違和感を覚えます。大衆的価値観とはズレがあるのです。

つまり、「将の視点」であるがゆえに、一人の兵の命など軽く扱うようなきらいがあるのです。「一寸の虫にも五分の魂」なんて視点はまずありません。イン・ラケチ(あなたはもう一人の私です)というワンネス的視点もありません。

そんな「帝にとってのツール」を深く使いこなそうとするなんて、正直「庶民の幸せ」からはずれてしまうと感じるんですね。帝の求めるものを、ほとんどの庶民は求めていないでしょう。帝の道(天命)というのは、非常に険しく業の深いものです。

庶民の幸せというのは、もっと凡庸でささやかなもので、血なまぐさくないものでしょう。

だから、かえって形骸化させてしまって「黄色いお財布を持てば金運UP♪」なんて毒にも薬にもならないようなレベルで「おまじない」程度に使うなら、風水も気分転換に良いものでしょう。

でも、真剣に風水(気学)を学んで取り入れるならば、「あなたは帝のエネルギーを受けおえるだけの器があるのですか?」と問わねばなりません。

スピリチュアルに成長する人、しない人

今、まざまざと算命学も帝王学であることを実感しています。帝が国を治めるためのリアル権謀術数な技術だったんだな、と。

いや、ですから、「司禄星だから結婚して主婦になったらハッピーになれるよ♪」的、「ライトな占い」として使うなら、全然問題ないんです。「当たるも八卦、当たらぬも八卦だもんねぇ~♪」的な、お気楽な態度で深入りしないなら、全然問題もないし、重いカルマも背負わないんです。

だけど、エッジの効いた道具であることを理解した上で、それを自分のエゴのために悪用しようとするなら、たいへんに危険です。頭が回る人が算命学を学んだら「これは支配のための道具である」ということを賢く見抜くことでしょう。(ゆえに、算命学を学んでいる政治家や投資家や経営者って、多いわけで)

つまり、悪用するなら、呪術として転用できるのです。
もちろん表面だけを見ているなら「占い楽しー☆スゴーイ♪」なんですけど。

算命学を学ぶに、才気に偏りすぎないよう人徳を養うことが不可欠と言われます。実にその通りです。

でも、才能があればいいじゃない!
才能があって優秀なら、それで成功できるでしょう?

そう思われたかもしれません。
でも、人は才気のみではいずれ転落します。才能ある、優秀な人間ほど徳を積むことを意識せねばなりません。

「才気のみで人徳がないとダメだ」ということのわかりやすい例として、優秀なる女性経営者エンリケさんの夫を挙げることができます。
今エンリケさんの夫「豚さん」はインスタが炎上しているのですが、それがまた「これこそ徳の無い状態で才気のある優秀な人間の典型例」という感じなのです。

言ってることは間違ってないんです。むしろ法律に照らし合わせると正しくすらあるでしょう。
ですが、徳がないのです。見ていてガッカリしてしまうのです。

photo by すしぱく
徳の無い感じを表すイメージ画像

あのね、徳を積む方向に行くとね、物質的視点からは損することもあるの。現実的な観点、現象から見たら「そんなの損するだけじゃん!」ってことが、陰徳を積むためには必要だったりするの。

でも、才気あふれる頭の良い人間は「それ、損だから自分はや~らない」って避けるのね。だから才気ばしってる有能な人間こそが徳を積んでなくて、成功したときにそれが原因で転落していったりするの。

人徳無しで算命学を使ったら、人を操る方向に行きかねない。いや、そもそもが帝王学なんだから、人を支配してナンボなんですけどね。仕組みとしてそう利用するための学問とも言える。

だけど、王たるもの、その天子たる覚悟を持つわけですよ。天命の重さを背負うわけですよ。人を支配することによって、自分がどれだけのカルマを背負うことになるか、自覚した上で技術を使う。(才ではなく)徳をもって世を治むる。

天命に背くようなことをしたら自らが滅ぶという自覚の上で、危険もわかったうえで宇宙の法則を使っていくわけです。

そういう土台なしで、ただ「お金持ちになりたい」「良い相手と結婚したい」「相手を蹴落として出世したい」とか、小さな庶民レベルのエゴで算命学のディープな部分を使っていっちゃうと、本当に重いカルマを背負わねばならない(占ってもらうほうだけではなく、占う方も、です)。その自覚が無いのなら、危険だなと。

あるベテラン占い師さんが、「占いやってる人って精神病の人が多くて本当に引く」とおっしゃっていました。それはこの「占うことによって負うカルマ」に対して無防備だからメンタルがやられるんでしょうね……。

高尾先生も戒めています。「聞かれもしないことを占ってはいけない。聞かれたことだけ答えなさい」と。

エゴによって「こんなに当てちゃう自分スゴイ!ホラ、ほらこんなこともわかるんだよ!占いスゴイでしょ!!」って占術の力に酔っちゃう占い師は、知らないうちに膨大なカルマを負うことになるのですよ。無防備だと、危ないです。

少し年上のやはり20年選手な占い師さんは、1年に1度は滝行をしています。「占うことによって負った穢れ」を浄化しているのです。そうやって定期的にリセットしてこそ長く占い師を続けていけるのです。

私もちょこちょこ断食してますよ。
やはりそうやって浄化しないと、長い間は続けていけないんですね。

いかんせん算命学は、春秋戦国時代に盛んに用いられた国を治めるための技術ですから、敵を蹴落とすのは朝飯前なわけです。そういうところ、すごい得意……。

もちろん、そこらへんの2000円くらいの「当たる!天中殺占い♪」みたいなライトな本を読んでも、そんな使い方全然書いてないから大丈夫ですよ。「わあ、わたし来年天中殺なんだー!気を付けよー☆」くらいだったら、もう全然何の咎もないですよ。大丈夫です。貞によろし。

実際に、算命学の勉強をしていて、ダーティな血の臭いに気づかない人は気づかないと思います。いや、むしろ気づかない人のほうが多いのかもしれない。でも、私はいかんせんミリヲタなんで、「ああ、これ、こういう風に使えば相手を貶められる技術だよなー」って、いやらしく感じとっちゃうわけで。

言い換えると、それだけすごい技術だということですよ。包丁は美味しい料理も作れるけど、人を殺すこともできる。だから、ちゃんと正しい使い方をしないと、とんでもないことになる、という話です。

例えばね、四柱推命では「比肩建禄」をもてはやすでしょう?
「比肩建禄は成功します!ラッキー☆」とか浅はかなこと言うでしょう?

確かに、一理あります。
比肩建禄を持つ人には力があります。

しかし力がある分、身を慎まねばなりません。が、比肩(自分一番!)であるがゆえに、なかなかそれが難しい。よって、若いころに沢山の試練にあって苦労してきた人なら、見事に比肩建禄のパワーを使いこなせるでしょう。

でも、間違った力の使い方をすると、強力なパワーがある分周りの人を不幸に貶めかねません。

――回りくどい言い方ですいません。
何が言いたいかって、某子宮系スピリチュアルの教祖様は、月柱・比肩建禄なんだよ……。良い星持ってても、使い方を間違えるとアカンのです……。

本格的な算命学は、ライトに「占い楽しー☆ちょっと勉強したーい♪」で手を出してはいけないものです。だから名のある算命学の学校では結構なお金を積ませるのでしょう。「こんだけ払っても学びたい?真剣に学びたい人じゃないと教えられませんよ」という。それは実に正しい姿勢です。

西洋占星術はね、もっとフワッとしてるんですよ。東洋占術がビビッドな色彩だとしたら、西洋占術は緩やかなグラデーションなんです。だから「これは赤かな?でもオレンジとも言えるな~。でも、敢えていうなら、赤、かなぁ~」って感じで、結構カオスなんですね。だから読み方も難しいと言われるわけで。

そこを東洋占術だと「これは赤です!」とか「オレンジです!」とかハッキリ出やすいんです。だからこそ、わかりやすいんだけど、使い方を気を付けたほうがいい。(これは古典西洋占星術のホラリーもそうです。はっきり出ます)

西洋占星術に黒魔術を絡めて惑星の力で相手を呪うみたいなこともできますけど、それはちゃんと黒魔術のほうも学ばないと無理でしょう。だけど、東洋占術の場合、呪術でもそのまま五行陰陽+十二支を使うわけです。だから、気が付かないうちに人を呪ったり陥れたりできるんですよ。

いや、覚悟の上で自分が何やってるのかわかってるならいいですよ。だけど、「これでHAPPYになれるのぉ~♪」みたいな浅はかな気持ちでそんなことやったら、まどかマギカ並の血だまりスケッチになりかねません。

ええと、この表現だとオタクにしか通じないやつだな。言い換えると、「誰かを幸せにしたなら、誰かを不幸にする」という自覚が無いまま「私はハッピーになりたい♪」と思うことは、この陰陽の世界では呪術にすらなるということです。

宇多田ヒカル – 誰かの願いが叶うころ

だからこそ、算命学に導かれるような人は「ハイスペ旦那様と結婚して子供産んでVERY妻でハッピー♪」とか「金持ちの家に生まれてエリート街道一直線!挫折知らず」とか、そういう薄っぺらいインフルエンサーみたいなタイプの人はあまり見かけません。

むしろ、算命学をやる方は何らかの艱難辛苦を味わってきた方が多い印象があります。そういう方なら、人生経験の厚みから感覚的に陰陽の真理がつかめるでしょう。
つまり、苦労した経験こそが得難い徳なのです。

算命学を学ぶにしてもこの二元性の世界の残酷さを理解して、「一極」に向かおうとする意識がシッカリあるなら良いのです。
「いつまでも女を忘れない!恋してなきゃ女じゃない♪アンチエイジング★」とかいってる浅薄なレベルの人が深いところまで触るとケガするよ……って話で。知らない間に重いカルマを背負ってしまうよ、と。

占いを「当たる、当たらない」というレベルで見ている人には、なかなか気づけない罠だと思います。だからこそ高尾義政先生は8冊中2冊目という序盤の教科書(算命学Ⅱ)で、宇宙的で深遠なる理論(立体五行論)をガツンとぶちかますという構成に出たのでしょう。

だって、「当たる占いが知りたーい♪」って人は、この算命学原論で脱落するもんね。「何それ、難しい!てか興味ないし!早く当たる占い教えて!!」ってなるもん。うるせえよお前は帰れっていう。笑(高尾先生はそんなこと言いませんよ、もっとお上品ですよ!ぶぶ漬けでもどうどすか~♥)

そしてね、高尾先生は学びが深まってくると「干支を忘れろ、干支を見ないで人を見ろ」って言いだすんです。もうね、ここ!ここよ!!松村潔先生と同じこと言ってる!!そう、西洋だろうが東洋だろうが、真理を追求してるならちゃんとここに行きつくんですよね。

干支は陰陽からなるものです。陰陽があって、空間の特徴が分断されてこそ五行があり、時間の分断(過去→現在→未来という直線的な時間軸)があってこそ十二支があるんです。ここにとらわれたままだと、一極には至れません。二元論の世界で分断の苦しみを味わい続けねばなりません。

善く易を為むる者は占わず(荀子)
時の流れる法則を良く知っている者は、占わなくてもわかるものだ
占わずして吉凶を知る(荘子)
(自然の法則を知るものは)占わなくても未来を知ることができる

西洋占星術もそうです。いつまでも惑星を見ていてはいけないのです。松村潔先生はホロスコープは高次に至るまでのハシゴとして使えるけれども、ある程度まで登ったなら星から離れなければならないとおっしゃっています。本当に、高尾先生と言ってることが同じなのです。

四柱推命もホロスコープも、地上に降ろされた梯子みたいなもので、それを使って、途中まで上がることはできます。しかし先に進むことはできない。
ただ世間にあるいろんな学問とか分野は、この梯子の働きさえないので、その点では、四柱推命とかホロスコープは最低限学んだほうがいいだろうね、入り口として。

よく宇宙人が、ホロスコープを使えと言うけど、その真の意味については今の地球人の知性ではまだ理解できないのでは。

松村潔ブログ: 20181230 新年挨拶はやめよう

「四柱推命(子平)こそが優れてる」とか、「いや算命学のほうが上だ」とか、そういうのホンット下らないんですよ!
「西洋の占いが上か東洋の占いが上か」とか、超絶どうでもいい!!

どんなメソッドを学んだとしたってね、深いところまでたどりつけば結局同じところに行きつくんだよ!
「どの占いが当たるか」なんて言ってる人は、何もわかってない。

でも、低レベルなまま留まっていることもできます。人を陥れて権謀術数にあけくれ、カルマを背負い、またこの世界に輪廻して生まれてこねばならない地獄を味わうこともできます。
占いに「当たる、当たらない」を求める人は、このレベルにとどまることになります。

松村潔の本を読んで「これじゃ当たる占いはできない」とか言い出す人がいますけど、それはその通りなんですよ。松村先生はそんなレベルにとどまってほしくないわけですから。「この世界から解放されるための手段(一過程)」としてホロスコープを利用なさい、と言っているのです。

この世が、既知のもので溢れかえると、人の命は窒息してしまいます。
ドームのように蓋をされたこの世界の天井に穴をあけて、外に抜けていく体系が必要です。

占星術のシクミがわかる本 (占星術研究会) 

世の占い師というのは、どれだけ自分が恐ろしいことをしているのか自覚があるのでしょうか。高尾先生は、占いをするならば自らを怖れよと説きます。自分を怖れることのない占い師は悪魔のようなものだと。

「占い、当たる、楽しー♪」というレベルで留まっていたい人は、それはそれで良いと思います。まだ魂の成長段階がそういうレベルなのでしょうから。「成功したい!」「金を稼ぎたい!」「結婚したい!」とか、そういうことで占いを使うのもやむを得ないと思います。

ですが、どんな占術も、極めて行きつくところは宇宙(森羅万象)なのです。宇宙を見るために占いの理論を学ぶのです。もっというなら、宇宙に戻るために自分が既に・・宇宙であることに気づくために占いという形で学ぶのです。

その意識に欠けたまま「当たる占いがしたい!」と思って理論ばかり深めてしまうと、本当に危ないと思います。なぜなら、これは古代の叡智がつまったすごい技術だからです。

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