機能不全家庭(毒親)と身強の星

四柱推命/算命学

私は超身強です。天南-天将-天将という「とにかくエネルギーを使わないと、死んでしまうー!!!」という「泳がないと死ぬマグロ」みたいな生き方が自然である星を持っています。

だから私は一般的な優しい言葉、例えば「無理しなくていいんだよ」「強がらないで頼ってね」「たまにはゆっくりのんびりしようよ」なんて言われたら一気に落ちます。「ご自愛ください」なんて言われた日には「うるっさい!! 私は自愛より頑張りたいんじゃッ!!!」とイラッとします。全くめんどくさい人だな!

でもね、そのくらいエネルギーを燃焼して常に暑苦しくわっふるしてないと、バランス取れないんですよ。そのくらい偏ってるのです。平均的な人とは根本的な生き方からして違うのです。

ずーっと身強なので、当たり前に幼少期の星も身強です。
そして、幼少期に身強の星(天南星-天禄星-天将星)がくるのは基本的に不自然な状態なので、ありていにいうと「生きてて大変」という状態になりがちです。

自分の幼少期の星を見たい方は、無料で算命学の命式を算出 | 創喜塾のアプリで命式を出してみると良いですよ。

若年に注目していただきたいのですが、ここの場所は子供時代の場所です。
この場所が大人びているということは、自分が大人にならなければいけない環境になるということです。

つまり若年期には子どもの星(注:天報星、天印星、天貴星、天恍星)がきて当たり前なのです。そういう星があれば家庭環境も順当です。

ところが壮年期の星(注:天南星・天禄星・天将星)が出るということは、それなりに家庭に波乱があるということです。(中略)

そしてこの場所に強い星(注:天南星・天禄星・天将星)がきますと早く大人になってしまいます。というか大人にならざるを得なくなる状況があると言えます。

算命学Ⅵ P306~307 注は記事作成者による

この高尾義政先生の解説を見て「ウッ、ウウウウッ……」とうなってしまったんです。

だって、母親が宗教に走って幼少期に大変苦労した友人がいるんですけど、幼少期の星がバッチリ天禄星なんですものー!!! 冷静に忍耐強く宗教に狂った母親の話を聞いて従わねばならぬ幼少期…。大人な天禄星ですわ…。涙

そしてね、従兄の幼年期の従星も天南星で、妹は身強じゃないけど天堂星で天将星の次の星(つまりかなりエネルギー値はある、子どもらしくはない星)なんです。

これを見て、「魁ごうの母親を持つって、子どもにとっては試練になるのだな…」と。私の母と従兄の母は双子で、日干支が壬辰の魁ごうなんです。

自分を知れば、人生は輝く! 同じ命式でもこんなに違う〜魁ごうの双子の生き方でも書いたのですが、母も伯母もまあすばらしい美人姉妹でありました。魁ごうには美人が多いとも言われます。若き日は野際陽子に似ていると言われておったそうです。

【写真】若い頃の野際陽子さん

そんな美しい母に、私と妹は見事に似ず、どこから見ても父方の地味顔に生まれました。うぅーん、人生って残酷☆

しかしながら、従兄は伯母譲りのイケメン(男の子って母親に似るのよね…)。元TOKIOの山口達也をもう少し細面にした感じです。

ウチは父方も母方もニョキニョキ長身細身の巨神兵みたいな一族ですから、当然背も高く、しかも従兄は肉食系で暇さえあったら女を口説くので、まぁ~モテました。男子校なのに彼女が絶えないというモテ勝ち組でありました。

そんな従兄が結婚相手に選んだのが、山田花子似のデパ地下販売員。

山田花子(15歳) ネタ失敗 1991年

伯母と結婚した正真正銘のメンクイである伯父は、息子(従兄)に「お前、本当にいいのか。性格が良いってのはわかる、でも、どうしてあの子なんだ。結婚したら毎日顔を見ることになるんだぞ。耐えられるのか」とまあまあまあまあ失礼なことをブッぱなしたらしいんでございます。

そうしたら従兄は「女は顔じゃない」と。
私はこの話を聞いたとき、「真理すぎる…」とズーンと重く感じました。

だって、従兄は超モテだったんですよ。様々な女性と中高生の頃から付き合ってきたわけですよ。色んな経験をし、色んな女を見て知ってきたんですよ。美人と付きあう機会だってあったはずなんですよ。

その従兄が「女は顔じゃない」っていうんです。
これ、真理以外のなにものでもないでしょう。
「顔なんて年をとったら衰える、大切なのは心だ」って痘痕顔(今風に例えるならアトピーの跡が顔にあるような状態)の娘を奥さんにした明智光秀みたいな話ですよ。

そして、この「女は顔じゃない」を従兄の心に一番深く刻み込んだのが、超美人の母親(伯母)であったのだろうな、と。
幼年期が天南星(モテの星!!)、つまり「素直に子どもらしい子供時代を送れず大人びるしかなかった」ことから、従兄は自分の母親のような美人の女性と結婚したら大変だと学んだのでしょう。

さて、このように幼少期にのびのびと子供時代を過ごせなかった身強の人は、当然のことですがインナーチャイルドと上手く繋がれない状態ができてしまいます。子どもの自分を切りはなして、無理やり大人にならざるを得なかったのだから。

ですから、大人になっても「世間が認めるような行動をせねばならない」「人と違うことは良くない。自分の欲求は間違っていて価値がない」「ありのままの私には、価値がない」という気持ちをもって生きてしまいがちです。

逆にいうと、それがあるから身強はエネルギーを燃やして「なんとかしよう」とあがくとも言えます……。それが傍目にはエネルギッシュでパワフルで、時には成功した人間と見えるのでしょう。

ですが、大人になってから「実は自分の適切な子供時代が失われていた」ということに気づいて、「子ども」つまりインナーチャイルドを取り戻す、つながり直すことは大切です。

身強こそが、「実は傷ついている子どもの自分」を見つけなければならないのです。身強って、鈍いからさ…気づきにくいんだよね……。平気なふりして無かったことにしちゃう(否認)。

でも、それって気がついたら首くくってたりしかねないんだぞ。抑圧して自覚できないのが一番危ない。

身強はエネルギーあるから、死ぬって決めたら絶対死ぬ。そして悪いことに、周りには元気に見えちゃって気づけないから、止められない。

「大丈夫?」って心配したほうが頑なに元気ぶろうとするし。
「うんうん、あなたは大丈夫だよね」って信頼している態度を見せたほうが、身強の態度は軟化します。「柔よく剛を制す」です。

「見てて心配な身強」の扱い方は、ただひたすら全受容全肯定することによって心を開かせ、本音を吐き出させることです。そうすればガス抜きされて穏やかになります。陰陽のバランスが取れるんですね。

あくまでも「自分から」言わせることが大事。「なんか誘導されてるな(心配されてるな)」って感じた瞬間、仮面を被りますから。全肯定全受容で陰(聴き役)に徹してください。そうすれば身強の陽の気は極まって陰に落ち着きます。

「陽が極まりきるまで気を吐き出させる」これが大事です。
双極性障害(躁うつ病)の場合でも、躁(陽)の時に自殺するでしょう。鬱(陰)の時は自殺しない。陽を極まらせて陰にしておけば、とりあえずは安心です。

だから、平気なふりして気がつかない内に自分を追い詰めてしまわないように、幼年期に身強の星がある人はインナーチャイルドとつながり直す、子供時代の自分を取りもどすことが切実に大切になってくるのです。

人に言われたらムッとしてやらないんだからさ、自分で気づいてやろうぜ!という話でございますのよ。

気持ちはわかります。私だって「〇〇したほうがいいですよ」なんてリコメンドされたこと、ぜ―ったいやらんから。「××ってアニメ見てください!Nozomiさんはこういうの好きだと思います!」なんてプレゼンされたら絶〜ッ対、見ないですよ。

つまり、相手からくる(陽)と反発しちゃうんですね。
アクションが自分から、じゃないと嫌なんです。

自分からやる気にならんとできない。自分からやる気になったらとことんやる。それが身強。
だから、自分で気づいてインナーチャイルドをいやしましょう!!

心が「苦しいな」「おかしいな」「周りから認められてるのになんで生きづらいって思うんだろう」というシグナルを出してくれたなら、それを素直に受け止めることです。ハートの感覚を無かったことにしないでください。

身体的にも情緒的にも、安全で、守られていて、安心できると感じられない状態に置かれるのは、子どもにとってもっとも大きな喪失となります。

情緒的に見捨てられた子どもも、身体的に見捨てられた子どもも、よく似たメッセージを受けとります。

それは「おまえには価値がない、おまえなんか必要じゃない、じゃまなんだ」というものです。

家族の中で見捨てられによる喪失を体験することは、トラウマを引き起こします。それによって、自分自身やこの世界が「いいものだ」と感じる力が著しく損なわれてしまうのです。(p25〜26)

自分の価値を育てていくはずの時期に、見捨てられ体験にさらされ、しかもその子が自分の中に境界を確立するチャンスがなければ、見捨てられたことがすなわち「自分に価値がない」と言い聞かされることと同じになるのです。

それは自己否定感と怖れを作り出します。
この事実は何度も確認しておく必要があります。なぜならそれが私たちの痛みの根っことなっているからです。

私たちが今、知っておかねばならないのは、見捨てられ体験も境界の侵害も、決して私たちの欠点が原因ではないし私たちが無価値だからでもないということです。

そうではなく、私たちを傷つけた人の間違った考え方や、誤った信念、不健康な行動こそがそこに現れているのです。

それでも、その傷は子供の心と思考に深く刻まれて、私たちは今もその痛みを感じています。

癒やされるためには、心が傷ついた原因を理解し、受け入れることが必要です。それをしない限り、痛みは去らず、おとなになってからの人生を引きずりまわすものとなるのです。(p37〜38)

子どもを生きればおとなになれる―「インナーアダルト」の育て方
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