陰と陽の交わるところ

四柱推命/算命学
筑波山 - 写真AC」無料

突然ですけど私ね、歌手の天道清貴さんが好きで。

【画像】天道清貴 KIYOTAKA TENDO

それでタイミングがあった時は彼の歌の配信「歌のレストラン」(毎日20:00-21:00)を聴くことがあるんです。

で、この日は松任谷由実さんの「やさしさに包まれたなら」がリクエストされまして(動画4:50~頃)「魔女宅だーと」思って聴いてたんですね。

やさしさに包まれたなら – 荒井由実(松任谷由実)

そうしたら「目にうつる全てのことはメッセージ」と来たもんだ。

「ギャーッ!そうだよねー!!!」と思って、なんてことないシンクロで流していた(まあそういうことも起こるよね、そういう風にもなるわいな、と)このことを蔵出しして書きます。

東洋哲学と量子力学の交点

高尾義政先生の算命学の教科書を読んでいて「モヒョー!」と思うことがあったんです。それはこれ。

宇宙というのは実に広大です。
そしてそこに神がいる、と人間は言います。

しかし、宇宙がどんなに広大であっても、また宇宙を作ったのが神であっても、人間がいなかったらそれを誰が認めるのかとなるわけです。

人間がいるから「神様だ」とか「宇宙は広大だ」というのであって、人間がいなかったら宇宙の価値などはなく、ただ有るだけとなります。

しかし宇宙があるからこそ人間の価値もあるわけで、結局人間の価値も宇宙の価値も同じことなのです。

だから、どちらもあるから、どちらも認め合えたわけで、もし人間がこの世に一人もいなかったら、どんな見事な神がいたとしても誰が祀るかということです。

「人間がいればこそお前らは神なのだ」という言い方すらしているのです。
この世の中で宇宙を造ったのは神です。キリストや釈迦がいます、とは人間がいるから言えるのであって、人間がいなかったら意味がないのです。

人間にとって神は偉大かも知れない。
しかし神にとっても人間がいるからこそ、お前は神でいられるのではないかという感覚を持っているのです。

算命学Ⅲ P308~309

あー、高尾先生、スッキ。
これ、占いの教科書ですよ。素晴らしいでしょ。

「○年に結婚できる!」「○月に産むとお産は軽い!」とかクッソくだらねえ上っ面のこと書いてないんですよ。もちろんそういう占い方だってできますよ。でも「じゃあ、それはどういう理論で導かれた結論(占断)なのか」ってちゃーんと、きっちりと、根っこから教えてくれるんですよ。

あー好き。好き好き好き。

そう、結局宇宙なわけですよ。宇宙を語らなきゃ、占いは始まらんのですよ。
だって、マクロはミクロなんだから。そのマクロの宇宙を人間世界というミクロに相似形として降ろすのが占いの技法なんだから。

そして高尾先生はちゃんと宇宙を語ってくれるんですよー!
西洋占星術をやっていらっしゃる方でも、「算命学Ⅱ」の「算命学原理編」は東洋占術と西洋占術を比較した非常に興味深い論が記されていますので、おすすめですよ。

なんで干支や方位は時計回りで読んで、なんでホロスコープのサインやハウスの配置は逆時計回りなのかとか、意味が分かりますよ。東洋と西洋は、実に陰陽を映しあう鏡であることよ。

彼らの思想(注:古代中国の人々の思想)というのには非常に不思議なところがあって、人間が死というものを迎えると同時に全宇宙が滅亡するとすることです。

現代の考え方からみたら、一人の人間が死んだとしても宇宙はあるし、大地、地球というものも存続しているではないかと思うでしょう。

ところはそうではなくて、自分にとって地球は、自分の死と同時に見ることができなくなる。だから、死=宇宙の滅亡という感覚を持っているのです。

算命学Ⅲ P309 注釈、太字強調は記事作成者による

これ見た時「いやいや、全然不思議じゃないですよ。21世紀の科学(物理学)で言われてることでございますよ」って思ったんです。古代中国人の思考というのは、実に量子力学的であったのだ、と感銘を受けました。

この世は人間が認識するまでは存在しない

今回ご紹介するニュースは最近の中でも、個人的に非常に大きなものです。
とても簡単に書けば、

1970年代に量子物理学者によって予測されていた説が、実験で証明された

というもので、その予測されていた説とは、

この世は、人間に観測(認識)されるまで存在しない

というものです。

つまり、「そのあたりにあるすべても宇宙も何もかもが、人間が認識してはじめて存在する」ということが証明された実験ということになります。

In Deep (旧): 《特報》「人間によって観測」されるまでは「この世の現実は存在しない」ことを、オーストラリアの量子学研究チームが実験で確認
In Deep / 第一期: 《特報》「人間によって観測」されるまでは「この世の現実は存在しない」ことを、オーストラリアの量子学研究チームが実験で確認
地球最期のニュースと資料

量子力学が示すふたつの事実

客観的な現実というものは、人間が観測するまでは存在しない
この世を構成する粒子は「人間の意志で変化する」

このふたつが示すことは、
「この世は100%、人間の意志で作られている」
ということです。
現実には「なーんにもない」のです。

この世には何も存在しない。

さきほどの「量子」にしても、そういう最小単位の物質が、どのようにして生まれるかご存じでしょうか。

「何もないところから生まれている」のです

繰り返し行われる量子力学実験により「この世に客観的な現実は存在しない」ことがさらに明確になり、そして「この世は人間の主観で成り立っている」ことが否定できない状況に – In Deep
繰り返し行われる量子力学実験により「この世に客観的な現実は存在しない」ことがさらに明確になり、そして「この世は人間の主観で成り立っている」ことが否定できない状況に - In Deep
繰り返し行われる量子力学実験により「この世に客観的な現実は存在しない」ことがさらに明確になり、そして「この世は人間の主観で成り立っている」ことが否定できない状況に

東洋哲学に惹かれる西洋科学者たち

古代中国人の哲学と20世紀からの量子力学の考え方を並べてみて、「いや、むしろ東洋の古代哲学こそが西洋の現代科学に受け継がれたのか」と気づきました。

先日、物理学者・ハイゼンベルクの本を紹介する記事を書きました。

この本の中でも、20世紀の物理学者たちが哲学について議論する様子が描かれています。

アインシュタインなんて神について語りすぎて「お前は物理学者じゃなくて神学者か!」って勢いで「アイツは神についてばっかり語る(物理について話をしない)。一体なんなんだ」って評価されててウケます。やっぱ天才って独特なのね!

そして著者、ハイゼンベルクの師であるニールス・ボーア。
量子論の育ての親として、量子力学の確立に大いに貢献した科学者です。

彼は偉大な功績により、デンマーク最高の勲章であるエレファント勲章を受けます。その時に彼が選んだ紋章は、こちら!

ジャーン!
太極図ー!!!

原子物理学論との類似性を認識するためには、われわれはブッダや老子といった思索家がかつて直面した認識上の問題にたち帰り、大いなる存在のドラマのなかで、観客でもあり演技者でもある我々の位置を調和あるものとするように努めねばならない。

ニールス・ボーア – Wikipedia

そう、ボーアはブッダや老子の教えに宇宙を見出していたんですね。原子の謎を解くには、東洋の哲学こそがヒントになると考えていたんです。

これは物理学者だけではなく、心理学者ユングもそうでした。ユングも易への傾倒があちこちに見られます。優れた科学者ほど、スピリチュアルな真理に引きこまれるものなのですね。

西洋の最先端の科学者が、東洋の古い哲学に魅了される。なんだかちょっと面白いですよね。
ですが、陰と陽は惹きあうという大原則を考えたなら、ちっとも不思議ではありません。正反対のものこそが、惹かれあうのです。

だって、オペラでも東洋へのあこがれを描いた(そして東洋人から見ると若干トンチキな)作品は見られます。

Turandot-Final scene
Madama Butterfly Legendada
Polovtsian Dances

そして東洋人も西洋人に惹かれる――というのは今のアメリカ文化の日本での氾濫ぶりを見れば一目瞭然ですね。

DA PUMP / U.S.A.

そして、そうやって自分にはない(と思っているもの)に惹かれ、それが自分自身の裏面であるだけで、実は自分自身であることに気づく。そのために陰と陽は惹きあうのです。

だから、「目にうつる全てのことはメッセージ」ということで言えば、感情を動かされたもの、自分とは違うと思っているもの、自分にはないと思っていると感じる要素について、まずは味わってください。感じてください。(それがネガティブなことであっても)

そして、次に「実はこれは『自分自身』なのではないか」と思考を転換してください。
そこに陰と陽の融合、統合が起こります。
分離していたものが、一つになります。

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