高次(ガイド)とリアル(人間)のズレ

精神世界:スピリチュアルブログ
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最近はあまり書いていませんが、以前はリピータールームの「Nozomism」で上の人(私のガイド)とのバトりっぷりを赤裸々に書いておりました。

そう、つまり、私はガイドと対立することがあった(今もある)ということです。

ガイドって高次の愛の存在でしょ?
私の気持ち全部わかってくれるんだよねっ♪

こう思っていらっしゃる方がいるかもしれません。
たしかに、ガイドは私達を愛してくれます。
大変深い愛情で包んでくれます。

しかし、それは高次の愛であって地上の愛ではありません。J-POP的な切なくて情熱的な愛では、まずありません。
もっと視点が高い愛なのです。

なので、私達が「不幸」だと思うようなことに遭遇していても、ガイドは「うん、いいねーいいねー!」と祝福していたりすることすらあります。

例えば、病気になることで今までの自分の傲慢さ(健康がどれだけありがたいことかという意識の欠如)に気づくことができたり、離婚することで「世間体が気になって見て見ぬふりをしていた本当の自分の気持ち」に気づくことができたり、金銭トラブルに巻き込まれることで人間社会に対する深い教訓を得たりすることがあります。

そういう時、ガイドはニコニコしてみてるのです。
「うん、良いね、順調だね!」と。

しかし、人間視点からするとたまったもんじゃありません。
確かに気づきはあって学びはあっても、心や肉体が傷つくのはハードな体験なのです。そのあたりを、高次の存在はなかなか理解できなかったりします。なぜなら、彼らに肉体はないから!!!(以前肉体を持っている経験をしていたとしてすら、今はもうないから!)

地球は「感情の学び舎」と言われます。
地球に生きている以上、私達は感情を味わい統御することが共通のテーマです。

感情を抑圧しすぎても良くないし、溺れてもいけないし、振り回されてもいけません。
仏教のヴィパッサナー瞑想は、感情を統御するための優れた訓練方法の一つです。

ウ・ジョーティカ『自由への旅』
ウ・ジョーティカ師(Sayadaw U Jotika) "A Map of the Journey" 本文の全訳です。

ですから、私達人間はとてもエモーショナルです。
しかし、高次の存在は感情に振り回されるという経験、特に肉体をもって思考と感情が分離して体験される経験がよくわかりません。もっと統合されているからです。

だから、そういう面は伝えないと伝わりません。
「あなたの視点からすると良いことなのかも知れないけれど、私は傷ついているの!!こういうやり方は辛いの!!」と伝えないと、わかりません。

もちろん、伝えたからといって魂に必要なプロセスが中断されるわけではありません。ガイドがあなたの魂のプロセスに干渉することは、ほぼありません。だって、そもそもそれは、魂の成長のために必要で起きていることなのだから。人生に必要なことなのだから。

だけど、伝えることで理解は進みます。
「なるほど、こちらにとってはそうは思わないのだけれど、あなたはそう感じるのだね」
こう理解してくれます。そして、より私達に伝わりやすい方法を工夫してくれます。(例えば、必要のない範囲内ではあまり傷つかない方へ誘導してくれるとか)

私がセッションでは「質問はできるだけクリアに具体的に!!」というのも、このためです。フワッとしたことを言っても、あちらはフワッとしか返してこないからです。

この傾向は、波動の高い存在であればあるほど顕著です。逆にレベルの低い存在は同レベルで話が通じます。だから波動の低い動物霊などは具体的なことをぺらぺら話すのです。同じレベルだと物質とか時間とか、そういった概念がピッタリ合うのです。

ガイドの愛は大きいです。
人間レベルだと想像つかないレベルでものを見ます。

極端なことをいうと死んでしまっても「学べてよかったね」って言われます。死は不幸ではないのです。人生ですべきことができないまま死んでしまったら不幸なのですが、使命を全うして肉体から離れた場合、その死は大成功!なのです。

セッションではこの感情的なズレを埋めるために、私という人間が媒体として間に入ります。ガイドが全然悲しんでいなくてもクライアントが悲しんでいる場合「それは辛いですね」といいます。

人間としての感情(喜怒哀楽)をクッションに入れることで、クライアント側のエネルギーが開かれるからです。クライアントのエネルギーが閉じていると、ガイドのエネルギーと交われない、通じあえないので、いくら言葉を駆使しても腑に落ちなかったり癒やされなかったりします。

つまり、私が媒体として入るのは「高次へのエネルギー回路を開きやすくする」という意味合いがあるわけです。

「いつもガイドとは話してます」という人が、イマイチ通じ合ってなかったりするのは、エネルギーへの波長が上手くフィットしていないからなのです。

それは、英語と日本語で話してるような状態です。
相手がなにか言ってる(発している)のはわかるし自分も発信してるから通じあえていると思っているけれども、実は内容自体は全然通じ合っていないのです。

エネルギーのセンターであるハート。天と地が出会う場所。
このハートが閉じていると、通じあえません。
ハートを開くには、感情の動きが必要なのです。

だからセッションでは、わざと感情を煽るような言葉がけをすることもあります。それもプロセスとして重要だからです。

煽る方向はその人が一番抑圧している部分か、一番出しやすい部分の感情です。刺激を与えて壁を崩します。

メンタル弱い人には本当に不向きなやり方です。リンデンバウムのセッションをメンタルの弱い方にはオススメできない所以です。

メンタル弱い人はこのブログも見ないほうがいいですよ!刺激(エネルギー)が強すぎて、参ってしまいますよ!!

リンデンバウムと縁をつなぎたい方はメンタル鍛えてくださいね!!!
弱メンタルにNO!!!
強メンタルこそが大正義!!!

いつでも努力と根性であきらめない!!!
それがリンデンバウム魂ッ!!!!

実は「ガイドって本当にいるんですかぁ〜?」「少々確認を取りたいのですが、今本当にガイドと話してるんですか?」なんて言われたら「あ、もうこのセッションダメかも」と私は密かに思っています。

あからさまに不信の状態、つまり閉じているからです。

逆に、愛が流れるセッションの場合、言葉はもうすでに何を言ってもいい状態になります。コミュニケーション能力も全く関係ありません。波長が合っているのだから、言葉が拙くたって十分伝わるのです。

何を言っても満たされて、愛であふれるのです。開いているクライアントは、このような素晴らしいセッションを体験できます。

これはリンデンバウムじゃなくても他のスピリチュアルセッションでもそうでしょう。ですから、自分を開くことができる相性の良いヒーラーを探し出すことが大切です。

私は大変に気性が激しい(ミカエルとか不動明王とかそういう激しい系のエネルギーを通すのが得意)ので、メンタル弱い繊細な人は合わないです。
メンタル弱い人が私と関わると、刺激が強すぎて、心が折れちゃったり壊れちゃったりしかねません!

リンデンバウムと縁のある人は、オラオラ体育会系!
常に努力と根性の身強鋼メンタル!!!
求ム!エネルギッシュに生きたい人♪

上記に当てはまる方、ぜひぜひお待ちしておりまーす♥
一緒に輝こうぜ!!!!!!!(!の圧……)

内向的でメンタル弱い方はもっとソフトな方がオススメです!
優しいセラピストさんとご縁がありますように♪

肉体があるというのは、なかなか難しい歪んた知覚状態にあります。物理学的に表現するなら、以下のとおりです。

皆さんの視界に映っているのは、本に反射した(と想像される)光が目に飛び込み、網膜に分布した視細胞が光に反応して電気信号を脳に送り、脳がその信号を処理することによって作り出された、いわば仮想現実です。

本からもたらされるのは視覚情報だけではありません。指がページをめくるときに生じる圧力情報と、その際に発生する音情報と、本から出る糊の成分の情報が、それぞれ触覚、聴覚、嗅覚によって捉えられ、電気信号に変換されて脳に伝わります。

人の脳は、それぞれのセンサーからやってくる電気信号のすべてと整合するように「本と呼ばれる物体の想像図」を構築します。本の存在にリアリティを感じるのは、この想像図が五感を通じて得られた情報のどれとも矛盾しないからです。

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そう、五感で掴んでいる世界というのは仮想現実なんです。
つまり、マーヤーなのです。

そこにはまりこんでいると、なかなか辛いものがあります。ガイド(高次)の愛も納得がいかない場合も多いでしょうし、通じ合うのも難しいでしょう。つまり、高次への愛に開くことができないかもしれません。

「何もしなくてもガイドは全部わかってくれる」
この考え方はソウルメイトとのロマンスのように甘美ですけれども、現実的ではありません。同じレベルの感覚(例えば肉体感覚)を共有するのは難しいのです。

もしわかってもらいたいと思うなら、人間としての感情を表現することです。そして「彼らは魂視点で見ているのであって、人間視点ではないのだ」ということを理解してください。

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