どんなことでも癒されぬ孤独な魂を救うJUNE(ジュネ)

人生:スピリチュアルブログ

JUNEという言葉をご存知でしょうか。少年愛、やおいとも言われました。いわゆる今のBL(ボーイズ・ラブ)の源流です。

小説ジュネ 1990年 10月号 (小説 June)

「なんだ、女性向で男同士の恋愛を扱ったジャンルか」と思われるかもしれません。でも、なら用語は一つでよいのです。JUNEも少年愛もやおいも耽美も、馴染んできた人間にとっては結構違うものです。そして現在のBLはやはりJUNEではありません。

中島梓「小説道場」を読まなかった私の愚

故・中島梓さんの小説道場のあとがきのJUNE考がスゴイと聞いたので、2019年の今になって、手に取ってみました。

新版・小説道場1

私にとって中島梓さんというのは、JUNE(小説道場)の人というよりは、着物の人です。着物を本格的に着だしたとき、中島さんの着物中毒にどれだけ勇気づけられたことか!「ほんとうに着物って楽しいんだ!楽しんでいいんだ!」と真実に開眼させられたことか!
膵がんで若くしてお亡くなりになっても、今でも私の心の中の着物メンターです。

キモノにハマってね! あずさの着道楽
ボイジャー・プレス (2018-08-20)

栗本薫名義で書かれた「終わりのないラブソング」は読んでいましたが、正直そこまで私的には好みではありませんでした。「タクミくんシリーズ」とか「富士見交響楽団シリーズ」のほうが好きだったんです。ああ、思い出のタンホイザー!スタァーップ!!

だから、やっぱり私にとって中島梓さんは着物の人。小説道場が素晴らしいとは知っていたものの、 傲岸不遜にも手に取ろうとは思いませんでした。

自分もBL小説を書くのだから、読んで勉強してしかるべきだったのですが、私にとって小説というのは「ガーッて来てワーッてなってダーッて書くもの」であり、技巧を凝らして魅力ある読みやすい作品に磨き上げようという向上心がなかったのです。

私のBL小説はプロットを練って書くようなものではないのです。このブログもそうですが。ワーッてきたらダーって書く。私にとって文章というものは本当にただ「やってきたものを出力しているだけ」なんです。だから推敲もあんましない。怠惰で申し訳ございません。

「頭で考えて組み立てて書く」なんて不可能です。ゆえに、学校の作文や小論文の成績は散々でございました。読書感想文とか作文コンクールとかで選ばれたことも皆無ですね。
無理なんですよ。「来てない」のに書くなんて。

世界で一番孤独な人を救う文学、それがJUNE

さてはて、2019年の今。
紆余曲折を経てようやく小説道場を手に取りました。
そして噂のあとがき、JUNE考にビビりました。

すごい!なんだこれは。
語彙力が喪失してしまうくらい凄い。

JUNE小説とは、「融合したい。でもできない」「融合したら自分の存在は失われる。つまり死である。だが融合しなければ永遠の孤独のうちに存在しなくてはならない」という、この人間の究極的な「存在の葛藤」そのもののはざまに立ち尽くす物語なのです。

私たち大人たち、現実の中に生きる者たちは孤独を感じないわけではありません。だが、その葛藤を究極までおしつめたとしても何もあらわれてはこない、何の結論も出ない堂々巡りであることを知っているので、大人の知恵によってその存在の葛藤からあとずさり、この袋小路から出ます。

だが出るのは楽だし当然のことだし少しも罪悪ではないけれども、だがしかしそれによってやはり大人たちは「何か」を捨て去りはすることになるのである。少女たちとはそれを捨てまいとする人のことです。そしてそれを何なのかもう一回つきつめてみようと書かれるようになった小説、それが「JUNE小説」であったのだと私は考えるにいたっております。

長くなってしまいました。だからJUNE小説というのは少年と少年、男と少年のお話というわけではありません。私の考えるJUNE小説は「本当にちゃんと苦しむ」小説のことだと思います。

愛を探し、存在の壁をこえようと悩み、結局できずにほろびるか、できたという錯覚に酔うか、いずれにせよ撤退すまいという意思、ここにとどまる、という表明、それがJUNEです。

それが何を生み出すかといえば、それは「真実の愛」をではなく、「自分はここにいる」ということを発見するのだと私は思います。(中略)

いずれにせよ、JUNEを愛する人は私にとっては友達であり仲間です。そしてまったくJUNEを必要としない人々と言うのは私にはやっぱり基本的には「同じ言葉を話さない」人々でしかないのです。

地球生まれの銀河人——そう、この言葉をあるニュアンスをもって感じることのできる人々、それが要するにJUNEを必要としたあの少女たちであるのだと思います。

小説道場1 あとがき

ね、私が言葉を失うのもお分かりいただけたかと思います。
もうなんか、軽々しく何かを述べることができないです。熱量がすごい。そして中島先生の解釈から言うと、JUNEはスピリチュアルですらある。スターシード(地球生まれの銀河人)のための文学と言えます。

少女というのは「孤独と不安にふるえる魂」であると思うのです。六十歳であれ、十歳であれ、また少年であってさえ、こういう魂は少女であると思います。

この孤独というのは、本当の孤独とはちょっと違うという気がします。それは「友達がいない」とか「ひとりで寂しい」というのと違います。

(中略)

私がいうJUNEの「孤独」というのは物理的な、ごくふつうの意味での「孤独」とはちょっと違っているのです。それは「理解されないのではないか」という孤独、「私と似たものはいないのではないか」という孤独、そして「私は一人の人間であることの中にとじこめられていて、他の人間とひとつになることができない」という孤独であるような気がします。

小説道場1 あとがき

中島梓さんは結婚されて子供もいて仕事もうまくいっていて友達も仲間もいらっしゃる方でした。そんな女性が、刃物でじりじりと心を切り落とされるような魂の孤独を感じていたのです。「誰とも一つになれない」という孤独を。

夫婦仲が悪かったわけじゃないんですよ。むしろ夫の今岡清さんは栗本薫/中島梓の一番の理解者でした。

「私にとっては、彼女はいつも何かを夢見ている少女だった。小説、評論、音楽と分野を越えて仕事を続けていましたが、それは結局、自分を保ち続けるための行為だったようにも思えます。自分の中にいくつもの異なる側面を持った壊れやすい人で、表現することで自分を保ち続けていた。彼女は自分であり続けるために最後まで執筆を続けていたのです」(中略)

今岡さんによると、中島さんには多重人格のような性格傾向があり、自らのなかにいくつもの異なる側面を抱えていた。そのなかにはテレビのクイズ番組に出演していたときのようにお茶目な面もあれば、幼少時のトラウマを抱え続ける壊れやすい一面もある。

クリスマスや誕生日などの記念日になると、ネガティブな側面が現われ、「楽しまなくては」と強迫観念にとらわれ、苛立ちや怒りを爆発させた。

そんな中島さんを鎮めるために、今岡さんは、中島さんの内面に潜むいくつものキャラクターを登場人物に仕立てた”村のお話”を創作し、不眠に苦しむ中島さんに話し聞かせていた。

がんの病魔と果敢に向き合い、死のときまで作家であり続けた 稀代のストーリーテラー・マルチ才人はかくして死んだ──。中島梓・栗本薫さん(評論家・作家)享年56 | がんサポート

どれほど深く妻を愛していたかは、世界でいちばん不幸で、いちばん幸福な少女に詳しいです。

愛されていても、孤独。
結婚しても子を産んでも、孤独。
何をしてもどうしようもなく、つながれない。

JUNEというのは「少女(孤独と不安にふるえる魂)」である中島さんにとって、肉体に押し込められた分離状態、隔絶された魂の孤独を叫ぶための壮絶な文学表現だったと言えましょう。

芸術家・岡本太郎の父、一平も妻・かの子を深く愛しました。かの子は若い愛人を連れ込んで同居させるようなとんでもない女性だったにもかかわらず、一平にとって唯一無二のミューズだったのです。かの子の記を読むと、かの子を失った(妻に先立たれた)悲しみが静かに静かにとつとつとつづられていて、その愛情の深さがぐうっと胸に迫ります。

でも、かの子は深い夫の愛で救われることはなかった。
中島梓も、深い夫の愛で救われることはなかった。
岡本かの子を救ったのは仏道であり、中島梓を救ったのはJUNEだったのです。

新版・小説道場1
新版・小説道場1
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ボイジャー・プレス (2016-09-20)

この小説道場のあとがきを読んでから終わりのないラブソングを読み返すと、また違ったものが見えてくる気がします。昔は繊細過ぎる筆致がイマイチ合わなかったのですが、それも栗本薫(中島梓)の魂の叫びだったことを想うと、心にすとんと落ちるものがありますね。

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