トラウマや不安には、専門家のケアが必要なのか?

人生:スピリチュアルブログ
幻想的な蓮の花|写真AC

大抵の日本人は、ずうっとアメリカを「最先端の国」としてあがめてきました。
「アメリカでは○○している」は「それは正しいこと」を意味したし、映画の宣伝では「全米が泣いた」と書かれる始末。アメリカ人が泣いたからって日本人が泣くと限らねえべや。

アメリカって、そこまで絶対的な「正義」なんでしょうか?

傾聴なんかしたって、心はつながらない

クレイジー・ライク・アメリカ: 心の病はいかに輸出されたか

わたしは今、クレイジー・ライク・アメリカ: 心の病はいかに輸出されたかを読んでいます。
「人を支援するということは、どういうことか」という本質を冷徹に突きつけられる一冊です。人間をマニュアルで扱うというのは、実に愚かなことだと痛感させられます。DSM、お前のことだよ。

たとえば、カウンセリングの教科書では「常に受容、共感的理解を持って相手の話を傾聴することが基本だ」と書かれています。
しかし、信田さよ子さんのカウンセラーは何を見ているかには「傾聴?…ふっ」と書かれた帯が付いています。傾聴?してねえよっていう。

カウンセラーは何を見ているか (シリーズケアをひらく)

確かに傾聴、受容、共感はラポート(クライアントとの信頼関係)を築くために大切なツールの一つです。不要なものではありません。だけど、そればっかやってたら全然ダメだというのは現場に出たことのある支援職なら痛いほどわかっているでしょう。人間は、教科書(マニュアル)通りになんて進まないのです!

時には受容せず、共感せず、傾聴せず「だからあなたはダメなんでしょう!いい加減にしなさいッ!!」と話を遮ることもあります。それによって、凝り固まったエネルギーを破壊する場合はこういった厳しい対応も必要です。特に、言い訳ばかりする「デモデモダッテ」さんにはブチ切れてケンカ腰になることすらあります。

私は彼女に本音を言わせたかったのだ。本音を言う人はいい人だ。そして本気のけんかをすると、人間同士、仲良くなれることがある。一般的には少年漫画の世界、男と男の間で起こることとされているが、女性相手でも起きることがある(常にというわけではないから要注意)。だが、それには事後対応が大切だ。けんかをしっぱなしではダメだ。

安倍官邸vs.NHK 森友事件をスクープした私が辞めた理由 P262

引用した文を書いた相澤冬樹さんは、ケンカのあとにこそ共感が大切であることを説いています。そう、受容・共感・傾聴が不要なわけじゃないのです。ただ、必要な時はガチバトルせえよって話です。その後に共感を示す。(しつこいけれど、共感が大事じゃないわけではない)

「そんな、ケンカしたあとで共感なんか示せないでしょう」って思われます?
でもギャンギャン怒鳴りあってガチバトルすれば、むきだしの本音が出てくるわけですよ。感情をむきだしにしてくれれば、その人の真のエネルギーが見えるわけですよ。そうすれば、理性の仮面で隠れていた本当の魅力だって見えてくるんです。
「アンタここ絶対おかしいわ!イラつく!でも案外こういうところいいじゃないのっ!!見直した!!私アンタのここ大好き!!!」ってなる。

だからわたしが仲良くなる外国人ってラテン系が圧倒的に多い。スペイン語の勉強がはかどるのも、単純に仲がいいのがスペイン人だから。なのでわたしのスペイン語は南米語ではなくイベリア半島語。
vosotros~っていうとスペイン人はニッコリする。南米語のほうが学んでる外国人多いから、本国スペイン標準語のカステリャーノを勉強してくれる外国人がいるのは嬉しいそう。(そしてもう一歩仲良くなると「ガリシア語もいいよ~」「やっぱカタルーニャ語が一番いい」と本音が出てくるw)

逆に仲良くなれないのはドイツ北欧、中国だと北京人ですね……。理論第一な人は無理。 常に理性的な人ってハートでつながれないから、一緒にいても淋しいんだよね。
感情的になるのって大事!! 「エモい」のエモはemotional(感情的)のemoだよっ♪

ヒプノシスマイク「MAD TRIGGER CREW VS 麻天狼」より「DEATH RESPECT」/MAD TRIGGER CREW・麻天狼
ヒプマイは罵りあうバトルだから良いのだ

拳で語りあってこそ血が通う仲になれる!! わたしも全く同感ですね。
最近「つながれなくてさびしい」とか「つながってもすぐ切れる」とか人間関係の悩みがあるらしいですが、ケンカが下手だからじゃろうてと思います。

ケンカせんでどうやって深くつながるん?
いつもニコニコ笑顔で「いい人」やってて、本音はいつ出すのん?
オイラは仲良い人とは必ずバッチバチガチバトルするぞ。上の人(自分のガイド)とすらバトってるぞ。

だからわたしはメンタル弱い人はダメなんよ。バトれないから。
メンタル弱い人って、ギスギスしたらすぐ折れちゃうでしょ。
委縮しちゃう人は無理だ。相性が悪い。(人格が悪いわけじゃないよ)

ただし、いくらケンカが大事とはいえ、「そのラインに踏みこんだらアカンやろ」って境界線を突破してはいけません。どこまで踏み込んでいいかわかってない人は、ケンカが下手なんですね。プロレスで済ませられなくて金的かましてガチで殺すマンになっちゃう。
例えば、毒親持ちに「親と向き合うべきだ!」とか言っちゃう善良なる正義感あふれる無神経な人。そういう人って本当にいるんだぜ。ホラーかな?

「そんなこと言ってたら仲良くなれる人がほとんどいないじゃないか!」と思われるかもしれませんが、私は親しく付き合う人は少数精鋭で良いのでこのスタイルで十分OKです。だからこそ、こんな暑苦しいわたしから逃げないでちゃんとガチでバトってくれる人(上の人を含む)に感謝しかないのです。

輪廻転生を信じる人の心の力

さて、「クレイジー・ライク・アメリカ」では、2004年のスマトラ島沖地震のあとの「ケア」の様子について述べています。
輪廻転生や「起こることには意味がある」という仏教やヒンズー教の教えを信じるスリランカの人々に、欧米の人間が 「トラウマケア!傾聴ォォォォ!」つうても、正直ズレとる。その様子が滑稽にあぶりだされているのです。

フェルナンドは、スリランカ人のトラウマ体験が大きく二つの点でアメリカ人のものとは異なる、という結論にいたった。PTSDの症候学で言われているのとは違い、津波で家族を失うなど悲しい目に遭った人が、関節痛や筋肉痛や胸の痛みを訴えるなど、スリランカ人は恐ろしい出来事のあとに身体的症状を呈することが多かった。
欧米人のような心身二元論とは異なり、スリランカ人は身体に衝撃を受けたかのように災害に反応するのだ。

以上のような身体症状に加えて、もっと細かな違いもあった。
スリランカ人は、トラウマに対してPTSDの症状チェックリストにあるような心の状態(不安、恐怖、無感覚など)に沿った病的反応を、概して起こさない。むしろ、今回の津波のような出来事で結果的にマイナスとなるのは、それが社会的な関係性を壊す点にあった。
恐怖体験のずっとあとまで苦しみ続けている人は、社会的なつながりから孤立した人や、親族のなかでうまくやっていけなくなった人だということが彼女の調査からわかっている。

クレイジー・ライク・アメリカ: 心の病はいかに輸出されたか P111~112 ※太字は記事作成者による強調

うーん、これ311後の福島も思わせる記述ですね。
都会の人間からすると「原発が爆発したんだからさっさと逃げればいいのに!」なんだけど、地縁の濃い福島の人には「そういうわけにはいかない」なんだよな。チェルノブイリに「サマショール」がいるように。

【チェルノブイリ報告】 原発30キロ圏内に暮らす「サマショール(帰って来た人たち)」~上~

スリランカにおける戦争による後遺症に関して、フェルナンドの初期の研究結果はまさしく、信仰する宗教の違いと、戦争のトラウマから回復する能力との間に興味深い関連があることをつまびらかにしていた。

津波に先立つ調査では、戦争と暴力を体験した仏教徒とヒンドゥー教徒の子どものほうが、キリスト教徒の子どもよりも、うつに対する抵抗力が強かった。

仏教徒とヒンドゥー教徒の子どものほうがより暴力にさらされ、多くの爆撃場面を目にしていたにもかかわらず、である。これは、仏教とヒンドゥー教徒の教義のなかに、痛みや苦しみを積極的に受け入れさせるような力があるか、あるいは、輪廻転生による生まれ変わりや償いといった信仰があるためではないか、と彼女は考えた。

クレイジー・ライク・アメリカ: 心の病はいかに輸出されたか P109

これは実に興味深い示唆ですね。「西洋の心理学の真逆」をついているのですから。「暴力的な場面を体験してきた子どものほうがメンタル強い」と言ってるのです。

友達の学生時代の先生は、こう言ったそうです。
「僕は戦争には反対だけれども、戦争の後には傑出した作品が生まれると言える。たとえば中立国のスイスには著名な作曲家は出ていないでしょう?なんとも、人間というのは……」

確かに、ショパンの「革命」はロシアによる祖国ポーランド・ワルシャワ侵攻に重なるし

Chopin – Revolutionary Etude (Op. 10 No. 12)

ベートーベンが「英雄」を作ったのも「フランス革命すばらしい」って動機だったし(そしてあとから当のナポレオンに裏切られるというオマケ付き)

Beethoven: Symphony No.3, "Eroica"; Jarvi, DKB

戦争や紛争にまつわる芸術作品は、音楽だけではなくて絵画でも文学でも枚挙にいとまがありません。

ピカソ 「ゲルニカ」シルク調生地 ファブリック アート キャンバス ポスター 約120×60cm [並行輸入品]原爆の図―THE HIROSHIMA PANELS

しかし「細雪」が発表されるまでには、いくつもの試練がありました。
昭和18年、雑誌で連載を始めたところ、作品の華やかな内容が時局に合わないと掲載中止に追い込まれたのです。
当時の心境を谷崎は後につづっています。

“自由な創作活動が、ある権威によって強制的に封ぜられ、これを是認しないまでも深く怪しみもしないという一般の風潮が、強く私を壓迫(あっぱく)した。”

谷崎潤一郎の恋文 ~文豪が貫いた意志~ – NHK クローズアップ現代+

神との対話1」でも、こんなくだりがあります。
「ときには、人間は真の人間らしさを表す偉大な宣言として、戦争を嫌悪する人間として、 戦争へ行かなければならない。」(P178)

なぜ戦争が起きるのでしょう?
わたしたちにとって、戦争とは一体何なのでしょう?
集合意識が戦争を起こしているというならば、あなたも心の深い所では戦争を望んでいるのでしょうか?

安易に人の意見に「自分もそう思う」と付和雷同するのではなく、一人ひとり、自分の心に問うて答えを見つけ出してほしいですね。

それは「うつ病」「希死念慮」なのか?

その8歳の少年は、大量虐殺の現場となった スリランカの村に住んでいました。内戦では父を殺されました。
自分の身に危機が迫った時、どうやって不安を鎮めるのか。少年は母の約束によって救われたとのことです。その約束とは、こう。

「殺されるときはみんな一緒よ」

母親は守ってあげるとも必ず生き残れるとも言わず、武力や死が迫った時はただ一緒にいると約束したのだ。少年のほうは、母親の言葉で十分に安心しているようだった。

クレイジー・ライク・アメリカ: 心の病はいかに輸出されたか P113

この母親の誠実な姿に、胸を打たれます。
生きていられる保証なんてない。命を守れる保証もない。
だけど、共にあることならば約束できる。共に死ぬことは約束できる。

これを「西洋医学」では希死念慮と呼び精神疾患扱いするのでしょう!!
「死にたいと思っている!トラウマに対するケアと投薬治療が必要だ!!!抗うつ剤を飲ませて自分が死ぬだなんて考えを追っ払うんだ!!!生きろ!生きろ!生きたいと言え!!!死は敗北!命こそが素晴らしいイィ!!!!」

嗚呼、西欧・アメリカ的な考えとはなんと貧しく、仏教・ヒンドゥー的な考え方は豊かなことか――

恐怖に直面したスリランカ人の持つ力を、フェルナンドは誰より知っていた。津波に先立つ研究でも、彼らが心の回復力の強い国民であることは証明ずみだった。何十年も続いた戦争や若者の反乱や貧困などを、ほとんどのスリランカ人は乗り越えて、将来に希望を抱いていた。彼らは、過酷な運命に見舞われた後でも、外部からの励ましやカウンセリングなしに自分の足で立ち上がれる国民だった。

津波後に駆けつけた欧米のカウンセラーや専門家の多くは、長く厳しい内戦のせいで国民一人ひとりの心が傷つきやすくなっているため、PTSDを発症しやすいだろうと予測していた。一方で、スリランカ人は――貧困や困難や戦争を十分に知っているからこそ――恐ろしい出来事を消化してそれに意味を与える力を持つという可能性もある。この見方からすれば、誰より傷つきやすいのは、暴力や貧困を直接体験したことがあまりない欧米人のほうだった。

クレイジー・ライク・アメリカ: 心の病はいかに輸出されたか P107~108

あなたには自分の人生を生き抜く力がある

わたしは、「ケア」というのは基本的に「自分の持っている力に気づくために必要なもの」だと思っています。
だから、セッションも定期的にバカスカ受けるような人はいません。お客様の声を読んでいただけたらわかると思いますが、2年ぶりにセッションを受けたとか、3年前にセッションを受けたとか、そういう方がチラホラいらっしゃるでしょう。
スピ依存の人には容赦なく「数年はセッションを受けるのを控えなさい。占いやスピリチュアルから遠ざかって自分の足で現実を生きなさい」とお伝えします。

わたしは3カ月に1回受けなきゃならないようなセッションはしていないのです。一回受ければ、何年も何年もメッセージが蘇ってくるようなセッションをしているのです。必要な根元を押さえれば、回数など必要ありません。だって、その人には気づく力(自分の直感で生きていく力)があるのですから。

「トラウマのケアには専門家の助けが必要だ!!」「不安になったら精神科薬を飲もう!!!」という西洋的なケアにはどうも反発を覚えます。そういうケアは、ただ単なる製薬会社の走狗になっているようにすら見えます。

元々、人には自分で生きていく力があるのです。
多くのスリランカの人たちが、西欧的なケアなど受けずとも、自分の力で立ち直ることができたように。

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