うつは悪者? 落ち込むのはダメ? 違くね?

人生:スピリチュアルブログ
【画像】写真AC
彼女は安楽死を選んだ
NHKスペシャルの番組公式サイトです。

NHKスペシャルで安楽死のドキュメンタリーが放送されました。
その感想をわたしはSNSやブログなどで読みました。様々な感想がありました。賛成、反対どちらもです。

その中である医療職の女性が、このような発言をしていました。

このひとは自殺未遂をしたのだから、うつ病です!
投薬治療もしないで安楽死なんて間違ってる!
ちゃんとうつ病の治療をしたら死にたいなんて思わなくなりますよ!!

あ、え、えぇー…………??
ちょっと、言葉を失いました。
(ちなみにベルギーではそもそも精神疾患を理由にした安楽死も可能なんやで~…?)

死にたい→うつ病→医者に行く→薬を飲めばHAPPY★
こういう方程式なんですね。
気分が落ちたり憂鬱な気分(抑うつ状態)になったら、「それは病気だから薬で治せ!!」って考えなんですね。SSRIの寛解率3割って言われてるんですけど、それは。(つまり、新世代の抗うつ剤を飲んでも治る人は3割しかいなくて、7割は薬を飲み続けなきゃならないってコトさ~。しかも抗うつ剤服用者のほうが自殺率が上がるっていうオマケ付き)

アメリカの医薬品当局も日本の厚生労働省も共に認める「SSRI 系抗うつ剤は自殺を後押しする」という事実は今や誰もが知っている。なのになぜ処方は続いている? - In Deep

ちょっと待って。日本はいつからアメリカになったの?
「アメリカ人はいつでもポジティブであらねばという強迫観念がある」とジョークにして笑っていたのに、今じゃ日本もそうなの?

落ち込んじゃいけないの?
死にたいと思ったら病気なの?
辛いことがあってもポジティブでいなきゃいけないの?

それ、明らかにおかしいじゃん。
少なくとも、日本古来からの伝統文化じゃないじゃん。
「ポジティブが善」って、戦後入ってきたアメリカ文化じゃん。

伝統的なお能にも悲しみの表現はある。
知っていると能がよくわかる「型」と「動き」

「積極性や自己主張が評価されるアメリカでは、『悲しみ』『落ち込み』といった感情は好ましくないものであり、すぐに『うつ病』と診断されてしまいます。

一方日本では、そうした負の感情も生きてゆくうえで避けることのできない、時には必要なものだとさえ考えられてきた。うつの基準には、文化的な違いがあるのです」
アメリカのジャーナリストで、著書『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか』が日本でも話題となったイーサン・ウォッターズ氏はこう語る。
「しかし、それでは日本でうつ病の患者数が増えず、市場になりません。製薬会社にとっては都合が悪い。

そこで彼らは、『病的なうつ』と『自然な悲しみ』の境界線を操作することに決めました。それまで病気とはみなされなかった自然な感情も、病気であることにする。そうして製薬会社は、日本を抗うつ薬の『メガ・マーケット』に仕立て上げることに成功したのです」(ウォッターズ氏)

今、「クスリ」の信頼が大きく揺らいでいる。

(中略)

今『新型うつ』が問題になっていますが、その土台を作ったのは製薬会社と精神科医なのです。『うつの徴候かなと思ったら、すぐに病院に行きましょう』と言って、単に悩んでいるだけの人や、何かあって傷ついたり悲しんでいるといった、以前なら病気とはみなされなかった人まで、精神科を受診するよう促したのですから」

本来は健康なはずの人にまで「あなたは病気ですよ」と囁きかけ、病院に行かせてクスリを飲ませる。失恋で落ち込むのも、家族を失った悲しみも、全部「うつ」—まさにマッチポンプとしか言いようのないやり口だ。

大特集病気はクスリで作られる!特効薬の販売で、「うつ病」患者が2倍に増えた(週刊現代)

気分が落ち込んだらすぐ薬を飲んで回復!
いつでもポジティブ!ワクワク!!!

↑わたしはこういう自己啓発系臭のする「ポジティブ教」が苦手です。
ある程度までは賛同できますが、今のビジネス系自己啓発セミナー界隈のポジティブワクワク強迫観念はもう健全なラインを越えています。

なぜポジティブでワクワクしつづけるといけないかというと、刺激が足りなくなって結局シャブ漬けになるしかないからです。そんなにずうっとハイでい続けることなんてできない。上がって落ちる、息を吸って吐く、昼が来て夜が来る。そういう波が訪れるのがこの二元性の世界なのだから「いつもワクワク!ポジティブ!」なんて、不自然極まりなくて気持ち悪い。

何よりも、そんなにポジティブでばかりいると、生に執着しすぎてしまう。肉体が老いて衰えていってもそれを受け入れることができず、上手く死んでいくことができない。スピリチュアルにいうなら、肉体からスッと離れて、次の世界に行くことがスムーズにいかなくなる。いつまでもこの世界に未練をのこして霊魂としてとどまりかねない勢い……。怖っ。

老人が鬱になったって良かろうがよ。むしろそれが自然っちゅうもんじゃろ。
「ああ、もう生きていなくてもいいな~」って思って、この世への執着を手放していくというのは、晩年においてはものすごく大切なプロセスですよ?「死ぬまでSEX!!」なんて言ってちゃダメなのよ。欲を手放していくのが老年期における魂の成長プロセスなのだから。

いつもポジティブでワクワクなんてしてたら、あんま人間としての器は広がらんのですよ。シルバーバーチは試練が必要だって言ってるのはそれですよ。

落ち込むときがあったって、憂鬱(抑うつ状態)になることだって、自然な心の動きなんですよ。それを病気扱いして薬を飲ませることで製薬会社が儲かる。だからガンガン病人を増やす。

落ち込んだっていいじゃないですか。
辛い時には死にたくなったっていいじゃないですか。
地球は感情の学び舎なんですよ? 感情を味わわないで人生の使命が果たせるとでも?

感情的になるのは悪いこと。感情で動くのは悪いこと。
そうやって大人たちは子どもに一生懸命教えますよね。
だから無気力で何もやりたくない大人が育つんですよ。感情こそ、ハートこそ、エネルギーの中心なのに、そこが働かなかったら内側から何も湧いてくるはずがないじゃないですか。

味わってはいけない感情なんてない。
もちろん、その表現方法(怒りの出し方など)は気を付けたほうがいいこともある。相手に伝えるときに気配りが無いなら、それはただのコミュ障でダメダメです!

だけど、味わうだけなら、どんな感情だって味わったっていいんです。

感情を味わうことなしに、生きてる実感なんてわかないんです。
人生の充実感なんて訪れないんです。
感情(ハート)こそが、中心なんです。

やがて、抗うつ剤が市場にあふれるようになった。「ご心配には及びませんよ」と製薬会社は請け合った。「アンフェタミンと違って、これらの薬には中毒性はありませんから。ハイにもなりません。抗うつ剤や抗不安剤のせいで、感覚が変わることはありません」

私の知り合いで、ほんのわずかの間または苦しい期間を乗り越えるために、抗うつ剤を飲み始めた人たちがいた。そのうち九〇パーセントは、一〇年かそれ以上服用し続けており、今後もやめるつもりはないと言う。「今の私は、とってもとっても幸せなのよ」とある女性は言った。彼女は恋人にも仕事にも嫌気がさしていたが、精神安定剤を飲むとなんにでも耐えられたーーどんな嫌な思いにもだ。

抗うつ剤を服用する人は、しばしば性欲を失う。「飲んだ価値はあったよ。恋人なんてどうせ見つからないし。そもそもそれは僕がうつ状態になった一因でもあるわけだから」とある男性は言った。

とはいえ、製薬会社の主張とはうらはらに、抗うつ剤は実際の感情を消してしまう傾向がある。投薬治療を受けている人は、何かを感じるとしても、苛立ちや不快感や苦々しさといった表面的な感情しか感じ取れない。抗うつ剤を常用する人の多くは情熱を失う。だから性欲も失うわけだが、情熱をなくす対象はセックスにとどまらない。無感覚は、怒りや不安といった感情とともに、大衆文化の中で支配的な感情となりつつある。芸術家ですら不安を抑える薬を服用しているほどだ。批評家たちは、バッハやベートーベンのダイナミックな交響曲の生演奏ですら、情熱が欠けるとBGM程度にしか響いてこないとコメントする。

二〇〇〇万人もの人々が、臨床的うつ病を患っているというのは本当なのか? その原因は何か? なぜ人々は抑うつ状態にあるのか? 何がきっかけで化学物質の分泌異常が起きたのか? 抗うつ剤を手に入れるためのハードルは低い。医者に言って頼むだけで、その日のうちに医者が処方箋を出してくれるだろう。

(中略)あれから何ヶ月もの間、私がひどく苦しんだために、人々から抗うつ剤を飲みなさいと勧められた。抗うつ剤を服用していた彼らは、自分の気持ちを受け止めたいという私の主張に困惑した。私は、セラピーで抗うつ剤は飲みたくないと説明した。愛息のシェーンが亡くなった後も飲まなかったのだ。なぜいまさら飲む必要があるのか?

「つらいかもしれないけど、でもそれは私の痛みなのだし、私が感じたいといってるんだから!」と私は訴えた。知らないうちに大きな声を出していたらしく、私の話が終わると待合室の患者たちから拍手が沸き起こった。

ああ、よかった。感情の色彩を人生に取り戻したがっているのは私だけではない。

共依存症 心のレッスン P131~315

少し落ち込んだだけで「鬱だから薬を飲め」なんて、横暴すぎます。
人間の感情は尊いものです。ネガティブな感情だって大切です。
喜びと同じように辛いことだって、わたしたちの精神を育ててくれます。

名刀の刃と真の忍耐 : ひかたま(光の魂たち)
忍耐忍耐は、人が霊性を進化させる上で必要不可欠な資質です。高次元の意識に到達するために、まず必要な資質は「忍耐」です。高次の領域では、忍耐力に欠けた人が達成できることは何もありません。忍耐力の欠如は、心の乱れを誘発し、高次の領域の繊細な能力を閉ざしてしま

抗うつ剤を飲むと性欲がなくなる。怒りのエネルギーを無理やり抑え込むと、性エネルギーも抑え込まれます。抗うつ剤は、第1~3チャクラのエネルギーを阻害するのです。大地からエネルギーをくみ上げるのを下手くそにしてしまう。

うつは悪者ではありません。病気じゃありません。心のゆれや落ち込みは、人として自然なことです。

「こんな風にわたしは短い命の予感があったからあなたの気持ちに応えられなかったの。だからあなたと中の君に結婚してほしかったのよ」
「それなら悲しい思いばかりするのが僕の宿命だよ。僕はあなた以外のだれとも結婚するつもりなんかないよ」
 そしてとうとう大君は亡くなってしまったの。

 ~ おくれじと 空行く月を 慕ふかな つひにすむべき この世ならねば ~
(遅れないようにキミのあとを追っていきたいよ。キミと永遠に過ごせるのはこの世ではなかったんだから)

 呆然自失の薫は宮中に参内もしないで宇治に引き籠るの。あのマジメでカタブツの薫がそこまで落ち込むんだからどんなに素晴らしい女性だったんだろうって都ではウワサになっているみたい。

 ~ 恋ひわびて 死ぬる薬の ゆかしきに 雪の山には 跡を消なまし ~
(恋わびて死ねる薬が欲しいから雪の山に入って行って跡を晦ましてしまいたいよ)

episode47 恋の終わりと恋の始まり  総角 – 【超訳】 源氏物語 - カクヨム

こうやって、別れや悲しみによって人生の色彩が深まる時もあるのです。
気分の落ち込み(抑うつ)を排除してしまうと、人生は味気なくなります。
生きる価値もなく、無気力になるしかなくなります。だって、波が無いのだもの。

イザナギとイザナミは一対の神。
ナギナミで対なんです。穏やかな時と、荒ぶる時。それが対です。
どちらも必要なのです。穏やかな静だけでは世界は生まれません。荒ぶる波があってこそ、国造りは達成されます。(そして男神が静の凪で、女神が動の波っていうのが、またね、ウフフフ)

落ち込みは、必要なのです。
落ち込みがあるからこそ、心の奥から湧き出るような喜びも訪れるのです。

長い冬があるからこそ、一斉に芽吹く春がやってくるように――

いつも他人に振りまわされる人のための366個の言葉
メロディ・ビーティ  Melody Beattie 翻訳:川口衆
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