安楽死は是か非か。個人的見解

人生:スピリチュアルブログ

先日、 死を考えることは、どう生きるかを考えることという記事を書きました。

ここでわたしは極力「安楽死に賛成か反対か」というスタンスを出さないようにしました。
なぜなら、「わたしは賛成(反対)です」と書くと、安易に「自分も賛成(反対)です」という人が出てくるからです。自分で考える前に人の意見に流されてしまう人が、一部にはいるからです。

他のことだったら、それも良かったりします。
「今日のランチにパスタを食べるか丼物を食べるか」なんて選択だったら「私パスタが食べたい」「じゃあ私もー」でよいと思います。

ですが、安楽死というのはシリアスな問題で個人の人生観が問われることです。
そんな問題について「じゃあ私もー」では、困るのです。

なので、安楽死に関する個人的な意見はできるだけ書きませんでした。
ここではその個人的な意見を書きます。まだ個人的に安楽死を考えてみたことのなかった方は、まず下の記事を読んで「自分はどうだろう」と心に問いかけてからお読みいただけるとうれしいです。

安楽死に対してのスタンス

わたしは、限定的安楽死賛成派です。
安楽死先進国のオランダやベルギーの基準まで行くと、反対です。

オランダやベルギーの基準がどんなものかというと、「耐えがたい苦痛にさらされている」という主観をもってして安楽死ができます。認知症の傾向が見られた時に、ひどくなる前に安楽死を希望して(まだ意識がしっかりしていて元気なうちに)亡くなられる方もいらっしゃいます。
ベルギーでは、肉体上は問題のない精神疾患でも安楽死できます。

詳しくは以下の記事をご覧ください。

ベルギー 精神病患者が安楽死を選べる国
 ジャーナリスト、宮下洋一氏によるSAPIO連載「世界安楽死を巡る旅 私、死んでもいいですか」。先進国の中でも、日本とフィンランドに次いで自殺が多いベルギーでは、精神病患者の最期の選択…
オランダ政府、安楽死を「人生が終わったと感じている人」にも適用させる法案を提出 : カラパイア
 オランダの与党は安楽死法に新しい条項を加えようとしている。もし可決されれば、回復の見込みがない末期症状の患者だけでなく、単に”人生が終わった”と感じている人や、”人生に疲れ果てた”と思っている人の自殺幇助が合法化される。安楽死の条件が緩和されるのだ。

【補足】↑の記事にある「人生終焉の法」案はオランダ議会で通らなかったとのことです。

安楽死制度に関しては「小さく産んで大きく育てる」のは危険です。
もし法制化されたとしても、オランダのように徐々に条件が緩和されるような事態を危惧します。拡大解釈が可能なフワッとした文言で法律の条文を作らぬよう気を付ける必要があるでしょう。

なら、どのくらい限定的な安楽死なら賛成かというと、以下の安楽死の基本条件が満たされていることが最低条件です。

  1. 耐えがたい苦痛がある
  2. 回復の見込みがない
  3. 代替治療がない
  4. 本人の明確な意志がある

安楽死は、上記4点の条件と、本人の「どうしても自分は安楽死をするんだ!」という強い意志が必要だと思っています。
「反対する家族を粘り強く説得し、理解を求める」という姿勢も含め。

海外では、医師側が安楽死を行う際、最もトラブルになるのが、事前に家族の了解を得ていなかったケースである。個人の意思を尊重する国であっても、家族の意思を無視してよいわけではない。家族の理解を得ているからこそ、患者も安心して旅立てるのだ。

安楽死を遂げた日本人 第三章 幸運を祈ります

自分が死にたいからといって 家族を傷つけてはいけません
大切なのは本人がきちんと別れを言い 家族が本人の気持ちを尊重することです

NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」 エリカ・プライシック医師の言葉

安楽死を誰かから施されることを想像できますか

わたしは、安楽死の方法として、医師が直接手を下す(点滴を開始する、注射をする等)方法には反対です。処方は医師や薬剤師が行ったとしても、致死薬を服用したり点滴のスイッチを開けたりする「最後の選択」は自分でアクションをすべきだと考えます。介助で行うならば、医師や看護師以外の家族や支援者などが請け負うべきです。

なぜなら(みんな、あんま考えないのがすごい不思議なんですけど)、「安楽死を施す医療職側のメンタル」を議論しない人って多いんですよ。「自分や家族や周りの人が安楽死を選ぶかどうか」ばっかり考えている。

安楽死をするということは、必ずその知識のある専門家の手を借りることになります。
その専門家は、自分が手を下さなかったらまだ生きていたであろう患者の命を縮めることになります。

自分が医者だったら、薬剤師だったら、どう思うかって考えてください。
へヴィーじゃないですか。「私は人が死ぬ手伝いをしてるのだ」って、日常のふとしたところで思った瞬間に、おなかにガンって重りが来ませんか。

安楽死の施行者(医療職)に対するメンタルの配慮って、わたしはスゴイ大事だと思います。ただでさえ医師(特に精神科医)って自殺率高いのに、週に1回自殺幇助まで業務に入ったら、ますますお医者さん病んじゃうよ~……。

みんなさあ、ドクターXとか医療ドラマ観て医師が完璧人間だと勘違いしてない? 医者だって人間なんだぞ?「安楽死させてください」ってことは、医師に「殺してください」って言うようなもんなんだからな?
その重さを丸投げして知らん振りするのはズルイぞ。

だから、「最後は自分でやる」が大事なんです。
もし家族から「なんで安楽死させたんだ!」なんて訴訟を起こされても、「自分で選んだんですよ」って言えるでしょう。医療職側からのアクションではないことで、安楽死を援助する人を法的に守ることにもなります。

「注射一本打って楽にしてくださいよ~」って医者に甘えちゃいけない。
やる方の身にもなってみい!

安楽死が合法になるとデスハラが起きる? 寝ぼけてんの?

安楽死について、「デスハラ」というマンガが話題になりました。

一言でいうと「安楽死が普及した世界で『あなたはいつ死ぬの?』と暗に死を迫られて、おばあちゃんが病む」というマンガです。

わたしは、大いに失望しました。
このマンガ自体がどうこうではなく、マンガを読んだ人のあまりにも精神的に稚拙な反応に。

「日本で安楽死が可能になったらこうなる危険性がありますよね!自分では気がつかなかった視点で考えさせられました!ありがとうございます!!」
↑こんな反応がゾロゾロ出てきたんです。

は?
え?
「安楽死を合法化しなければデスハラは起きないから安心」?

何をおっしゃるうさぎさん。どこまで頭お花畑ですか。

デスハラなんて、高齢者だけの問題でもない。ずーっと昔からあった問題じゃないですか。「お前早く死ねよ」って言われていじめやパワハラにあうなんて、安楽死が合法化するかしないかなんか関係なく、ずーっと日本社会に巣くっていた問題じゃないですか。今の若い人たちは、葬式ごっこ事件を知らんのか……。

それを「安楽死制度を実現しなければデスハラは起きないOK!安心!!安楽死は危険!!!」って単純化するなんて、想像力がいささか貧困なのでは?
安楽死なんて無くても「ばあちゃんいつ死ぬの?」なんて、年寄りは昔からずーっと言われてきましたよ。言われなくても空気でひしひしと感じさせられてきましたよ。

自殺するお年寄りは、一人暮らしより子や孫との同居の場合が多いんだよ。子どもと暮らしてたほうが、お年寄りは自分が「邪魔な存在だ」「迷惑な存在だ」「もう自分は死んだほうがいいんだ」って感じることが多いんだよ……。

【画像】傘寿まり子(1) 傘寿まり子 1巻

元気で長生きして、優しい家族に囲まれていても、危険がないわけではありません。

そんな人に限って自殺の危険があるといえば、驚かれるでしょうか。老人の自殺は独居や夫婦二人だけの世帯より、二世帯、三世帯同居の世帯に多いのです。

そういう世帯では、家の中は当然、子の世代が中心です。
収入も彼らが得てくる。
老人は体の衰えで仕事らしい仕事ができません。自分は家族の中で役に立たない存在という、自責の念が募るのです。
かつて年寄りに向けた「ごくつぶし」という言葉が自分に跳ね返ってくる人もいるでしょう。

日本人の死に時―そんなに長生きしたいですかより

私は1981年、先の例などをあげて「老人の自殺」について学会で発表しました。1人暮らしよりも3世代同居の老人の自殺率が高く、しかも動機は家族からの疎外だというデータを公開したのです。大きな反響を呼びました。

あるとき福祉国家で知られるスウェーデンのある学者と会う機会がありました。老人の自殺は病苦ではないという話をしたら、スウェーデンにはこんな諺があると教えてくれました。「母親は12人の子どもをくまなく育てるけれども、12人の子どもは一人の親をもてあます」と。重く心に響きました。

「自殺は他殺だ」と私は言い続ける | 財界さっぽろ

根本的な問題は安楽死制度じゃないんだよ!!?
安楽死がなくてもデスハラなんて日常にゴロゴロあるって、気づけないの!? それではアナタは、生徒が自殺したのに「いじめの事実は確認できませんでした」って言ってる校長や教育委員会のお偉いさんと同じだよ?

ニー仏さんのこのツイートが、クッソ心に染みましたよ。
ほんと、日本人、精神性未熟すぎ!!!

もう既に起こっている問題を「安楽死制度の可不可」という問題にすり替えてなかったことにする。「日本は今日も平和です♪」「安楽死制度がなければ大丈夫♪」まるでこの国の政治家がやっていることと同じことを、国民までやっている!! 我々日本国民に安倍晋三はまさにふさわしいレベルの国家元首なのだ!!!でんでん!!!!(絶望)

あなたがたは、マッチを子どもに渡して、火事は起こらないだろうと思っている。しかも、あなた方自身がマッチの使い方を良く知らない。この問題の解決策は明らかだ。マッチを子どもの手からとりあげること。そして、自分たちもマッチを捨てること。

神との対話3 P427

「安楽死」をSNSで検索してみて、わたしはそのSNS利用者の安楽死への見解の安易さに閉口しました。安楽死を話題に挙げる人の多くが「つらーい死にたーい安楽死希望」という安楽死を文字通りの安楽な死、「逃げ場」と捉えていたからです。

もう少しまともな人だと、「スイスで安楽死したいから調べてみたら、結構大変ですぐ安楽死できないっぽい」という感想になります。

こんな未成熟な社会でベルギーみたいな「未成年でも精神病患者でも安楽死OKですよ~」なんて状態になったら、阿鼻叫喚ですよ。アカンわ…。

「……社会にめいわくをかけて長生きしているのも少なくない。ただ長生きしているから、めでたい、うやまえとする敬老会主義には賛成しかねる。
 ……ドライないい方をすれば、もはや社会的に活動もできず、何の役にも立たなくなって生きているのは、社会的罪悪であり、その報いが、孤独である、と私は思う。」

(中略) 「老人孤独の最高の解決策として自殺をすすめたい。数年前、本誌で、安楽死論をのせたが、更に一歩進めて、自殺を肯定しよう。……自由思想によれば、自殺は個人の自由であり、権利でさえもある。老人が、もはや生きている価値がないと自覚したとき自殺するのは、最善の社会的人間的行為である。……
 老人はなおる見込みのない一種の業病である。まだ、自覚できる脳力のある間に、お遍路に出るがよい。老人ぼけしてからでは、その考えも気力もなくなってしまい、いつまでもめいわくをかけていながら死にたくないようなことをいうからである。……いちばんよいのは、国外へ出ること、そして未開民族の仲間に入れてもらうことである。パスポートをすてて、いくらかの土産と金をもって行けばかんげいしてくれる。そこで行きだおれになれば、適当に始末してもらえる。私はこれを望んでいる。」

太田典礼小論

以上に引用したのは、産婦人科医であり衆議院議員をつとめた太田典礼氏の言葉です。彼は、日本安楽死協会の初代会長で、安楽死の法制化を目指しました。
そのような人の発言を見て、なぜ日本で安楽死(尊厳死)の議論が進んでこなかったのかという理由の一端を見た気がします。SNSに「つらーい死にたーい」と書いている現在の日本人の思考と、大差ない気がするのは、わたしだけでしょうか……。

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