二元性を越えて行け

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わたしは今、 真山仁さんのオペレーションZを読んでいます。

オペレーションZ

そこでね、こんなくだりが出てくるんですよ。

その日、日本が死んだ。

そうなる前に、危機を叫んだ者はいた。だが、すべて無視され、「なんとかなるだろ」という天性の楽観主義が、禍(あだ)となった。

戦争をしたわけでも、疫病が蔓延したわけでもない。ただ、カネが無くなっただけだ。

国家が破産する――誰も経験したことがなかったから、想像もできなかった。いや、する気もなかった。

賢者を自任する男が、国家破綻の危機を前にこんなことを言った。
「別に国が破綻しても、誰かが死ぬわけじゃない。そもそも国家なんて器みたいなもんだ。あれば、まとまりはつくが、なくても中身に問題が起きるわけじゃない。不便にはなるけど、その分自由になるじゃないか。わたしは大歓迎だ」

そう言いながら、賢者は誰よりも早く有り金をドルに替えて、とっとと国を棄てた。

国が死ぬという実感を持つには、時間が必要だった。
最初は、破綻前日と何ひとつ変わらない社会を見て、誰もが安心した。
「やっぱり騒ぐほどのものではなかったじゃないか」と。

だが、一カ月を過ぎると、不便さが目につくようになり、次いで何をするにも不自由になった。最初に困ったのは、電気やガスが満足に使えなくなったことだ。石油や天然ガスを外国が売ってくれなくなったからだという。

大都会に大混乱が起きた。それと併行して食糧の不足が顕著になった。米も肉も魚も日本で生産できると高を括ったのが誤りだった。

農作業や漁船に必要なガソリンが不足し、高騰して使えなくなった。牛やブタ、鳥のエサは全て輸入に頼っていたために、調達が不能になった。安かった輸入牛肉も手に入らない。
あらゆるものが枯渇した。
国が死ぬと、誰も貿易相手になってくれない――。こうなる前にもっと早く警鐘を鳴らしてほしかったと怒る国民がいた。

だが、すべての警鐘を無視したのは、今、激怒している国民たち自身だったのだから、嗤える。

富裕層と若者が、日本から出て行った。介護サービスを行うヘルパーもいなくなり、自立できない人たちの衰弱死が急増する。遺体の処理も出来ず、街は本当に緩やかに死に始めた、

国が死んでから半年後、それは自分自身の死に繋がると気づいた時、国民の手元にあるのは、自殺するための包丁くらいだった。

オペレーションZ P452~453

オウフ……。なかなかズドンと来ますね。ただのフィクションじゃーん!と笑えない何かを感じます。
物質的観点から見ると、これは当たらずも遠からずな未来像なのではないでしょうか。もちろん作り話なんですけれども、結構現実的に見えます。

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