本当のあなたは、男/女である。

恋愛・結婚:スピリチュアルブログ

「わたしってば、なんで女に生まれちゃったんだろう!中身男だよ!?男として生まれれば人生もっと楽だったのにー!前世は絶対男だったと思うのよね」
こういう声は結構聞きます。笑

だけど、そういう人は「中身が男」だからこそ、あえて「身体は女」を選んできたとも言えましょう。二元性の統合がテーマに入っている古い魂、もしくは精神性の高いスターシードなどは、特にそうやってバランスをとろうとするはずです。得意分野とは逆の性別の肉体を選ぶことで。

或る程度の道のりをすでに歩んできている魂は、統合の道へと導かれてゆきます。
そのためには、男でもあり女でもある自分を発見する必要があります。どちらかだけでは片手落ちです。成長した魂の持ち主は、男っぽくもあると同時に、女っぽくもあるのです。もしくは統合が進んでいると、中性的になります。

男性が光明に近づくと、彼の中で女性的な質が花開く。女性が光明に近づくと、彼女の中で男性的な質が花開く。このことをちょっと理解しておくといいだろう。

大本の出口なお氏は「女性の肉体に男性の魂が宿った変性男子」、出口王仁三郎氏は「男性の肉体に女性の魂が宿った変性女子」と言われていたそうですよ。

出口なお・王仁三郎:世界を水晶の世に致すぞよ (ミネルヴァ日本評伝選)

やっぱりスピリチュアルな道を行くと男は女っぽくなり、女は男っぽくなるんですなあ!

分離したい人は分離してればいいんですよ。
この世界にもっともっと深くのめり込んで、ずうっと生まれ変わり続けていたい人は、分離すればよいのですよ。

だけど、それって、辛くね?って話で。
だって、ここの世界にのめり込むって、分離することなんだもの。本当は分離していないものを無理やりちぎって、半分にしちゃう行為なんだもの。

「なんか足りない。なんか違う」って思う。だって、半分だから。分離してるから。
「本当の自分」は、半分なんかじゃないから。

この通り君の景色ごとリデザイン
鮮やかな飴玉みたいにカスタマイズ
世界はもっと面白いはずじゃない?

精神性の高い人が子を作らないほうがよい理由
お陰様で、最近わたしは「分離が~」「分離が~」と怪電波を発しております。 ここの世界は「分離の世界」なのです。 分離のシステム、ディセンション(下降)のシステム。 それを「分離はつらいから、統合の道に進もうよ」って...

そう。
「男らしい自分」か「女らしい自分」、どちらかだけしかないと、辛いんです。「なんか違う」んです。自分の半身をもがれてしまったような、苦しさを感じるんです。たとえ他の人から見えて幸せそうに見えたとしたって、本人は満たされません。

あなたは思うとおりにかたちを変えることができるが、しかし自分でなくなることはできない。だが、自分が何者かを知らないということはありうる。そして、自分を知ることに失敗すれば、自分の半分しか経験できない。

それが地獄なのでしょう。

そのとおり。だが、「地獄の判決」を受けたわけではない。そこへ永遠に追放されたわけではない。「地獄」から抜け出すには――無知から抜け出すには――ふたたび知りさえすればいい。

わたしたちは「ふたたび知る」ためにに、外側(現実世界)の異性に半身を求め、自分の半身(理想の異性)を相手に投影し、恋に落ちます。

しかし、その半身は本物ではなく投影された偽物です。多くの恋愛は「こんな人とは思わなかった」と幻滅した時点で終わることになります。もしくは、経済的な理由や世間体や共依存で別れられず、ズルズルと魂の成長を停滞させたまま続きます。

とりわけ結婚すると、それがはっきりします。誰かともっと深く付き合いたいと思うとき、あなたは相手のなかに自分の「対極の自分」を見ているのです。たぶんそれを意識していないかもしれません。その人に批判的なことさえあるでしょう。でもその人から離れようとしてもどうしても離れられないと感じます。(中略)実際のところ、考えている以上に多くのケースで、結婚していない場合でも、パートナーはあなたの隠れた側面の鏡になっているのです。

別に恋愛したっていいんですよ。それが魂の成長のために最善な場合すらありますよ。
だけど、のめりこんじゃダメ。あくまでも冷静に「自分の半身を投影してわかりやすく吸収するために、この人が鏡として現れてくれたんだ」って認識しないとね。

そして、自分が半身を吸収できた(関係性の課題が終わった)ら執着せず、縁に感謝して手放してあげること。引き際を見極めて相手と上手く別れるのも、大人の愛の所作として大切ですよ。

そして、いつまでも恋愛に執着しないこと。
自分の中にはパートナーの要素があることを見つけ、男性性と女性性、両方あることを見出すこと。これが見出せたなら、異性との(恋愛)関係に執着しなくなります。

恋愛離れは、スピリチュアルな成長の証
スピリチュアルな視点で見るなら「恋愛離れ、すばらしい!」スピリチュアルに進化した存在は、恋愛中毒にもならなければセックス依存症にもならないから。昨今の若者をはじめとする「恋愛に興味がない人」というのは、魂の進化している人だと言えるわけです。

本当のあなたは、男でもあり女でもあるのです。
男か女か、どちらかだけではないのです。
両方ともあなたなのです。

トマスの福音書で、どのようにしたら神の国に入れるのですか、とイエスの弟子たちが尋ねると、彼は応えて言う――
「二つのものを一つにし、内のものを外のものにし、外のものを内のものにし、上のものを下のものにし、男が男でなく、女が女でなくなるよう、男と女をひとつのものにするとき、あなたは神の国に入るだろう」

(中略)

私は賞賛される者であり軽蔑される者である。
わたしは売春婦であり聖者である。
私は妻であり処女である。
私は不生女(うまずめ)であり多くの息子がいる。
私は理解し得ない沈黙である。
私は口にされた自分の名前である

タントラライフ 九章「虚無の子宮」P252

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