アポトーシス、アポプトーシス[1] (apoptosis) とは、多細胞生物の体を構成する細胞の死に方の一種で、個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる、管理・調節された細胞の自殺すなわちプログラムされた細胞死(狭義にはその中の、カスパーゼに依存する型)のこと。
そもそも「少子化が問題になる」時点でこの世の中が子どもをカモにし続けないと成り立たないねずみ講だと思うという前提で、すぐに「◯◯蔑視の風潮が」とか「若者の所得が」とか、他国での事例や多変量解析を完全にすっ飛ばしたPTAレベルの議論に終止して、科学的議論が除け者にされてるのはなぜなの
— Angama (@Angama_Market) 2017年11月10日
少子化は文化も経済も全く違う20世紀初頭の北欧から21世紀のラテン国、東の日本でまで起こってるので、原因を社会やメンタリティに求めるのは合理的ではない気も。むしろ一定以上繁殖が進むと増殖を抑えるような自己制御機能が人類の遺伝子に組み込まれてるとか生物学的な分析があっても良いのでは
— Angama (@Angama_Market) 2017年11月10日
そもそも、子どもが減るとなぜいけないのかというそもそも論の議論すらされていない。まず第一に、子どもは高齢者を支えるために生まれてくるわけではない。そして、一つの経済圏が衰退することは別の経済圏への技術と財の移転を意味するだけで、人類全体としては自然なライフサイクルである。
— Angama (@Angama_Market) 2017年11月10日
わたしは今の社会において子どもを作ることを「残酷な行為」だと思っています。
街中でマタニティマークを見ると「ああ、この社会に命を生み出すのか、残酷だな」と辛い気持ちになります。もちろん妊婦さんに優しくしようとは思えません。
かといって意地悪しようとも思いません。意地悪するなら、わざわざ接触しなきゃならないでしょう?それも嫌です。純粋に関わりたくないです。「あっ、どうぞどうぞ~!お幸せに~ではさようなら~♪」です。距離を置きたいです。
「それじゃ社会は滅亡してしまうじゃないか!」
そうお怒りになりますか?
そうです。私は衰退の流れを感じとっているから、このような行動に出るのです。流れゆえにしている行動であって、繁栄の流れにあるならばまた違った行動もするでしょう。
わたしはまさに、アポトーシスする個体なのです。
そして、衰退の世にはそういう個体が増えるのです。
人格障害で少子化になるわけないじゃーん!
結婚率や出生率の低下は、主に経済問題の側面から論じられることが多い。しかし、それは経済問題とは別のところに原因がある。多くの人が、自分一人で過ごす時間や自分のために使うお金を削ってまで、家族をもちたいとは思わなくなっているのだ。そこには回避型愛着が浸透していることが関わっている。
いや、ちゃうやろ。
回避性の問題じゃなかろ。社会状況の問題だ。
なぜなら、100年前の社会では回避性の人間もぽこじゃか子供を作っておったからじゃ。
※メルマガ最新号に書いてあるIDとパスワードでログインしてください。