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2018-07-24

孫の顔を見せるのは迷惑の始まり

「やっぱり親に孫の顔を見せてあげなくっちゃ!!」
この言葉はまことしやかに語られます。
しかしながら、私はこのフレーズに面するたびに、ポカーンとしたものです。

「孫の顔なんか見たくないだろう。解せぬ」

孫疲れする祖父母たち

ひそかに「孫疲れ」というワードが、高齢者の間でささやかれるようになったのは何時のことでしょう。

目に入れても痛くないというほど愛されるはずの“孫”。おじいちゃん・おばあちゃんにとって、自分の子ども以上にかわいい存在と感じられることもあるでしょう。

しかし最近、そんな孫に対しネガティブな感情を抱く祖父母が増えているのだとか。

孫疲れ。
今ではもうかなり浸透した「当たり前の共通概念」にすらなっている感があります。
夏休みに入り、じいじばあばは肩を落とすのです。「また孫が来るのか……」と。

夏は「孫疲れ」のシーズンだ。お盆で遠くから息子家族や娘家族がやってきて、孫の遊び相手をしてヘトヘトになり、体調を崩す人も多い。
(中略)
「老人は嫌われたくないから言いなりになってしまう。子供なんてズルいのが基本なんだから、甘い顔しちゃいけない。そういう“甘えの連鎖”をいかに断ち切るかが、今後の家族関係の大きなテーマになる」

孫疲れ孫ブルーで検索すると、同様の記事が後から後から出てきます。それほど、じいじ・ばあばにとっては切実な問題なのです。

お盆休みで帰省してきた息子・娘の家族がようやく帰っていった──孫の顔が見られたのは嬉しかったけれど、「ドッと疲れが出た」という人も多いのではないだろうか。山口県に住む68歳男性は、8月上旬に4泊5日で息子夫婦が帰省してきて以来、体調不良に悩まされている。

「孫は7歳と4歳の男の子兄弟。目に入れても痛くないほど可愛いのですが、ヤンチャ盛りで遊びに付き合うのも大変。35度を超える猛暑日なのに、近くの海に海水浴に行ったり、遊園地に出かけたり……。

孫たちは“またお祖父ちゃんちに来たい!”と大喜びしてくれましたが、こっちはヘトヘト。妻と夫婦だけの生活に戻ってからも、頭はボーッとするわ、吐き気がするわ、食欲は戻らないわで病院に行くと“軽度の熱中症”と診断されました」

孫たちとの時間を楽しく過ごそうと張り切りすぎたことで、思わぬ体の異変に見舞われる。そんな「孫疲れ」を訴える声は他にも次々と届いている。

活発に走り回る後をついて歩くだけでもうヘトヘト。特に最近は土日ごとに泊りがけで来るようになり、体力的にも限界だとか。
「孫は来てよし、帰ってよし」と言われますが、その言葉どおり「帰るとホッとする」と言ってました。
その話を聞いた私の感想。「親だから困った子供を助けるのは当たり前」と思う親に対し、「孫は宝物のはずだから、孫の世話をさせるのはむしろ親孝行」と思う息子夫婦。それぞれの思い込みのズレにより、お互いの善意が空回りしているように感じました。

近くに住んで孫の子育てを手伝っている場合、事態はもっと深刻です。

初老の友人たちが、やれ「旅行だ」「登山だ」と楽しんでいるのを尻目に、F美さんは相変わらず娘を支え、家事・育児に追われる毎日。孫が年長になり、「小学校に入ればやっと自分の時間が持てる」と期待していた矢先に、娘のA子さんが第2子を妊娠。「2人目の世話もお願い!」と娘から頼まれると、何も言えません。

2人目の子が生まれて小学校に上がるまでは、最低でもこの先8年間は、娘の家に通い続けなければなりません。そのときF美さんは73歳になります。(中略)「時々やりきれなくなることもあるんですよね……」とため息をもらすF美さんです。

こういった「孫疲れの声」を聞いて、どう思いますか?
わたしは「ああ、だよね!おじいちゃんおばあちゃんもそんな感じだった!」と非常に納得がいきました。

孫の世話より自分の時間が大事でしょっ!

わたしの祖父母は父方も母方も「人が好き♥」「子供が好き♥」というよりは「猫が好き」「植物が好き」「裁縫が好き」というベクトルの人たちでした。もちろん社会生活を営む上での社交はこなしていましたが、それは必要最低限にしておいて、できうる限り自分の時間を大切にしたいタイプでした。あんま人と関わりたくない気質だったんですね。

なので、
「大人の邪魔をするな。子どもは子どもで遊んでていいから、こっちに来るなよ」
という雰囲気を孫の自分もひしひしと感じていました。

だからといって、冷たく当たられたり虐待されたということではありません。ごちそうはこしらえてくれるし、お小遣いだってくれます。でも、それはあくまでも「お客様扱い」であって、心のこもった交流というものは感じられませんでした。

「学校はどう?楽しい?」
「うん」
「そう、よかったね」

こういう会話を「儀礼的」にかわすだけであって、祖父母が私個人に関心があると感じられたことは、ほぼありません。基本邪魔なんだなぁと感じていました。「盆と正月は、そういうものだから仕方がない」と割り切ってやっている感じでした。ちゃんと「優しいおじいちゃんとおばあちゃん」を演じてくれていましたが、やっぱり「あー早く皆帰って自分の時間が欲しいよ~」と思っていることは子ども心に伝わってきました。

それを「孫を愛してくれなかった!ヒドイ!」だなんて言うつもりは全くありません。
わたしだって祖父母の立場だったら、盆と正月が来るたびに憂鬱になっていたでしょう。
「ああ、また孫が来るのか……ハァァ~うるさいなァ~。3日も泊まるのか。ハァ~(ため息)」

一度祖父母と同居していた叔母から怒鳴られたことがあります。
「アンタたちなんてね、来るだけ邪魔なのよ!父さんも母さんも子供なんか嫌いなんだから!!アンタたちが来るせいで猫だって逃げちゃって迷惑なのよ!」
こう叔母に言われた時、わたしは納得したものです。
「うん、確かにそうだよね」と。

孫のことを嫌いなわけじゃないのです。
孫と過ごすより、自分の時間を過ごしたほうが――具体的には猫が眠そうにあくびしているのを眺めながら縫い物をしたり、植木の様子を見て水やりの量を調整したり、ゲートボールに興じたりしたほうが――100倍満たされるのです。自分の時間って、楽しい!子どものいない大人の世界って最高!!

そんな祖父母を見て育ち、自分自身も「一人でいるときが一番幸せ!誰かが家に来てワイワイ賑やかになっちゃうなんて、地獄!!」という質である私に
「孫の顔を見せなきゃ!!」
という言葉は、全く刺さらないのです。

「いや、孫の顔なんぞ見せたら迷惑じゃろて。孫疲れするに決まっとる」
としか思わない。

「老後は孫に囲まれて過ごすおばあちゃんになりたい♥」という人が、想像力の貧困な人にしか見えないのです。本物のガキを知らんからそんなことが言えるんじゃ。老いたときの体力の無さを知らんからそんなことが言えるんじゃ。
「現実にそんなことになったら、体が持たんぞ?アンタはそんなに体力に自信あるんか?」と。
あと、孫が原因で老後破産するケースもあるんだから、孫に囲まれたい人は資産管理もシッカリせんといかんゾイ~。
【参考】孫破産 野放図にカネ要求する子と野放図に出す祖父母の構図
【参考】孫疲れとは?子供への甘さが招く孫破産危機を考察!
【参考】流行の”孫破産”には、こんな方が要注意!|コラム

忘れられた日本人 (岩波文庫)
宮本 常一 岩波書店

宮本常一の本なんか読んでいても、明治~昭和初期の日本人の生活で、年老いた親世代は「隠居」していた記述がみられます。
現役世代とは別に居をかまえ、そこで悠々自適の生活をするわけです。孫の子育てを手伝っていたというケースはあんまり見られません。

親が子を置いて出奔しちゃったり、若死にしちゃった場合に祖父母が育てるくらいです。そもそも昔は「年寄りっ子は三文安(年寄りに育てられると欠陥のある人間になる)」といったくらい、祖父母に育てられるということ自体が下に見られていました。

子どもの面倒を見るのは親の仕事であって、子守が必要な時は年長の子どもに任せていました。これは血のつながった兄姉であることもあったし、集落単位で子守担当の子がいたりしたようです。商家だと、年端のゆかぬ奉公人に子守をさせることもあったでしょう。
子育てを手伝うのは大体10歳くらいの田んぼに出ても戦力にならない段階の子であって、ジジババではなかったのです。

そもそも年配の人間に子守をさせること自体が、不自然ともいえるのでしょう。子どもと年寄りのペースはあからさまに違います。子どもの心拍数は早く、お年寄りのそれはゆっくりです。そんな体の根本的なリズムからして違う人種が交わるのは、相当なストレスを産んで当然です。

ですから、私は全く理解できないのです。
「孫の顔を見せるのが幸せ?それ、思いやりが足りなくない?」と。

本音では「孫の顔を見るのは迷惑」なのです。
わたしの祖父母がそうだったように。
「孫疲れ」を訴える年配の方々がそうであるように。

孫の顔を見せるのは親不孝の始まり

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