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2018-07-03

自分の中の男性性を取りもどす

となりの脅迫者 (フェニックスシリーズ)

セッションにお見えになるお客様の中には、男性性に問題を抱えているケースがあります。
NO!と言えない気弱なタイプの方です。言い換えると、とても心が優しいのです。

正直、そういう方はこういうスピリチュアルな手段に馴染むよりも、別の方法をとったほうが効果的だったりします。
スピリチュアルなことは、多くの場合は女性性を強化しますから。男性性を育てる役には立ってくれないのです。

あなたの内の男と女 -愛と自由を手に入れる魔法-の中で、サガプリヤ・デロングはヴィパッサナー瞑想が自分の男性性にはあまり効果的ではないことを見出しています。女性性は喜んで静寂の瞑想を受け入れるのですが、男性性はあまりにも退屈で参加したがらないのです。

そのためサガプリヤは、男性性のためにはもっと活動的な瞑想方法を編み出しています。OSHOのダイナミック瞑想も、一遍の踊り念仏によるトランスも、男性的な質があります。それは座ってやる瞑想のように肉体を無くすのではなく、肉体を動かして行うものだからです。静(陰)ではないのです。
ヨガでも陰ヨガは女性的でアシュタンガは男性的なのと同じです。

平和で穏やかな感覚は素晴らしいものです。
ですが、そういうものは時に男性性にとっては「変化に乏しい面白みのないもの」と映ります。その退屈した心を「いいの!安定が一番なの!!」と抑えつけると、男性性のエネルギーは萎れていってしまいます。


【画像】或るアホウの一生(1) 或るアホウの一生 1

「優しくて好かれる人」というのは、男コミュニティの中では「都合のいいパシリ」と同等である場合があります。尊敬される、一目置かれるという前提がなければ、男の間では「優しさ」というものはそこまで価値がない性質なのです。

だけど、女のなかでは「優しさ」というのは最上級の価値を持ちます。
だから多くの母親は子どもに「優しいことが大切だ」と教えます。もちろん、悪気はなく良かれと思ってです。

ですが、この教えに「うっせーよ!」と反抗できない子は、大人になってから自分の男性性を上手く使いこなせません。誰相手にでも常にヘラヘラ笑ってしまい境界線を引けず、「パシリ」としてボロ雑巾のように扱われます。毅然と「ノー!」が言えないからです。

ここで相手を「優しさの価値がわからない?思いやりのない人ね!」となじって「自分は正しい!」と胸を張るのは簡単です。
ですが、それは女性性の仕事、学級委員長の仕事です。「ちょっと男子!ちゃんと掃除しなよー!」です。実に正論なのですが、そういう女性性の正しさが、男性性を萎えさせます。

いや、何を自分勝手なと思われますよね。その通りです。
ですが、常に正しい姿勢で生きている人は、息苦しくなるものです。
男性性を解放しようと思うなら、「正しくない野蛮さ」も必要なのです。

どんな人間にも備わっている内なる男性性と女性性は、互いに精神的に自立し、そしてお互いを補い合う関係でいられるのが理想的です。「彼がいなきゃ生きていけない!」「彼女がいなきゃ生きていけない!」と思っているうちは、互いを縛りあいしがみつく、息苦しい依存関係を作り上げてしまいます。

片方が溺れていたら、もう片方は必死で自分も溺れないようにしなければならないのです。
どちらも自分で泳げていれば、水の心地よさや風景の美しさを楽しむこともできます。でも、溺れていてはできないのです! 一人で泳げるようになることが、基本の「き」なのです。

「どうしてまたこのパターン?」にはまるワケに書きましたが、私の男性性は女性性の承認に依存していました。「認められなければ自分には価値がない」「自分なんて何もない」と思い込んでいました。

その原因は、母親にあります。私が何かがんばって成果を上げても(これは男性性を使ってやることです)、認めてくれなかったのです。テストで90点をとると「どうして100点をとれなかったの!この間違いなんてケアレスミスでしょう!ちゃんと見直しなさい!」と怒られました。「90点も取れるなんて、スゴイ!」とは、言ってもらえなかったのです。

だから、私の内なる男性性は「いくら頑張ってもダメだ。いくら成果を出したってダメなんだ」という刷りこみがなされ、そして余計に承認に飢えていたのです。

だけど、精神的自立を勝ち取るには、まず「認めてもらえなくても別に自分は自分でいい」と思うことが大事です。
こう思えるようになるには、「女なんかいらねえ」という時期が必要になります。これは実は女性性もそうで、精神の自立を勝ち取る前には「男なんかいなくったって私、生きていけるわ」と一旦思えるのが大事だったりします。

プロセスとして、一度「一人でも何とかなる」と思えてこそ、二人でいても何とかなるのです。一人で泳げるようになるからこそ、二人で泳ぐことも楽しめるのです。溺れないのです。

内なる男性性の男らしさ、男としての自信を取り戻すには、荒々しい父性をもったロールモデルがあると良い指針になります。だけど、昨今の世相ではこの「荒々しい男」というのが忌避されがちです。獲物を狩って血の滴る肉を食い散らかすような男性像は中々受けいれられません。だから余計に、健全な男性性を解放するのは難しくなっています。

一人ひとりの男性性には個性がありますから、ロールモデルといっても一定ではありません。一番理想的なのは、父親がロールモデルになってくれることです。
ですが、私の父親は家族のATMになって「言われたことをただひたすらこなす」従順な社畜でしたので、正直男性性モデルとして全然参考にならない。野生の「や」の字も見当たらない。

団塊サラリーマンのほとんどが、精神的にはスッカリ牙を抜かれた情けな~い去勢済みの男です。でも個人が情けないというより、そういう男のほうが支配者層からすると扱いやすいから積極的に型にはめて量産したという経緯があります。男は結婚させれば牙を抜けるからね。

だから、あんまり現実の男は男性性の解放の助けにはなってくれない。ロールモデルにはなってくれない。
なので、オタな私は二次元にヘルプを求めました。

私の男性性の解放(自分は女がいなくても生きていける!承認がなくても生きていける!)を助けてくれたのは、漫画「ゴールデンカムイ」の二瓶鉄造です。


【画像】ゴールデンカムイ 3

自然の中に全てを投げ出して、自分の腕一本で生きる!
山に生き、山に死す!死んだ後は、土に還る!!

死んだ後は大地が俺の肉体を受けとめてくれる!
肉体は全部獣にくれてやれ!俺の肉を食らうがいい!それこそが自然の循環だ!!

この自然に溶け込むイメージと同化すると、私の男性性はパーッと解放されるのです。「あるがまま」の姿になれるのです。

そこには、女の優しさはひとかけらもありません。こういうときに女は明確に邪魔です。思春期の少年を母親が構いすぎる(心配する)とダメなのと同じです。男が羽ばたこうとしている時には、女の性質は足かせになりかねません。

男が男になるには、一人になる時間も必要なのです。(まんまジョン・グレイのベスト・パートナーになるためにに書いてあることじゃん)


「テメーのいうことは全部邪魔なんだよおお!俺を放っておけよおおお!!」(R.I.P.チェスター…)

だから、この時点で女性性の邪魔が入ることがあってはならないのです。女性性は女性性で、穏やかにそういう男性性を遠くから見守りそっとしておく。もっというなら「なんか野蛮ね~男ってバカよね~」と思っていてすらいいんです。一人でいるスペース(時間・空間)を与えてくれるなら結果オーライですから!「一人じゃ寂しい!私は放っておかれたらダメなのっ!」「あなた一人じゃできないでしょ!心配だわっ!」なんて、まとわりつかないことが大事なんですね。
男性性に心配はご法度!心配にNO!信頼にYES!!!

逆説的なのですが、そうやって一人であれる自分を確認したあとには、両性でいることがプラスになります。互いに補いあって新たな視野を広げ、新鮮な関係を作りだすことができます。それは実に錬金術と称するにふさわしい陰陽の統合、エキサイティングな瞬間です!

自分の中に弱弱しさを感じる、自己を貫けない(ノーが言えない)、相手の顔色ばかり伺ってしまって自信が持てないという人は、ぜひ自分の中の内なる男性性を強化してください。
健全な男性性というのは、実に野蛮で頼りになるものなのです。


【画像】ゴールデンカムイ 3

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