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2018-06-12

歳をとれば、親の気持ちがわかる

「親の心 子知らず」といいますが、歳をとってくると親の立場や気持ちも理解できるようなところが増えてきます。
「ああ、この年でこういうことがあったら、きっと辛かったのだろうなあ」と感じることも増えてきます。

「あの子も子供を産んだらわかるわ」とか「あの子も歳をとればわかるでしょうよ」とかおっしゃる高齢の方をたびたび見かけますが、実にその言葉の通りです。私も中年になって、親はこうだったのだろうなァと思いめぐらすことが多くなりました。


例えば、父は私が料理をしている時に少し目を離すと烈火のごとく怒りました。
「そんなことしたら火事になる!火事になったらすべておしまいだ!お前も死んで金も全部なくなってお終いだ!火事になったら全部おしまいだ!!」

うん、まあ、正論です。火事になったら困りますね。コンロを使っている時に目を離してはいけませんよね。実にその通りです。


【画像】「父68歳、母64歳、僕24歳。」/アボガド6 [pixiv]
↑こんな風になっちゃ困りますよね。危ないですね。うんうんダメダメ。

ですが、父の怖れは正直異様でした。
コンロから目を離しているのを見たら「危ないよ、戻りなさい」と冷静に言えば済みますよね? だけど、父は決まって大声で全力で怒鳴るのです。
「そんなことしたら火事になる!火事になったらすべておしまいだ!全員死んで家も金も全部なくなってお終いだ!火事になったら全部おしまいだ!!」

そう、全部おしまいになるのです。コンロから目を離すと即世界は終わるのです(笑)セカイ系かな?
相当な不安(恐怖)を潜在的に抱いていないと、ここまでのリアクションはできませんよね。

若い頃は気づけなかったけれども、父は相当「現実離れした不安」を強迫的に心に抱えていた人だったのだな、とわかるようになってきました。

私は以前、逃げちゃいけない? 違う、逃げるが勝ちだ。 で父のことをこう分析しました。

私は父親という人が全然理解できませんでした。
コミュ障すぎて自分の内面世界を上手く描ける(他者に伝えられる)人でもありませんでした。「なんでそんなこと言うの?」ということを、平気で口にするのです。

「ビールを飲むなんてアル中になるぞ!アル中になったら人生全部おしまいだ!」
「お前が車なんて運転したら事故を起こすぞ!事故が起きたら人生おしまいだ!」
「○○大なんて頭の悪いどうしようもないヤツがいくところだ。そんな大学に入ったら人生終わりだ!」

うーん、この。
しかも、彼のいう「おしまい」は訪れないのです。アル中にもならないし(1日缶ビール1本でアル中になるほうが難しい…)交通事故にもならないし○○大に入学もしないのです。起こりもしないことで「おしまいだ!」「おしまいだ!」と言い続けて興奮するのです。

言葉だけでも十分理解できないわけですが、もっと理解に苦しむのが「おしまいだ!」といっている時の父の表情でした。
「おしまいだ!もうおしまいだ!全部おしまいだ!!」
こう大声で怒鳴っている時の父は、ものすごくイキイキしていて楽しそうだったのです。普段そんな楽しそうな父をみる機会は、ほとんどありませんでした。父は「全部ダメだ!おしまいだ!!」と言っている時が、一番人生楽しそうだったのです……。

私は、本当に理解できませんでした。
ネガティブな言葉を発して、かつそれが楽しそうな父を。

だけど、この「死を選び、受け入れ、つらぬいた」引きこもりの話を思い出して、ハッとしたんです。パズルのピースが埋まるかのように。
「あっ、お父さん、自分が『おしまい』になりたかったのか」と。

父は、相当生きてることが辛かったのだろうなと。

私の家は「死にたい」という言葉を許容する雰囲気はありませんでした。だから、簡単に「死にたい」と言える人ってすごいなと思ったりもします。だって、その人は「死にたい」と口にすることが許されると思っているということですよね。だから言えたり書けたりするんですよね。

私の育った家で死にたいなんて言おうものなら、ものすごい説教をされることは目に見えています。「そんなことを言ってはいけない」「アンタより辛い人なんて世の中いくらでもいる」「甘ったれるな」と全否定をされることは目に見えています。
私は小学生のころはさみを眺めながら「今死んだらお母さんとお父さんは泣いて謝ってくれるかな。こんなに辛かったんだ苦しんでたんだゴメンねって、謝ってくれるかな」と考えたことがあります。が、それでも親に向かって「死にたい」と口にすることはできませんでした。

それは、父が壊れてしまうことを子ども心に感じていたからだと思うのです。子が「死にたい」と口にすることを受けとめるような心の余裕が、私の両親にはない。
そして、なにより父の中にある「死にたい(終わりにしたい)」という気持ちを触発してしまう。そのことを私は察知していたのです。歳をとってからではなく、小さなころから。

父は、本当に辛かったのでしょう。
父が精神安定剤を飲み始めたのと同じ年代になって、しみじみと感じます。

そして思うのです。
そんなに辛かったなら、子どもを作らなければよかったのに、と。もっというと、結婚もしなければATM扱いされずに済んだのに、と。

家族がいることで頑張れる人もいるでしょう。
しかし、父は家族を作ったがゆえに余計に苦しみを背負ってしまったように見えます。なぜなら、人に対して愛着が持てるほどの情緒が発達していないからです。すなわち「妻や子どものために」と思って力が湧いてくるタイプではない、今時の言い方をするなら「共感力が低い」のです。

父の弟たちは、父以外ひとりも結婚していません。1人は精神障碍者手帳持ちの引きこもりになり、1人は葬式以外ほぼ没交渉の状態ですが、ずっと独身です。

男三人のうち、父だけが結婚して子どもを作ってしまいました。

私は出産した友達が「子育てがこんなに大変だなんて思わなかった」というたび、狐につままれたような顔をしたものです。
「当たり前でしょ?子育てなんてメチャクチャ大変なものに決まっているじゃないの。てっきり覚悟の上で産んだんだと思ってたわ」

母の姿を見ていたら「子どもを育てるということは、本当に大変なことなのだ」と身に染みて理解できたからです。

私が小さなころ、母はいつもイライライライラしていました。
「ああ!お前がいるせいでデパートでゆっくり買い物ができないんだよ!服をゆっくり見たいんだ!!お前がいるから街にさえ出れない!!」と大きな声で怒られました。

母はおしゃれがしたかったのです。
ゆっくりデパートで服を見て、ウィンドウショッピングを楽しみたかったのです。
わたしの命は、母の大きな楽しみを奪ってしまいました。

母はいつもイライラしていました。
私は不器用にコップから飲み物をこぼしたり、お菓子を床にこぼすと、やはり大きく甲高い声で「何やってんのッ!そうやってまた仕事を増やす!アンタがいるせいでお母さんはやりたいこともできないんだよ!みんなやりたいことやってるっていうのに、私だけ何でも我慢しなきゃならない!」と叫び、ビンタが飛んできました。

おかあさんは、本当に大変。
おかあさんは、本当にかわいそう。
わたしという命があるせいで、お母さんの夢はつぶれていったのです。

私が「おかあさん、何歳まで生きたい?80歳?100歳?」と聞くと、母は「長生きするのは嫌だ」と言いました。
母も、生きているのが辛かったのでしょう。「全部おしまい」にしたい父と、だからこそ引き合ったのだと思います。夫婦は鏡です。

歳をとればわかる。
子供を産めばわかる。

そういうこともあるのかもしれません。
実際に歳を取って、客観的に親を一人の人間として眺めることで、理解できることも増えました。

そして思うのです。
「子どもがいなければ、善かったのにね」と。
私の親は、子どもがいないほうが幸せな人生が歩めた人だと感じます。

歳をとって親の気持ちがわかるにつれて、しみじみ思います。
「辛かったんだね。産まなきゃよかったのに」と。


【画像】腐女子クソ恋愛本 GONG:9-4 腐女子クソ恋愛本 1巻
うんうん。人間向き不向きあるある。
向いてないって自覚して結婚しないのは、立派な生き方です。不幸な子供が生まれない、マイナスを連鎖させないという素晴らしさがあります。子供を作らないことで傷つく人間を一人でも減らしているのだから、それは愛の所業でしょう。

向いてない人は、子供を作らないほうが立派です。
不幸な子を増やさないためにも。
やりたいことをやって、人生を全うするためにも。

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