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2018-05-27

恋のできないあなたは、素晴らしい人である


かつて、夏目漱石は「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳したという話があります。「愛」という言葉を使わなかったのです。

「愛」というのは、今ではすっかり「善きもの」の代表のように語られます。が、実は仏教のなかでは、あまり良くないイメージのある言葉でもあるのです。

キリスト教は「愛」の宗教といわれるが、仏教で使用される「愛」は、悪い意味として使用される場合が多い。
「愛著(あいじゃく)」とは、のどが渇いたときに水が欲しいというような、激しいむさぼりという意味であり、煩悩の一つである。
(中略)
「愛」は「ものをむさぼり、それに執着(仏教語としては執著)する」とか「欲望の満足を求める心情」を意味する言葉になった。心の執着を離れることを一大目標にしている仏教にとって、「愛」はまさに煩悩の一つであり、「離れるべきもの」となった。

「愛欲」なんかも悪い意味で使われますね。愛は「苦しみの元」なのです。
でも案外これってJ-POP的に正しいですよね。だって、ああいう歌っていっつも言ってるじゃない。「愛されたい愛してほしい どうして愛してくれないの 私を愛してぇ~~」って。

「愛は不安になるばかりで全然楽にしてくれない!!」
実に仏教の言うところの「愛欲」にまみれておりますねぇ~。
愛とは、実に苦しみの元。憎しみの元。怖れの元。ネガティブの塊。

キリスト教でいうところの「愛(アガペー)」は、正確に訳すならば「慈悲」なんだそうです。漱石がloveに「愛」という単語をあてはめなかったのだとしたら、それは慧眼というほかありませんネ。愛はそんなにいいもんじゃない。

精神性が発達してきた人は、この愛欲から解き放たれていきます。
ゆえに、恋愛をしなくなっていきます。自然の流れです。
恋愛と縁が無いのは、魂がスピリチュアルに成長した証拠です。

愛すべき娘たち (ジェッツコミックス)

よしながふみの愛すべき娘たちには、恋愛ができない女性・莢子を主人公にした一篇があります。

莢子は恋愛感情がわかりません。
誰かを特別好きだとは思えないのです。
だって、命はすべて分け隔てなく愛おしいものだから。

相手から好きになられて流されて付き合っても、結局「特別」とは思えません。莢子には、嫉妬の感情もわからないのです。
他の男性とゴハンを食べに行ったことを彼氏に怒られ「俺が逆のこと(女友だちと食事)をしたらどう思う!」とすごまれても「えーと、特に何も…」とマジレスしてしまう始末。

付き合っている男性から結婚を匂わされても、困ってしまいます。
なぜなら、相手のことを「本当に好き」じゃないから。
自分は、「恋愛」をしていないから。


【画像】愛すべき娘たち第3話後編 愛すべき娘たち

お見合いなら、「本当に好きな人」に出会えるかもしれない。
そうして、莢子は何人かの男性とお見合いをします。


【画像】愛すべき娘たち第3話後編 愛すべき娘たち

彼女は苦しげに言うのです。

恋をすることもできない 打算的に結婚を考えることもできない!

彼の前にお見合いで会った人たちだって 振り返ればみんな良い所はあったのよ
今まで付き合った人も悪い人なんて誰もいなかった
そもそも人は皆良い所も悪い所も持っているんですもの
そんなのあたしが彼らに恋をしなかった理由にはならないわ

いつも好きになろうとはしたのよ でも一度もできなかった…

莢子にとっては、全ての人を愛することが自然で、誰かを特別視するのは不自然だったのです。そう、「人を好きになること」すなわち恋愛は、不自然な行為だったのです。

祖父は小さなあたしによく言ったの
「全ての人に分け隔てなく接しなさい どんな人にも良くしてあげなさい お前も常に誰かに助けられて いま生きているのだから」
そうだなその通りだと思ったわ
ごく自然に人はそう振舞うべきだと思ったし そうすることがあたしには自然なことだった

そして、彼女は最後にとうとう気づいてしまうのです。


【画像】愛すべき娘たち第3話後編 愛すべき娘たち

恋をするのは、誰かを差別することだと。
分け隔てなく愛するのではなく、誰かを特別視しなければはじまらないものなのだと。

それがわかった莢子は、愛の道へと入っていきます。
分け隔てなく、誰もを愛せる道へと。彼女は、恋をせずに幸せをつかんだのです。

仏教の言うところの「愛欲」ではなく、キリスト教の示すような純粋な愛を持つようになっていったとしたら、それは恋愛という形からは離れていくものです。
慈愛あふれる天使のような莢子に、恋ができなかったように。

全ての命がいとおしい。
誰をも分け隔てせずに愛したい。
そんな莢子のうつくしい魂を救ったのは、恋でも結婚でも、もちろん出産でもなかったのです。

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まだ恋愛が必要

トニー、あなたにはまだ恋愛が必要なのよ。
「私だけが特別って言われたい!他の人から抜きんでたい!選ばれたい!!他の人じゃなくて私だからこそ愛してるって言われたい!!!」という強烈な情念(いわゆる承認欲求)は、正直高次の存在では満たせません。
だから、こういった情念を満たしたいという欲求がある時点では、スピリチュアルな愛よりもドロドロの共依存関係のほうが必要となります。

リンデンバウムの一番人気!スピリチュアルカウンセリング
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