モヤモヤこそが、あなたを育てる

ビジネス:スピリチュアルブログ

「モヤモヤしたくない。スッキリしたい」
そんな人がいます。
でもね、そういう人ってツマンナイ人間になっちゃうんだよね。

モヤモヤして悩んでどっちつかずで、ウロウロウロウロして。
人間って、そういう所から魅力的になっていくんだよね。

属国民主主義論―この支配からいつ卒業できるのか

内的葛藤ができない。内的葛藤を許容して、そこからイノベーションを生み出すだけの器量がない。組織内に異物が混在していることが組織の健全を担保するのに、日本人はすぐに組織を純化し、異物を排除しようとする。一枚岩の組織が一番強くて効率的だと信じている。そうやって、組織が環境の変化に対応できなくなって、滅びる。日本的組織の弱点ですね。いい加減学習すればいいのに。

これ、組織だけではなく個人にも言えることです。
自分の中のモヤモヤ(内的葛藤)を許せない人、「全て解決してスッキリしてたい」という人は、残念ながら狭量な人間になってしまいます。

例えば、内的葛藤を起こすための試練として恋愛や結婚を経験するならば、大いに価値のあることです。「恋すればHAPPY♥」「結婚でゴールインすれば将来も安心!」ってのが間違ってるよ、って話なので。

自分の世界をかき回すには、恋愛や結婚はうってつけの状況となります。
だから、世界観が凝り固まっちゃっている、視野の狭い人には非常に良いミッションです。

人間には必ず矛盾があります。
「生きたい」と思って「死にたい」と思うのが人間です。

息を吸って吐くのが人間です。吸いっぱなしでも、吐きっぱなしでもダメなんです。反対の行動を繰り返してこそ、呼吸は可能になります。
生きるために最も基本となる行動からして、矛盾しているのです。

なのに「スッキリ」させようとする人がいるんです。
スッキリしちゃダメでしょう。むしろ、もっとモヤモヤしようよって話で。

ガイドや高次には丸見えだ!!でメールをくださったK様は、セッションを受けてもメッセージの意味が分かりませんでした。何カ月もわからなくて、ずうっとモヤモヤした。
しばらく時間が過ぎても、おぼろげな輪郭はあるのにわからないというか、小骨のように喉に何かがつっかかって取れない感じというか。掴みきれなかったのです。

でも、ある日パズルのピースがはまるように気づきました。
こういう気づきは、大きな感動をもたらします。「つながった!」という衝撃があるのです。それでこそ、私たちはちっぽけな肉体に閉じ込められたちっぽけな存在ではなくて、大いなる何かに突き動かされて存在して生かされているのだという感覚が得られます。

これがセッションで「ハイハイ、あなたは3カ月後に運命の相手と出会って来年結婚してゴールインです。子どもは3人できます」とか言っちゃうと、全然感動も何もない。予言を聞かないと不安で何もできない占いスピ依存になるだけ。「力があるのは特別な人だけであって、自分にはない」とね。

禅師の問いかけのように、わからない中をモヤモヤモヤして自分で答えを見つけ出すからこそ、価値があるのです。本当に自分は意味があってここにいるのだ、と実感できるのです。自分は自らの力で生きていけるのだ、と自信が持てるのです。

そういう自分の中の感覚を大切にすることは、とても重要なことだと思います。党員として党の方針を一応支持なければならないのかもしれませんが、表向き支持するとしても、自分の中にある違和感みたいなものを決して殺そうとすべきではないと思います。そのように自分の感覚に忠実な党員が多ければ、組織が全体として、教条主義に陥るとか唯我独尊になるとかおかしなことになる確率も低くなるでしょう

私は若い人から「政治の本を読むようになりました!安倍政権はダメですね!」なんて言われた時に「そっか。じゃあ今度はガチ右派の本を読みなよ。自民党史を勉強してみるといいよ。なんで自民党が、安倍政権が、あんな風になったかの流れを見るといいよ。アベノミクスはダメだみたいな本は一冊読めば十分だよ」と言います。左も右も両方見たほうがいいよ、と。

あんま純化しちゃダメなんです。子どもの頃はピュアでいいけど、ピュアピュアちゃんじゃなきゃ生きてる価値無いんだったら、人生なんて20年で十分です。20歳過ぎたら「長い年月を経験していくからこそ価値がある生き方」にシフトしていかないと、正直「無駄に長く生きてるだけで全然成長していない」という人間になってしまう。

そのためには練れなければならない。
練れるためには「好きを大事に☆」じゃダメ。もちろん好きなものは好きでいいんだけど、興味のないものや嫌いなものにも目を向けていく必要があります。

いい。あえて言うけどね。
30過ぎた人間がBLやラノベだけ読んでちゃダメだよ!!
10冊中1冊くらいにしておきましょう。ね。

内田 正直に「過激派やってました」と言ったら、田中角栄は「それは見所のある青年だ」と言って、すぐに就職を世話してくれたんですって。だから、二人ともそのあと越山会青年部の熱烈な活動家になった。まあ、当然ですよね。でも、角栄さんの対応も賢明だと思う。社会から排除されかけた若者を受け入れたんですから。放っておけば将来的に社会的不安要因になったかもしれない若者を自分の献身的な支持者に仕上げたわけですからね。
白井 それに近いことをしていたのが、徳洲会の徳田虎雄です。たとえば元共産党の青年が来ると、「そうか。君は日本の革命のために頑張っておったんだな。すばらしい。これからは医療革命のためにがんばってもらう」と言って、即採用していたというのです。おかげで徳洲会には、左右のあらゆるグループから来た元党派の人たちがたくさんいたそうです。
内田 それは正しいリクルートですよね。体制側にしたって、それでいいんですよ。それで社会不安が軽減されて、秩序が保てるんですから。

ここで田中角栄や徳田虎雄が自分と思想の対立する若者を魅了できたのも、そもそも彼らが共産主義に対する見識を持ち合わせているからです。自分の「好き」だけに突っ走らない。興味のないもの、賛同できないものに対しても知見を広げておく。それによって人としての器量が広がり、思想の合わない人ですら魅了する人格が養われていく。

でも、角栄や虎雄を例に出すと「えっ、ロッキードの人ですよね!」「訴えられた悪い人ですよね!」的リアクションが返って来るんですよねー……。もうオバチャンがっくりするわー。


確かに、彼らは汚いこともしてる。
だけど、功罪どっちも見なさいよって話で。
左も右も、善も悪も、白でも黒でもあるのが人間だから。

ちなみにこのトラオを書いた青木理さんは安倍三代なんかも書いていて、別にゴリゴリ右派とか自民党シンパとかじゃないですよ。青木さんの本は、デブで年増な女が男をだまして次々に殺害した事件のルポ誘蛾灯 二つの連続不審死事件も面白いですよ。

「あの人はいい人!」「あの人は悪人!」ってはっきり決めつけちゃうと、結局「裏切られた!」とか「思ってたのと違う!」ってなって人間不信になるだけなんだゾー。

誰もが良い人でもあり悪い人でもあるんだよ。程度の差はあるけど。
完璧に信頼できる人間なんていないし、完璧に信用ならない人間もいないんだよ。

モヤモヤしてる状態こそが、正解なんだよ。
スッキリしてもいいけど、スッキリしてる期間のほうが短いのが、ふつうなんだよ。
あんまりスッキリしすぎないようにね。スッキリしてると魅力が無くなるから。

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