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2018-02-07

なぜ日本男は劣等感が強いのか


日常で「男性の劣等感の強さ」が異常だと感じることはありませんか。

例えば、間違っているところを指摘したらふくれる。その場で間違いを認めない。
だけど、間違いは間違いだから、あとから確認するとこそっと自分で直していたりする。だけど、こちらには「直した」とはひとことも言わない。明らかに直しているにもかかわらず。

「いや何それワケわからん。間違ったら間違ったでいいじゃないか。人間だもの」とみつおのごとく思うわけですが、自分の間違いを認めないのです。「謝ったら死ぬ病」なのです。

心に余裕のある人は、こういったふるまいはしません。地位、年齢に関係なく「あれっ?間違った?じゃあ直すわ」のひとことで済みます。そのあと卑屈になったりもしません。
わけのわからない拒絶をかましてくるのは、大抵劣等感の強い人です。

この劣等感を、わたしは周りの日本人男性にかなり強く感じてきました。「余裕のある男」なんてのは、絶滅危惧種で超希少です。多くの男性は、幼稚園児のような振る舞いでわたしを呆れさせます。

ネットでも「日本人男はダメだとか叩くな!欧米男だってセクハラモラハラDVしてるだろ!」という言説を匿名の場なんかだと目にします。
この反応も実に不思議で、「日本人の男はそういう傾向があるのかもしれないけど、別にオレは違うもんなぁ」と考えるならば、そこまで強く反応しないと思うのです。

日本人だろうが中国人だろうがアメリカ人だろうが、いい男はいい男だしダメな男はダメ。結局プライベートな体験なんて個人の資質に帰すんだから、データで何言われようといいじゃん、っていう。

だけど、ダメなんです。
ちょっと否定すると、すぐふくれる。
アホみたいにホメホメホメホメしないと機嫌を悪くする。

なんなんだこれは。
日本人男がダメっていうか、明らかにシステム的にバグっている。このレベルになるとなんか裏にもっと大きな理由があるんじゃないか?


そんなことを思っていたら、岸田秀さんの本に出会いました。
岸田さんは精神分析を個人だけではなく民族や国単位でも行えるという「唯幻論」者です。
そこで、岸田さんは日本人男性をこのように分析するのです。

近代日本は屈辱的現実を否認し、屈辱感をごまかそうとあがく。ペリーは日本を脅迫したのでも強姦したのでもなく、友好的に日本を近代文明へと導いたのだとか、日本はアジアで欧米の植民地にならなかった唯一の国(タイを別にすれば)であるとか信じている日本人がいるが、現実無視、屈辱否認の例である。このように観念のレベルで屈辱を否認しようとするだけでなく、何とか屈辱的事実をひっくり返そうとして、日本は悪あがきを繰り返す。そのときはそれに都合が悪い現実の諸条件を無視するので、これから現実無視の別の形になってしまう。馬関戦争や薩英戦争では彼我の戦力差を無視して欧米艦隊と砲撃戦を交わす。いじめっ子にいじめられた子がさらに弱い子をいじめるように、朝鮮をいじめて不平等条約を押しつける。
(中略)
敗戦後の日本人は敗戦の屈辱を否認し続けている。そして、現在、日本は以前としてアメリカ軍の占領下にあるが、この事実を隠蔽しつづけている。(アメリカの政府関係者や軍人のときおりの発言や態度は彼らが日本を占領しているつもりであることを垣間見せるが、日本国民は気がつかないふりをしている)。
(中略)
いずれにせよ、日本は一世紀前にペリーに強姦された屈辱をまだ雪いでいない。軍事力やら経済力やらで何とか雪ごうとあがいてきたが、うまくゆかなかったようである。もちろん、そのようなことから解放されたいと、屈辱など忘れようとすることもあるのだが、忘れようとしても、屈辱感は無意識の中に追いやられるだけで、いつかまた噴き出してくる。とにかく日本および日本人はこの葛藤のために病んでいる。

幻想に生きる親子たち 「黒船と白船」

岸田さんの説を見て、わたしは「個人と国は違う!日本人は一人ひとり違うじゃないか!」と言い切れないものを感じたんです。「ああ、言われてみれば、集合無意識的なレベルでそういう劣等感があるのかもしれないなあ」と。
それだと、普段接している日本人男性のあの余裕の無さの一端が説明できるのではないかと。

だって、ある種のアメリカ人男性がふりまく、あの「君たちオレのこと好きでしょ!だって俺白人だもん!!」っていう「どっから来るんだその自信は」的優越感は、日本の男には本当に見られないから。

それどころか日本の女は「ハーフの子が欲しいー★だってハーフの子どもってかわいいじゃぁーん」なんて普通に言っておった。少なくともわたしの同級生にはそういう子が結構おった。
これは裏返すと「日本人(アジア人)の男と子作りなんかしたくない」ということで、日本男をものっすごい勢いで劣等感のプールに沈める必殺技になろう。しかもな、女はな、何にも考えとらんのだ。「ハーフの子、カワイー★かわいい子産める私、ハッピー★」なのだ。罪の意識なんかひとつもない。ああ、なんたる残酷物語!!

こういう「ハーフの子カワイイ」的意識を変えていくには、「欧米人風の顔だちこそが美である」という価値観を「本当にそうなのか」と見直していく必要があります。「バタ臭い顔は美しくない」という感性を取り戻すことです。
昔の日本人の美の基準を持ってきたら、「目が大きい(ギョロ目)」「口が大きい」なんて不美人だったわけですから。目がパッチリ大きいなんて、全然魅力的ではない!という感性を持てない限り、この「ハーフの子カワイイから欲しい★」女子に日本男の劣等感はボコ殴りにされ続けることでしょう……。

【写真】小説女徳のモデルとなった高岡智照尼の芸者時代。どの写真を見ても、インスタに並ぶ目をパッチリ見開いた自撮りのような表情は取らない。なぜなら「切れ長の涼やかな目元」こそが美しさの条件だったから。

実際欧米で受けるアジア人女性だって、「白人や黒人にないアジア人らしい美」を持つタイプなんですよ。パッチリ目なんてダーメダメ!そんなんで競ったって白人や黒人には勝てやせん。アジア人はアジア人らしさで勝負しないと。どんなタイプにだって得手不得手はあるんだから。

そういう心の奥底に横たわる劣等感の存在を認識すると、田母神さんみたいな「日本は核武装せねばならぬ!」的な極右の心理も理解できないわけではない。そこまで自尊心を砕かれ追い詰められてたら、そりゃオラオラにもなりますわなあ……。西部邁さんも今の日本に絶望して自殺しますわなあ。

と、理解したところで、でもやっぱり劣等感の強い男と関わるのは疲れるのでイヤです。だって、女が男に優しくしてホメホメしたところで、心に余裕のある男に変わってくれるわけじゃないんだもん。その劣等感は男の中で自信を取り戻さなきゃなんないわけだから、女なんて何の役にも立ちゃせんわ。自分でがんばっとくれ。

でもさぁ、これスピリチュアルに言っちゃうなら、人類の起源時点でもう劣等感(奴隷根性)なんてズボーンと埋め込まれてるよねー。
ハァー、闇が深い……。

アルクトゥルス人より地球人へ―天の川銀河を守る高次元存在たちからのメッセージ(CD付)
トム・ケニオン ジュディ・シオン
ナチュラルスピリット (2016-11-18)

だけど、それを個人のレベルで癒して乗り越えていくというのは、けして無駄なことではなく、結局は集団(集合的無意識)にもつながっていくとも思うのです。

劣等感って、大事

私はたまーに小説を書きます。
ピッと来たときにパッと閃いてダーッと書きます。
言葉がワーってわいてくるので、それをガーッて書きとめる感じです。なので、時間はかかりません。ブログもそうです。1記事大体1~3時間くらいで書きます。長くかかった時でも、日をまたぐことはまずありません。

メッセンジャー的な役割のあるブログとは違って小説は純粋にただの趣味ですから、私個人の人生的な課題やメッセージがそこには現れてきます。
だから、小説を書き終わったら、何度も何度も読みかえします。そして「そうか、なるほど!そういうことか!!」と色々合点がいくのです。気づきがもらえるのです。

ある時何作か書いてきて、「なんでこうなるんだろう?」という疑問がわきました。
考えても考えても、答えが出ない。なのに、連綿とそのテーマは必ず現れてくる。

それがこの「劣等感」でした。
私が動かす登場人物は、大抵コンプレックスがありその描写がなされていたのです。pixivで書いたのはもちろん、ピクブラにも投稿したのがあるのですが、それも結局コンプレックスが出てきていたし。
しかし、私自身と重なるのかというとそうでもなく、「何でこんな描写を私は一生懸命しておるのだろう???」とすごく疑問だったのです。

「もしかして、私、気がつかないだけでそんなに劣等感を背負っているのだろうか?」とも考えました。
上の人(私のガイド)はその一連の「劣等感劣等感コンプレックスな作品」を一定量書き上げてから、はじめて種明かしをしてくれました。

「これで、ちょっとは人の気持ちもわかったでしょ」と。
「君は劣等感が無さ過ぎて人の気持ちがわからないんだよ。世の中の多くの人はこういった劣等感を抱えているものなんだから、『だって、それが事実でしょ』で正論をしたり顔でゴリゴリ言うと、実にたくさんの人を傷つけるし恨みを買うんだよ。もうちょっと配慮しなさい」と。

そ、そんなー!!!
私は劣等感が少ないがゆえの、無神経人間だったのか!!
な、なんかすいません……。申し訳ありませんです……OTZ

劣等感が強すぎると社会に適応しにくいといいますが、劣等感が薄すぎても他者への思いやりや共感力に欠けてしまうのですな。
適度に劣等感を持ち合わせているのは、人間社会を生きるうえでは良いことなのかもしらん。そう思います。

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