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2018-01-17

衰えてこそ、いのちは完璧な形になる


命は生まれ、成長し、衰え、死んでいきます。
これは自然のサイクルです。
春、夏、秋と来て、次には冬が来るのと、同じです。

良いも悪いもなく、そういうものです。
宇宙とは、そういうふうにできているものです。
三次元のこの二元性の世界は陰も陽もあるのです。


私たちは、学校で「成長せねばならない!君は成長できる!昨日の自分を越えていくのだ!」と教わります。大人たちは、常に子供に成長の大切さを伝えます。特に、資本主義社会は成長してないと滅んじゃう、動き続けないと死ぬマグロみたいなシステムですから、余計に「成長!!成長が大事!!」と刷り込みます。

春から夏になる。毎日どんどん温かくなる。
種から芽吹いてグングン育っていく。
そんなフェーズの過ごし方を、大人や学校は教えてくれます。

そう、成長のしかたは教えてくれるのです。
でも、衰退のしかたは教えてくれないのです。

成長できなくなったら、どうしたらいいの?

とあるカヌー選手は、成長著しいライバル選手を罠にかけてしまったそうです。
【カヌー薬物混入】前代未聞の事件はこう起きた 後輩から慕われたベテランが愚行に走った背景とは…


自分の成長が止まって、衰えを感じる。
若い人たちが、自分を追い越していく。
これは、どんな人でも経験することです。若死にでもしない限り。

男だろうと、女だろうと、関係ありません。
男は権力にすがろうとし、女は美にすがろうとする。
どちらも、手にしたものに執着してしまい、手放せないのです。

だって、大人たちは言ったじゃない。
「常に成長していなければならない!」って。
じゃあ、もう成長できなくなった衰えていくしかない、なんて認められないじゃない。だって、誰も「成長できなくなったらどうしたらいいか」なんて、教えてくれなかったもの。

だけど、システム的には秋があって冬がある。
収穫のあとには、不毛な季節がやってくる。確実に。
成長だけ見つめていたら、私たちはポッカリ落とし穴にはまりこむ。

「どうして成長できないんだ!?衰えていくばかりじゃないか!!」

衰えるのも、当たり前のこと。
自然のリズムの、一部なのに。
衰えがあってこそ、完成するのに。

大人たちは子どもたちに、世界には春と夏しかないようにふるまう。
未来は明るくて、テクノロジーが不安を解消してくれて、ずうっと成長していられるかのようにふるまう。

うそつき。
冬を隠して、何が生命か。
衰退を無かったことになどできないのに。


私たちは、肉体的には必ず衰えていく。
衰えは精神性にとっては福音になる。
だって、物質的な執着を手放していくチャンスになるのだから。

いつまでも若々しかったら、精神は深まらない。
いつまでも成功し続けて富を増やし続けたら、精神は荒れてしまう。それに耐えられなかったのがゴータマ・シッダールタだったのであり。

なぜ大人たちは衰退を教えないのだろう。成長ばかり追い求めるのだろう。
不惑を越えてなお成熟を拒否し「大人カワイイ❤(。☌ᴗ☌。)」なんて服を着て若作りをするのだろう。バイアグラを飲んでまで勃起を維持し、子を望んでもいない不倫相手とセックスをしようとするのだろう。某国大統領のようにハゲ頭を隠そうとするのだろう。

そんなことをしても、子どもたちに模範は示せぬというのに。
宇宙を示せぬというのに。
そもそも、あなたは宇宙であるというのに。


衰えを教えるのも、大人の仕事。
生き物の死を隠さないのも、大人の仕事。
老いを受け入れていく姿を見せるのは、何より大切な大人の仕事。

私たちは衰えを誤魔化してはならない。
秋のあとには冬が来るのを、自然はごまかしたりなどしないのだから。
人も、企業も、国も、盛りを過ぎた後には、衰えていくものなのだから。

ヤダモン!ボクチン衰えたくないモン!!!!


衰えが出たとしても、復活する血筋や組織というものもあります。
でも、あまりにも隆盛を誇る場には、それなりの代償が伴います。光があるところには闇があるのが、この二元性の世界だから。

例えば、三菱を興した岩崎家当主の死に方は、ものすごくむごたらしい。

一代目:弥太郎
胃ガンになって、毎日のように胃液を吐いて吐いて苦しんで死ぬ。享年52
二代目:弥之助
あごのガンになって左上あごの骨を摘出。それでも良くならず、眼球まで摘出。それでも悪化していき、体がついに腐っていき悪臭を放つ。死にたくても死なせてもらえず、苦しむ。享年57
三代目:久弥
米寿を越えるほど長生きするものの、死ぬまでの7年間、心臓病の発作に苦しむ。一日に20回以上の発作を起こしたこともあり、ここまでなっても生きているほうがすごいと医者の間で評判になる。
四代目:小弥太
腹部大動脈瘤で死亡。享年67

岩崎弥太郎と三菱四代に詳しいのですが、死に方が異様なまでにむごい。大抵みんな苦しみ抜いて死んでいます。こんなに人は苦しんで死ぬもんか、と戦慄するばかりです。何か業を背負っているようにすら見えてしまいます。
三代目の久弥のみが長生きできたのは、サッサと三菱の事業から手を引いて、好きな農業をやっていたせいではないのか、などと。

物質的に栄華を極めたら、その代償はどこかで払わねばなりません。
だから、成長ばかりではなく、衰退も頭に入れておくことが大切です。衰えを受け入れることが自然の姿です。それが、ここの理なのだから。

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