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2018-01-16

「負けるが勝ち」ゆえに、負け犬は勝ち組

私はオンラインゲームにINしなくなったついでに、デジタルデトックスをしておりました。すると、メルマガにも書いた通り、本を読むのが倍速になりました。

そんな中で読んだ一冊が、中村うさぎさんのあとは死ぬだけです。

あとは死ぬだけ

読んでて、ちょっとびっくりしました。
私は中村うさぎさんのエッセイを結構手に取っているのですが、心を深く鋭くえぐってくるその読書体験は、カタルシス(癒し)ですらありました。
だけど、今回は「疲れた」。読んでて疲れたんです。

なんで疲れたかというと、うさぎさんの若々しさに疲れたのです。
私はもう精神的に、オババなのです。うさぎさんの熱量をみて、同レベルで燃えられるような若さは既にないのです。ヨボヨボ。病に倒れた後も、この熱量。すごい。

だけど、うさぎさんはものすごく苦しそうです。
やりたいことをやってダメ出しして自縄自縛の「ひとりSMプレイ」を延々と続けています。例えば、ナルシシズムが許せないのに、いつまでも若々しくいたくて整形する。だけど、それですべての男が自分に欲情してくれるわけではない。そんな自分が苦しい。自分の中の欺瞞を許せない。

は、はぁぁぁぁぁぁ~~~。
つ、疲れるー。文章読んでるだけで疲れるんだから、うさぎさん本人は多分、その10倍は疲れてるし苦しんでいるのでしょう。大変だ。

で、なんでそこまで疲れるかっていうと、うさぎさんには女性性がないんですよね。「ふんわり」がない。見事なまでに男性性のマッチョイズムに貫かれている。実にキリスト教(一神教)的。多神教の「えーみんな神様なんだからいいじゃん別にぃ~アハハー」的だらしなさなど皆無なのです。

多神教の神様ってギリシアの神なんかもそうだけど、いいかげんで神なのにアホなんですよね。「開けるなよ!開けるなよ!絶対開けるなよ!」って言ってんのに開けるみたいなw日本の八百万の神もそうですね。全然きれいじゃない。
でもキリスト教の神って荘厳なんですよね。いい加減じゃないし、きちっとしてるわけで。

そんなキリスト教の神を内面化している(常に神に見られていて一つ一つの行為が裁かれているという意識がある)うさぎさんが、辛いのは当然だと思います。スピリチュアルで「ジャッジすることなかれ」とよくいうアレの正反対なわけですから。

でも、じゃあキリスト教徒が全員男性性に偏りまくってて、見るだけで疲れちゃうようなオーラを放っているのかというと、そんなことはない。いいかげんなキリスト教徒のほうが、たぶん多い。

知り合いのアメリカ人腐男子はカソリックなんだけど、「LGBTに対する扱いなんてプロテスタントのほうがひどいんだよ!別にBL好きだって神に背いてないよ!」とか普通に言ってます。彼の脳内にはソドムもゴモラもないし、ヨハネ・パウロ2世やベネディクト16世の言葉なんてどうでもいいしフランシスコこそ正義なわけです。(ようするに、いいかげん)

だから、うさぎさんがここまでモリモリ男性性に偏ってしまうのは、本人の気質によるものが大きい気がします。
偏ったものは大抵バックラッシュ(ゆりもどし)が来るんですよ。
そのバックラッシュが来ているにもかかわらず無視しているから、ずうっと偏ってて結果苦しいまんまなんじゃないか、と。


うさぎさんの場合はエレクトラコンプレックスから抜けられていないのが、女性性を獲得できない大きな要因の一つに見えます。

エレクトラコンプレックスというのは、女児が父親を恋慕い、でも父親には母親がいるので葛藤するという状態です。
結果的に、「自分は(性の対象としての女としては)選ばれない」という挫折を味わって、それゆえに自分を一人の女性として愛し必要としてくれる男性を外部に求めることができるようになる=父親との関係のゴタゴタを(反復強迫的に)繰り返さない、という風にも解釈できます。

うさぎさんは、母親に負けてないんです。
心理的には、母親に勝っちゃってるんです。
「アタシのほうが上だわ」と思っちゃってるんです。

うさぎさんの母親は、典型的な「昭和の専業主婦」で、なんの面白みもない世間体ばかり気にするせせこましく小心でつまらない女。曰く「滑車を回す二十日鼠」。
そんな母親は、うさぎさんにとって非常に印象の薄い存在なんです。はじめっからハナにもかけていないわけです。

だけど、父のような一本筋の通った気概のある男が選ぶのは、うさぎさんが「つまらない女」と上から目線で断じる母のような女なのですよ。
うさぎさんは、つまらない女に負けているのですよ。

どんだけ努力しても自分を磨いても、「選ばれるのは結局なんにもできないお嬢様」なんですよ。

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でね、そこで一回負ければいいんですよ。挫折すればいいんですよ。
こんなに頑張っても自分を磨いて綺麗になっても、誰も私のこと、見てくれない!!愛してくれない!!って。大した美人でも無くて頭も悪くて鈍重でオロオロオロオロしているような才気の欠片もないようなあんな女のほうが、必要とされ愛されている!って。

負ければいいのよ。
そうすれば、道が開けるのよ。
何の道って、女性性への道が。

負けることによって、たおやかさや粘り強さ、ありのままの(大したことない)自分を愛せる受容性が手に入るんですよ。負けないからダメなんですよ。負けるべきなんですよ。頑張ること(努力)で勝とうとしちゃダメなんですよ。

これ、女だけの問題じゃなくて男もそうなんですよ。男だって男性性オラオラで「俺は男だァ!」なんてやってると、孤独になって人生が闇になるんですよ。
【参考】「愛され力」って、大事。
性別関係なく、男性性も女性性もどっちも備えていることが大切なんですよ。

スピリチュアルな言い方をすると「必要なものはもたらされる」。
うさぎさんは、負けるべき相手として母親が提示されている。それに気づかないで無視してるから、いつまで経っても女性性が身につかないで男性性でオラオラしちゃって(自分も周りも)苦しくなる。
もっというと、彼女の夫(ゲイ)は、ものすごく女性性にあふれる男性で、うさぎさんはナヨナヨした夫から女性性たるもの何かを学ぶ機会に毎日恵まれている。でもそれもスルーしている。「うむ、理解できん」の一言で終わり。

うさぎさんは、必要なものをすべて与えられている。なのに、無視し続けている。
そりゃ生きるの大変になるし何やっても苦しいし、出口がないかんじがしますわなあ。

負け犬の遠吠え (講談社文庫)
どんなに美人で仕事ができても、30代以上・未婚・子ナシは「女の負け犬」
この衝撃的なキャッチフレーズで一世を風靡した酒井順子さんの負け犬の遠吠え

「アタシは負け犬なんて嫌っ!20代のうちに結婚して子どもも産んでハッピー女子になるのっ!!」と焦って人生を踏み外した女の、なんと多かったことか……屍累々。

この本の趣旨は、そうじゃないのです。
「そうなんですよぉー私、結婚できない、かわいそうな人間なんですよぉー」
ってお腹ぺろーんて見せて降参すれば、既婚者から攻撃されなくなって楽だぜ、って処世術を伝授していたんですよ。

そう、非常にクレバーな生き方を教えてくれていたんですよ。
負け犬ぶることで、結果生きやすい人生を勝ち取る。負けるが勝ち、譲って通す、損して得取れ。

どんな人間だって、必ず負けるときが来る。
勝ちっぱなしで終われるほど人生は短くもないし単純でもない。
だから、「うまく負ける」というのは処世術として非常に大切です。うまく負けられないと、大したことない失敗で(主に心が)致命傷を負ってしまいかねません。

うさぎさんが自分の負けを受け入れて、しなやかな女性性を獲得し、ほっこり生きられるようになることを(実に余計なお世話ながら)お祈りしております。

男性は勝つことで負け、女性は負けることで勝つ。そのふたつの間には調和がある。正反対のものが出あって、互いに合致しあう。
男性が光明に近づくと、彼の中で女性的な質が花開く。女性が光明に近づくと、彼女の中で男性的な質が花開く。このことをちょっと理解しておくといいだろう。

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