「昔は良かった」のウソ

今の若者は「悪」なのか?

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私は、今の若者が大好きです。
非常に精神性が高くて、話していても「あぁ、こんな素敵な人がいるなら未来って明るいなぁ」と思わせる人がとても多い。

逆に年配の人は苦手です。
もちろん、全てがそうなわけではありません。素敵な方もいらっしゃいます。
でも、大抵が「何十年も生きてるってのに、何もわかってないんだな…」と思うような人ばかりです。

そういう人が言うのです。
「今の若者はわけがわからなくて、ヘンな犯罪ばかり起こしている!」
…………。本当にそうでしょうか?

【参考記事】少年犯罪は急増しているか(平成19年度版)
【参考記事】犯罪格差:少年犯罪は減少し高齢者犯罪は増加

少年犯罪が多かったのは、まさしく団塊の世代が若年層だったときです。
そんな人たちが「今の若者は」と口にするなんて、まったく話になりません。
まずは自分の人生を反省し、未来ある若者に間違った教育をしてしまったことを反省すべきです。

昔の人の言う事には、とかく美化された過去が多い。
だまされてはなりません。
「昔は良かった」だなんていう人がいますが、そういう人は昔は昔で文句を言っていたのです。

兄弟は少ないほうがいい!

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たとえば、「兄弟は多いほうがいい」という神話があります。
これは大間違いです。それこそ「昔」を見ればわかります。
昔は「兄弟が多すぎて親の目が行き届かない→世話しなきゃならない弟妹がにくくて殺す」事件が起きていたのです。

【参考記事】少年犯罪データベース 親殺し、兄弟殺人

とあるご婦人が
「子供が寂しいって言うもんですから、二人目産もうと思って」
というので、私は仰天してしまいました。

「は? どういう意味ですか?」
「エッ?(意外そうに)だって、兄弟がいれば寂しくないでしょう!」
「いや、あなた、兄弟いればお子さんが寂しくないって本気で思ってるんですか?」
「そうよ、兄弟の面倒を見れば子供だって寂しくないでしょう」
「あなた、全くわかってないんですね。お子さんが必要としているのは兄弟じゃなくて親の愛情、あなたの愛情ですよ。あなたがかまってくれないから寂しいんですよ!」
「はぁ? 私よりも兄弟のほうが歳が近いからいいに決まってるでしょ」

この言葉をきいて「この方には何を言っても無駄だ」とあきらめました。

インナーチャイルドワークをみっちりやったことのある方は、兄弟に対して自分がいかに葛藤を抱えていたかがわかるはずです。
「兄弟がいたからハッピー★」だなんて無邪気に言える人は、自分の内面をきちんと直視していません。
必ず兄弟関係というのは、非常に濃い葛藤を抱えるものなのです。だって、そもそものスタートラインが、あけすけに言うなら「親の愛情の奪い合いをするライバル」なんだもの。

「でも一人っ子だったら、人付き合いが下手になっちゃうでしょ」
なんていう人がたまにいますが、んなこたぁない。
一人っ子で超コミュニケーション上手の人なんて、はいて捨てるほどいます。逆に三人兄弟なのに三人とも不登校で対人恐怖症って家庭もあります。

子沢山で兄弟の面倒ばかり見てたら、ろくな子に育ちません。
人として尊重され、愛される人間にはなりません。
奴隷根性たくましい「企業の奴隷」「家庭の奴隷」「組織の奴隷」ができあがるだけです。

そのわかりやすい実例を、ご紹介しましょう。

「なんでも我慢する良い妻」は愛されない

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私の父方の祖母は、長女でした。
たくさんの弟妹を抱え、親代わりとなって面倒を見ました。
いつでも弟妹のことを考え、自分のことは後回し。

そんな忍耐強い彼女を見込んで、縁談が来ました。
相手は気性の激しい身体障害者。
奉公に出されていたので手に職はありますが、いかんせんかたわなのと性格がきついのとで、嫁さんが来ない。

でも、「何でも我慢するいい子」だった彼女なら、そんな人間の嫁でもやっていけるだろうと見込まれたのです。
もちろん祖母は、いやでした。かたわの嫁になるだなんて!
でも、遠縁の親戚だったので縁談を断れませんでした。

そして彼女は「父に従い、結婚しては夫に従い、老いては子に従え」ということを忠実に守る「女の鑑」になっていくのです。

結婚相手は結婚後もやはり変わることなく、情緒不安定で気に入らないことがあるとすぐ妻や子を殴り飛ばしました。
しかも「ウマイ話」にだまされては、小豆相場などの先物に手を出して借金をこしらえる。
いくら泣いて止めても「女の下らない話」など気にもかけてくれない。

とうとう耐え切れなくなって、実家に帰ってみても
「お前の辛抱が足らん。嫁とは全てを我慢するもんだ」
といわれて、けんもほろろに否定される有様。

祖母は耐えました。

いつも耐えて耐えて耐えて、
「父に従い、結婚しては夫に従い、老いては子に従え」
全く自分の意思のない人生を生きていきました。

そんな祖母が愛されたのか?
いいえ。
そういう人間は、ボロ雑巾として、家事奴隷・育児奴隷として一生を終えるだけなのです。

父は表面上は「いい息子(長男)」を演じているように、子どもの私の目からは見えました。
しかし、祖母が高齢になってきた、とある日。

母「お義母さんももう歳だから、何かあったらうちで面倒を見なくっちゃねえ」
父「えぇ?俺は嫌だ」

私はその一言が、心の底にズトン!とパンチのように打ち込まれるのを感じました。
「これこそが父の本音なのだ!」と直感でわかったからです。
表面上はいい息子を演じていても、父には母親に対する情緒的なつながり、平たく言うと愛情がなかったのです。

祖母は孫の私に「お父さんとお母さんの言うことを聞くのよ」「いつも親の言うことをきいて、いい子にしているのよ」という人でした。
普通、おじーおばーというのは孫を甘やかしてかわいがって「モウ!そんなに甘やかさないでよ!しつけにならないでしょッ!」とママからお小言が飛ぶのが定番です。
でも、そんなことはうちの祖母に限ってはひとつもありませんでした。

彼女の言うことは、いつもこう。
「(誰か自分よりも偉い)人のいうことをききなさい」

孫の私に言っていたくらいだから、子どもの父に言っていなかったはずがない。
推測でしかありませんが、祖母は父が殴られているときに祖父の前に出て止めることはほとんどなかったのでしょう。
だって彼女の思考理論では「お父さんの言うことをききなさい」が正義だから。

いくら殴る父でも、理不尽なことで自分を馬鹿にする父でも、借金こさえて希望の大学にいかせてくれない父でも、「お父さんの言うことをききなさい」なのです。
だって、それこそが「正しい妻」のありようなのですから!!

父は、相当祖母を恨んでいたと思います。
だって、当たり前でしょう。子どもは母親から守ってもらいたいんです。父親から理不尽に殴られた時には「やめて!」と言ってもらいたいんです。
でも祖母はそんなこと言う人じゃなかった。「夫に従う正しい妻」だったから!

そしてその恨みが今度は私たち子どもに向けられ、竹刀で小さな女児を殴る父親、風呂に入ったら娘の性器に指を突っ込む父親ができあがったのです。

「正しい妻」の人生が幸せなものだとは、私にはどうしても思えません。
祖母は、愛されていない人でした。誰とも「情緒的なつながり」を持っていない人でした。
あれだけ兄弟の面倒を見、夫の面倒を見、子どもの面倒を見て、全てに我慢して耐えてきたのに。

人の面倒を見たからって、愛ある人生が送れるわけではないのです。
もしあなたが今「尽くして耐えている人生」を送っているのだとしたら、私は予言します。
あなたが本当に老いて弱ったとき、子どもはあなたの世話をしたがりませんよ。

だって、あなたは「自分の意思のない奴隷」としての人生を選んできたのですから。

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