心配しないで、もっと楽になろう

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人を心配するのは、一般的に思いやりがあって美しい行為だとされます。

確かに「ちょっと危なっかしいわね、心配だわ」程度の心配ならば、それは文字通り「心配り」でしょう。そう感じて当然な場合もあります。

しかしながら、実は「心配する」ということは、深い心理を見ていくとあまり褒められたものじゃありません。
心配するということは、「相手を信じていない」ということだからです。

「この人は大丈夫でしょう」と思っていれば、心配しません。
頑強なアスリートに対して「この人歩けるかしら、心配だわ」なんて思わないでしょう?
「この人は当然できるだろうから大丈夫」って信頼があると、そんな心配はしないものです。

なぜ、そんなに周りの人を心配してしまうのか?
それは相手の力を信用していないからです。

なぜ、相手のことを信用できないのか?
それは、自分自身を信用していないからです。(人は自分を映す鏡だから)

「えっ、そんな、私は自分のことを信用していますよ!」とおっしゃるなら、胸に手を当てて考えてください。

あなたは、自分の感覚をちゃんと信用していますか?
「自分の直感なんかより、常識のほうが当てになる」と思っていませんか?
「自分の考えなんかより、人様や世間様の言うことのほうが正しいのだ」と思っていませんか?

ひとつでも当てはまるなら、あなたは自分自身を信じていません。
自分を信じられない人間が、人を信じられないのは当然です。

そうして、あなたは言うのです。
「母の体調が悪いので心配です!」
「彼がタバコをやめないので心配です!」
「子供が一人暮らしをはじめるので心配です!」

そこまでして「私は自分も人も信じられない、心の貧しい人間なのです」ということを、あからさまにアピールしなくったっていいのに。
見てるこっちが恥ずかしいです。

心配するという行為は全て、ひとつのスピリチュアルなレッスンを授けてくれています。
「全ては順調なのだと受け入れなさい」
ということです。

表面的に見たら「負け」だったり「不幸」だったり「失敗」だったりすることもあるでしょう。
でも、それを含め、全てはその人の魂の成長のために、最も必要なことが起こっているのです。

そのことを信じたら、あなたの口からはもう「心配」という単語は出てこなくなります。
そうして、「全ては順調なんだから、何とかなるさぁ。大丈夫!」という安心感とともに、もっとラクに生きていけるようになるのです。

2013年03月09日 | Posted in 人生:スピリチュアルブログ | タグ: , , , Comments Closed 

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