悪人は、真に悪なのか?

確かに、私たちが何度も何度も生まれ変わって進歩することを思うと、罪を犯すものと罪を犯されるものという両方の役割を、私たちは自分の内部に持っているのだ。
完全に癒されるためには、私たちは、自分が自分の敵とそれほど違うものではないことを、最終的に認めねばならない。
そしてそうした後で、私たちの敵というのは私たち自身の、それまでは許せなかった部分を、つまり私たちがここで癒される原因となっている部分を表すものだから、私たちは、自己、すなわち魂と和解する助けをしてくれるこの敵を受け入れなければならない。
というよりも、愛さなければならないのだ。

ロビン ノーウッド著 愛しすぎる女たち 癒しのときより

「悪を憎んで人を憎まず」という言葉があります。
確かに、正しい言葉です。しかし、私たちはどうしても人を憎みがちです。

特に、歴史上で「悪人」と評される人間については「何を言っても許される」といった空気すらあります。
たとえば、アメリカのテレビ番組におけるヒトラーやナチスの扱いっぷり。ブラックジョークの格好のネタとして、都合のいい悪役として彼らはいつも使われています。

「そりゃ罪も無いユダヤ人や東欧人を虐殺したんだ、どんな報いだって受けるべきだろう!」
と思われるかもしれません。
でも、冒頭で紹介した愛しすぎる女たち 癒しのときからの一文を、今一度読んでみてください。

マヤの言葉で「インラケチ」というものがあります。
「あなたはもう一人のわたしです」という意味です。
スピリチュアル好きの人なら、「ワンネス」という言葉も聞いたことがあるでしょう。誰もが深いところではつながっている、大元は一つであるという意味です。

あなたは、完全なる善人ですか?
本当に、悪人を糾弾できるような、欠点の無い人間ですか?
この質問に首を縦にふれる人間なんて、よっぽど傲慢で自分をわかっていない人間だけです。

なのに、どうして私たちは悪人を糾弾したくなるのでしょう?
それは「自分の中のヒトラーやスターリン、残虐な自分の一面」を認めたくないからです。
自己受容が大切なことがわかっていながら、自分を肯定できないのは、あなたの中にこういった残酷な独裁者が息づいていることに気づきたくないからです。

「そんなはずは無い!私はとっても善良で光に満ちた愛の存在である!!」
と言い張りたいスピリチュアル愛好家の方もいらっしゃるでしょう。
それなら、逆のアプローチで行けばいいのです。

「残酷なる独裁者だって、元は愛の存在だったのだ」と。

幼少期の暴力が育てた暴君 スターリン

ヨシフ・スターリンは、母親に折檻されながら育ちました。
そのせいで、彼は女性への接し方が非常にゆがんだ男性として成長しました。
女性への恐怖から、「自分に絶対服従で従順な女性」を好みました。

でも、二番目の妻ナジェージダ・アリルーエワは共産主義の潮流の中「女が自立すること、女が学ぶことへの喜び」に目覚めだします。
当然、夫スターリンとの心の距離は離れていきます。
最終的に、彼女は夫にあてつける形で自殺を果たします。

スターリンは、ナージャの死に際し
「私の中の優しかった心は死んだ」
と告げたそうです。
結局、彼はその後生涯独身を通します。それほど、妻の死は大きかったのです。(スターリンは一人目の妻にも病気で先立たれています)

スターリンは支配者として君臨するようになった後、故郷の母に聞きました。
「どうして、子供の頃あんなにひどく私をぶったのですか?」
母の答えはこうでした。
「そのおかげでお前はこんなに偉くなったんじゃないか!」

もし、スターリンが母親から十分な愛情を与えられて育ったなら?
彼の思考の明晰さ、勘の鋭さ、人心掌握の巧みさが、民族の調和や愛のために使うことができていたら?

スターリンは、間違いなく天才です。彼は能力のある人でした。
そんな人を、独裁者に育てた、その残虐者の種をまいたのは間違いなく、田舎の平凡な一人の女、彼の母だったと言えるでしょう。
そして、その残虐性を決定的なものにしたのは、妻・ナジェージダだったのかもしれません。

イラクの元独裁者、サダム・フセインも幼少期に虐待されて育ったと伝えられています。
彼の非常に残虐な拷問を好む性質は、ここから育ったものだと指摘する専門家もいます。

彼らの生活に、もう少しだけ優しさや思いやりがあったら。
そう思うと、ただ彼らをひどい悪人となじることはできないと思いませんか?

男性としての自分に自信がもてない男 ヒトラー

私が思うアドルフ・ヒトラーは、非常に繊細な感性を持った、臆病な男性です。
こういうと、たいていの方は「ギョッ」とするでしょう。
ユダヤ人を虐殺したホロコーストの犯人の、どこが繊細で臆病なのだ!と。

しかし、皆さんは大きな勘違いをしています。
本当に強い男は暴力を振るいません。
暴力を振るうのは、弱い男です。世の中でDVを起こす男性は、もれなく精神的にもろいのです。

本当に自分に自信があるなら、堂々としていればいいのです。
暴力など振るわなくとも上手くいくと思えるだけの強い信念があるなら、手など上げません。

実際、ヒトラーは「男としての自分」にものすごく自信が無かった節があります。
小さな頃父親に殴られ、挫折を重ね、社会で全く価値の無い存在であると自己否定を繰り返す日々。その自信の無さをヒトラーは支配者になっても引きずっていたようです。

その一例が「既婚者になったら女性からの支持が得られないから独身でいる」と、死の直前まで結婚をしなかったことに見られます。
既婚者だったらモテないのか?といったら、そんなわけはないでしょう。(例:ベルルスコーニとかベルルスコーニとかベルルスコーニとか)
魅力的な男性は結婚していたって魅力的です。俳優や歌舞伎役者だって、既婚で人気のある人だっているでしょう。

でも、ヒトラーは若い頃に超非モテ街道バク進してきた人ですから、いざ権力を手に入れて女なんてよりどりみどりになったって「結婚したら女性に見向きもされないんじゃ」と自信がなかったのです。
そして、そんな彼が選んだのが「金髪の頭の弱いカワイコちゃん」エヴァ・ブラウンです。
自分に自信がないから、自分の弱さやもろさをごまかせそうな頭のゆるい子じゃないと安心できなかったのです。

えげつない話ですが、ヒトラーは男性的に不能だったそうです。
愛人のエヴァに「子供がほしいなら、ほかの男性とセックスしなさい」と勧めていたという話もあります。
その「男性としての自信のなさ」を隠すために「必要以上にマッチョに振舞った」結果があのナチスでありホロコーストであるともとれます。

同じくEDで悩んでいた支配者としては毛沢東が挙げられます。
毛沢東も一時的に性的に不能で、相当コンプレックスを持っていたそうです。彼の晩年のありえないくらいの漁色っぷりは、コンプレックスの裏返しとも言えるでしょう。
男として自信のない人間ほど、「マッチョな男ぶりたがる」ということです。

大体、ヒトラーが本当にユダヤ人嫌いだったかというとそんなこともなく、個人的に仲のよいユダヤ人もいました。
でも、当時のドイツの空気が反ユダヤだったので「ユダヤ人が癌なのだ!」といっとけば人気が取れた。その政治パフォーマンスとして怒鳴っていただけという面は大きいでしょう。
要するに空気を読んで大衆を先導する天才だったのです。

ヒトラーの人の動かし方は本当にすごいです。ありえないです。
現在の政治家も、ヒトラーの使ったテクニックを使っているのをよく見ます。彼の人心掌握術は100年近く経っても色あせないのです。
部下のいる管理職や経営者の方は一度はヒトラーを研究したほうがいいでしょう。彼の演説は、実に巧みに人を動かすテクニックが満載です。

ヒトラーは女性の健康に気を配り、子宮ガンや乳ガンの無料での治療を行いました。
愛犬家で動物保護にも積極的でした。食用の動物であっても残虐な殺し方をしてはならないと法で定めたりしています。
嫌煙家で禁煙を推奨し、ベジタリアンでもありました。

単純に「ひどい悪人だ!」と切って捨てるには惜しい人なのです。
(もちろん、だからといって彼の罪を擁護するつもりもありませんが)

そんな先見の明を持った能力のある人間が、民族差別ではなく地球平和のために尽力したなら、どれだけ世界はよくなっていたでしょう?
今の地球がもっと住みよい世界になっていたことは間違いないでしょう。

才能ある若者を憎しみと恐怖の存在に貶めてしまったのは、一体なんだったのか?
それこそが、私たち一人一人が自分の力を平和のために、地球のために愛のために、ささげられるようになるヒントといえます。

マイナスの性質だって、生かせる

人気ブログ金融日記の藤沢数希氏は、こう述べています。

独裁者はカリスマ的で人間的にも非常に魅力的な人物であることが多い。その魅力と恐怖によって人の上に立つのである。血塗られた独裁者と英雄は紙一重だ。歴史上の英雄と云われる多くの人物も、多かれ少なかれこのようなことをして人々を従わせたのだ。非常に不謹慎かもしれないが、筆者はカダフィ大佐が先進国に生まれ、ふつうに就職していたとしたら、多国籍企業を率いるカリスマ的なCEOに上り詰めていたと思う。

独裁者が追い詰められるという恐怖(藤沢数希) – BLOGOS(ブロゴス)より

本当に、その通りだと思います。

スターリンもヒトラーも、もし生まれるのが100年遅かったら。
もしかしたらエコ技術の開発に携わる企業のCEOになっていたかもしれないし、人の心をひきつける技術を指導するコンサルタントになっていたかもしれない。
だって、彼らの能力というのは、分析すれば分析するほどすごいものですから。
間違った方向に使ってしまったからこそ悲劇になってしまったけれど、それを愛のために使えたなら、本当に素晴らしいことになっていたでしょう。

例えば、故スティーブ・ジョブズだって、50年早く生まれて二回の世界大戦を経験していたら「優れた人殺し」になっていたかもしれません。

でも私は、iPhoneやiPadがあるおかげで仕事がグッと楽になったという人をたくさん知っています。
「PCはMacじゃなきゃ嫌だ!」というデザイナーやクリエイターが多いのも知っています。
私の好きな番組「聞くスペイン語」もiTunesのPodcastで人気です。

ジョブズが聖人君子だと言うつもりは毛頭ありません。
でも、ジョブズのおかげで生活が豊かになったり仕事が上手くいったり、以前だったら考えられなかったようなチャンスをつかむことができた人がいるのです。
これは純粋に彼の功績といってもいいでしょう。

そして、ジョブズは間違いなく性格が悪くてずる賢い面を持った人間でした(だってやっぱ自己中だもん!)。藤沢氏の言葉に倣うなら、独裁者の資質も十分あった。
でも、そんな一見愛のないマイナスの資質さえ、使いようによっては人類に多大な貢献をもたらすのです。

ここまで読んでくださった方は、悪人とは一体何なのかの定義をもう一度考えていただきたいと思います。
「世間的には悪」とされている性質も、使い方によってはプラスになるのです。
だから、自分のなかの「悪人」すら嫌う必要がないのです。その「使いどころ」を上手く見つけてあげれば、人のためにすらなるかもしれません。

最後に、また初めの文を転載します。前とは違った気分で読んでいただけたなら、望外の喜びです。

確かに、私たちが何度も何度も生まれ変わって進歩することを思うと、罪を犯すものと罪を犯されるものという両方の役割を、私たちは自分の内部に持っているのだ。
完全に癒されるためには、私たちは、自分が自分の敵とそれほど違うものではないことを、最終的に認めねばならない。
そしてそうした後で、私たちの敵というのは私たち自身の、それまでは許せなかった部分を、つまり私たちがここで癒される原因となっている部分を表すものだから、私たちは、自己、すなわち魂と和解する助けをしてくれるこの敵を受け入れなければならない。
というよりも、愛さなければならないのだ。

ロビン ノーウッド著 愛しすぎる女たち 癒しのときより

参考文献

スターリン―青春と革命の時代 サイモン・セバーグ モンテフィオーリ
スターリン―赤い皇帝と廷臣たち〈上〉〈下〉 サイモン・セバーグ モンテフィオーリ
わが闘争 アドルフ・ヒトラー
ヒトラーの大衆扇動術 許 成準
ヒトラーに愛された女 (真実のエヴァ・ブラウン) ハイケ・B・ゲルテマーカー
毛沢東の私生活 李 志綏
スティーブ・ジョブズ ウォルター・アイザックソン
スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン―人々を惹きつける18の法則 カーマイン・ガロ

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