常識ではなく「魂のレベル」でものを見る

世間の基準なんて当てにならない

リンデンバウムのセッションで降りてきたメッセージを「世間基準」で解釈してはいけません。

例えば。
「あなたはもっと自由に生きねばなりません」
「えっ!?もう十分すぎるくらい自由に生きていますよ!
 周りからも『本当に自由だね』って言われます」

「それは世間基準、常識でものを考えてのことでしょう。
  あなたの魂レベルではまだ枷があります。もっと自由にならねばならないのです」
こんなやり取りが、セッションではしょっちゅう行われています。

多くの人が「周りからの評価」を「自分の真の姿」と勘違いしてしまっているのです。
だから、セッションで「魂レベルからのメッセージ」を降ろすと違和感を覚えるのでしょう。

でも、世間基準で生きて、あなたは満足できますか?
魂は、もっと深い喜びの人生へとあなたを導こうとしているのです。

魂のレベルなら「非常に正しい」!

例えば、リンデンバウムのお客様には経営者の方が多いです。多国籍企業で、グローバルに活躍なさっている方も多くいらっしゃいます。(私自身「自己主張がハッキリしていて、やたらと気が強い」ので、そういう素敵なビジネスパーソンを引き寄せるのでしょうね~^^)

会社経営をしているような方は、当然決断力や行動力に優れます。
「やる!と決めたらやるのだ!」という気概が無いと経営者など務まりません。
周りの意見も聞かずに、頑固とも言えるほどに意志を強く貫かねばなら無い場面も多くあります。

これは「世間的な常識」で見るとけしからんことです。
日本の常識でいえば、常に周りの意見を聞いて協調性を持って円滑に物事を進めていくのが良いこととされます。皆が良いと思っていることに異議を唱えるなんて「空気の読めないダメ人間」と見なされます。

でも、本当に世の中を動かしていくような大きな仕事をする人間はそれじゃダメ。
「協調性?何それ美味しいの?」くらいのアクが無いと、今の世の中でデカイことなんかできやしない。

そして、もちろんその人の「魂のレベル」で見るとそれは「非常に正しい判断」なのです。人生ですべきことをなしているのだから!

魂と共に、歓喜を謳おう

ガリレオ・ガリレイは周囲から否定され続けても
「それでも地球は回る」
と主張し続けました。そして、ご存知のとおり彼は正しかった。

イエス・キリストだってブッダだってマホメットだって、マイノリティとして迫害を受けています。
常に時代の先端を予見し、宇宙や地球レベルで「必要なこと」ができる人は、必ず大衆から理解されない経験を通らねばなりません。

その時に「自分の成すべきことを真に果たせるかどうか」は、自分を信じるか、大衆に迎合してしまうかが分かれ道。

これでも、あなたはまだ周りのいうことを聞きますか?
自分の魂の声を聞くことを拒否し「誰にでも生きられるようなつまらない人生」を選択しますか?

確かに、自分にしか生きられない道、魂の道を選択すると時には孤独にさいなまれます。
だけど、その先には必ず心の底からの歓喜が待っているのです。

O Freunde, nicht diese Töne!
Sondern laßt uns angenehmere
anstimmen und freudenvollere.

おお友よ、このような音ではない!
我々はもっと心地よい
もっと歓喜に満ち溢れる歌を歌おうではないか

Die 9. Sinfonie in d-Moll op. 125 “An die Freude” Ludwig van Beethoven

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