お墓は生きてる人のためにある

墓参りに行かないからって呪われたりなんかしない

上の人(ガイド)「ねえ、君たちってどうしていっつも『ご先祖様』『ご先祖様』って言うの?」
私「いや、日本ってそういう先祖信仰が強いから……」
上の人(ガイド)「うーん、風習なのか…。自分のルーツに敬意を払うこと自体は自然な反応だとは思うけど、君たちの場合はちょっと変なとこに行きすぎじゃない?」

私「どういうところで?」
上の人(ガイド)「例えば『お墓を大切にしないからご先祖様が怒ってる!墓石を買って新しくしなさい!じゃないとご先祖様の祟りにあうよ!』みたいな」
私「確かに『墓参り行かないからってご先祖様がどうの』って罪悪感持ってる人っているよね」

上の人(ガイド)「ちょっと冷静に考えてみてよ。おかしいでしょ、それ。
  極端な例を挙げてみるよ。
  君のご先祖様なんて、もうこっちにいなくて生まれ変わってたりすらする。君のご先祖様、今はもうヨーロッパで5歳の男の子かもしれないよ?その5歳のいたいけな少年が何で日本の君らが墓に行かないからって呪わなきゃなんないんだよ」

私「…それはなんか、あまりにも滑稽な茶番すぎる……」
上の人(ガイド)「そういうところで供養とか墓とか強要される場合、冷静になったほうがいい。大体そういうのって、金が儲かるから言ってるだけだ」

お墓の意義は生きてる人の慰め

上の人(ガイド)「第一、お墓は生きてる人のためにあるんだよ。死んだ人間は別に墓なんてどうでもいいんだ。だって、もうその人生は終わってるんだから」
私「あぁ~。歌にもあるわよね、『お墓になんていない』って」
上の人(ガイド)「そうだよ、別に墓になんかいない。もう肉体を離れて自由だってのに、何でずっと墓にいなきゃなんないんだ、馬鹿馬鹿しい!」

私「じゃあそれを後生大事に詣でてる私たちも馬鹿みたいってこと?」
上の人(ガイド)「うーん、そこまでは言わない。なぜなら、生きてる人にとってお墓って必要な人もいるから。
 例えば、それが錯覚だったとしても、『お墓に行けばあの人に会える』とか『お墓をきれいにすればあの人のためになる』とか思うことで、救われる場合だってあるわけじゃない。
 『もうあの人が完全にいなくなってしまったわけじゃない、どこかでつながってるんだ』って、慰めになる象徴として使うなら、それは無意味なデカイ石だとは言えないでしょう」

私「お墓は生きてる人の心の平安のためにあるのね」
上の人(ガイド)「そう。だから全ての人に必要ってわけじゃないよ。こっちから見るとね。死んだ人とつながってる気分がほしかったり、供養することで免罪符がほしい人には大切なものじゃない」

私「確かに、私から見たら死んだ人のほうが肉体無い分いつでもコンタクト取れるから、別に墓なんか意味無いなって思うもんなぁ」
上の人(ガイド)「高次の感覚から言わせてもらえば、その通りなんだよ。でも、わからない人にはお墓は慰めになるからいいと思う」

私「ただ、そのために祟りを恐れて『ご先祖様が怒ってるんじゃないか』とか『墓を大切にしてない』とか罪悪感を持つのが馬鹿馬鹿しいのね」
上の人(ガイド)「本当さ、勘違いしないでほしいんだよね。死んだ人間が何でそんな俗物なんだよ。もう浄化された時点でかなり神々しいよ!
 生きてる人間と一緒に考えるから混乱するんだよ!死んだ人間って、ほんと生きてる人間の幸せ願ってるよ?生きてるうちはどんなにひどい性格だったとしても(笑)」

本人次第で墓すらいらない

私「じゃあご先祖様の祟りとか気にしなくていいのね」
上の人(ガイド)「うん、お墓や供養ってのは『生きてる人間が死んだ人のために何か出来るという満足』のためにあるんだ」
私「愛する人を失った喪失を埋めるには、儀式として必要な面もあると思う。
 だって『死んだら焼いて、ハイ、灰ばらまいておしまいにしま~す』とまで割り切れる人って少数派だと思うもの」

上の人(ガイド)「君は少数派ね」
私「ハハハ、うん。私、お墓とかいらないもん。死んだら何も残さずさっさと土に還るね(笑)」
上の人(ガイド)「墓が無かったら成仏できないとか、そんなことあるわけない。必要を感じないなら無いほうが身軽でいいんじゃない」

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