家族の絆が尊い理由


「親は無条件の愛を与えてくれる存在で、親は子を愛するものである」
こんな考えが正論で常識だと、どこか社会では思っているのではないでしょうか。

だけど、このような考えだと親も苦しむし、子も苦しみかねない。
何より、親へ反発する気持ちが一切芽生えないと、子どもは自立できない。そういう意味で「友達親子」というのは良くない。

逆に、「親なんて別に子どもに無償の愛なんて抱いてないし、そんなに大した愛なんてくれない存在なんだ」と思ったほうが、必要以上に親を恨まずに済む。
だって本当に「親が無償の愛をくれる尊い存在だ」っていうなら、世のほとんど人間は「うちの親はそんなのくれなかった!毒親だ!!」って言えますよ。そんな完璧超人な親なんて早々おらんのだから。

大人になると、冷静に親を「一人の人間」として眺めて「なんだ、大したことないじゃないか」と幻滅するプロセスが必要です。
それができない「偉大な人物」の子どもは、あまりにも大きな劣等感を背負わされてしまう。スンゴイしんどいです。だって、いつまで経っても親は「尊敬できる存在」として立ちはだかっていて、けして越えられないのだもの。そりゃいじけちゃいますよ。偉大な人間の子が問題や犯罪を起こしやすいのも、気持ちはわかります。親がスゴイって、プレッシャーだよね。

親は「無条件に自分を受容し愛してくれる存在」ではなく、「乗り越える壁」。
そう思えば、未熟で不満だらけの育てられ方をしても、精神的に折り合いがつくのではないでしょうか。「親は子を愛すべきなのに、そうしてくれなかった!!」ってずーっとずーっと恨むこともない。「ま、親なんてそんなもんさね」と、あきらめることができる。満たされないところはインナーチャイルドケアして自分で満たそう、と割り切れる。

下重暁子さんは講演でこのように述べています。


動画 30:00~
それで、子どもが成長するってのは一体どういうことかって考えてみると、子どもが成長するっていうのは、親を乗り越えていくことですね。大人を乗り越えていくことを「成長する」っていうと思うんですよ。まず一番先に、目障りというか目の上のたんこぶというか、権威として現れるのは親ですよね。最初の権威は親ですよ。その次学校行くと先生っていうのがあるし、まあお勤めでもしちゃうと上司ってのもあるかもしれませんけれども、まず最初の権威は親ですよ。
自分の最初にぶちあたる権威と戦わないってほうがおかしいですよね。気にならないほうがおかしい。反抗期のない子が最近多いってのは、こんな気持ちの悪いことは私はないなっていう気がするんですね。だって、親と考え方も違うし乗り越えていく時代も違うし、違うはずでしょう? それなのに同じってのが、不思議ですよねぇ。なにか、「いうこときいてイイコであるっていうのが良い」とされてますね。
「イイコ」なんてろくな子じゃないですよね、と私は思ってます。
親から「イイコ」、大人から「イイコ」と呼ばれる子に、ロクな子はいませんね。ロクな子になりません。

その通りですよね。
親は目障りな権威であって、嫌な存在。重石。愛して許してくれる存在なんかじゃない。
そう思えば、サッサと親離れして自立する気にもなりますよね。

だけど、どうして「親は子を愛しているものだ!」なんて社会通念が大手を振って歩いているのでしょう?
そのヒントは「国家」にあります。

民俗学の本を読んでいると、昔の人の生き方の適当さにあっけにとられるんですよ。「えっ、それでいいの!?」って腰が抜けそうなくらいのユルさ。親子関係にしてもそうで、スンゲエ適当です。そんでなんとかなってる。

そんな濃い情愛なんかない。生活のために協力はするけど、お互いの領域に踏み込んだりせず、正直心なんてあんま通じ合ってない。だけど生活は成り立つわけで。女が本音を明かしたいときは村の同年代女コミュニティ内で愚痴りあっていたわけで、心が通じるっていうなら家族よりもそこの仲間のほうがよっぽど通じてるわけです。

武士の家は厳しかったでしょうけれど、庶民はユルかったんです。スゲエ適当だったんです。子どもなんてドンドン生まれてドンドン死ぬから、「まあ運が良かったら生き残るかもな」くらいのノリだったんです。
一生懸命手をかけてハイスペ人間に育てなきゃ親の人生も詰む、なんてことはなかったわけです。

だけど、「親は素晴らしいもの!孝行しなさい!家族の絆は何より尊い!」なんて現実とはかみ合わない観念が生まれた。

なんのために?
徴兵と徴税のためです。

近代国家にとって家族が重んじられる理由の第一は、なんといっても徴兵制と税金の問題です。この家族の、この父が、この母が、この息子を産んでと、ちゃんと家族構成がわかってないと、徴兵制というものは成り立ちませんし、税金も取れません。
近代国家ができて、近代家族が成立しました。逆にいうと、そういう強制でもないと、家族がまとまる必要は一つもありません。

母親幻想 改訂版 かつて親子の縁は薄かった P47

これ、日本だけじゃなくて欧米もそうです。
ゲッベルスとナチ宣伝戦―一般市民を扇動する恐るべき野望 (光人社NF文庫)

ナチス・ドイツはヒトラー自身は独身だったので、わざわざ側近のゲッベルス・ファミリーを「理想像」に仕立てて「家族の絆は良いぞ!」プロパガンダをやってました。夫妻ともに不倫して最後は子ども全員に毒盛って殺すくせに、理想の家族ぶってたんですネー。

家族の絆が尊いのは、そう思っててくれれば国家にとって都合が良いからです。
さきほどの下重さんの講演では、このように言及されています。

【動画】41:25~
「いい家族」っていうのを目標にして「いいお父さんお母さん子ども」っていう役割を演じていると、誰が一番喜ぶと思いますか?
国が一番喜ぶわけですよね。
国が「いい家族」――通称ですよ。私はいいと思ってないんですけど――いい家族があることを望んでいるわけですから。要するに、家族っていうのがまとまっていてくれて、疑いを持たず、お互いに信じあっててくれるような家族だと、一番管理しやすいわけですね。管理しやすいものが国にとってありがたいわけですから、管理しやすいのを大事にしたいと思ってる。

だから、「家族は大切だ!親は子どもを愛するものなのだ!家族の絆は何よりも尊い!!」って思想が重要視されるのです。都合の良い奴隷を量産できるから。

だけど、親って、そこまで子どもを愛せるもんですか?
いやまあ、何パーセントかは無条件の愛で包み込めるかもしれませんね。だけど、大多数の親は自分の仕事や生活で手一杯で、子どもの心にまで気なんか回らないのじゃないですか?


私はね、盆や正月に親族一同で集まった時に「みんな心がないなあ」と感じていたんです。みんなロボットで「正月(盆)にすべきこと」をやるから、表面上はとってもいい家族に見えるんですけど、全然なんか心が無いんですよ。どこにも。

叔母だけは「アンタたちなんて来たって迷惑なんだからっ!母さんは本当は子供なんか好きじゃない人なんだからねっ!!」とヒステリックに当たってきたんです。それが唯一「ああ、この人には心があって本音を言っているなあ」と感じたくらいで。
他の人たちは表面だけニコニコしてて非常に穏やかな心の無いロボット。親切だけど感情がどこにもない不気味な生き物。それが、私の親族に対する印象でした。

私の家は父方も母方も非常にお固くて、はたから見ると「立派なちゃんとした家」だったのではないかと思います。父方の本家は町長もやってたし、大叔父は大学教授や区長だったし、はとこはオリンピックで金メダル取ったし。

だけど、私には居心地が悪くて、みんな非人間的に見えた。
名を上げる人もいたけど、精神を病む人も同数くらいいた。まさに光と闇。山崎豊子の華麗なる一族ほどじゃないけど、光が強いと影も濃くなるものなんですなあ。

で、「血のつながりは尊い!絆は大切なものだ!」って言い出すと、あの人たちの心の無さが許せなくなっちゃうんですよ。「アンタたちは愛の無いロボットだ!ヒドイ!」って。でも、「血がつながってたって、そうそう愛なんか無いもんよ」と言われれば「まあそうか。あの人たちに期待しすぎていたな」と恨むこともなくなる。

国家的には「家族の絆が大事だ!」と言いたいんでしょうけど、多くの庶民にとっちゃ「国のために家族やってるわけじゃないし。知らんがな」って話なんですな。

デフォルト(明治よか前)では、もっと家族なんてユルユルのもんだったんです。農民は気に入ったらくっついて嫌になかったら離婚で、後家さんは自由にムラの若衆とセックス(夜這い)しまくりで、父親のわからない子どもでも平気で産んで育てる。
非常に適当だったわけですよ。それこそが本来の姿なわけですよ。

それを「家族は大事だーっ!!」ってガッチリ固められちゃったら、親だろうと子だろうと、もう苦しくて仕方ないわなって話で。
しかも「親は無条件の愛を子どもに与えるはずなのに、お前は与えてくれなかった!!!」っていう余計な恨みまで買ってしまう。そもそも無条件に子どもを愛するなんて無理ゲーなんだから、んな幻想は持たないほうがお互いのためなのに。

どんな親に育てられたって、不満は残ります。
その満たされなさは、大人になってから自力で埋めたほうが断然手っ取り早い。
そして、「親なんてそもそも満足に愛してくれないし大した存在じゃないんだ」って現実的に思ってたほうがいい。「本当は親は自分を愛すべきなのに愛してくれなかった!」っていう余計な恨みを抱かずに済んで楽だから。

そして、親孝行なんてする必要性もない。「子を育てる」という経験を与えただけで十分でしょ。こんな世の中に生み出されただけで大変なのに、なんで親に感謝なんかせにゃならんのだ。そもそも意味が分からんぞ。

家族の絆なんて、国にとってはありがたいけど庶民にとっては大したことないモンです。むしろ儚いもんです。血がつながっていたって、縁の切れるときは切れる。

愛は親に求めるんじゃなくて自分で与えましょう。それが一番確実です。

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2017年12月05日 | Posted in 人生:スピリチュアルブログ | タグ: , , Comments Closed 

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