ありのままの自分を、わかってもらお


「ありのままの自分をさらけ出すことが大切っ!!」と思って、ただただ自分が思ったことを垂れ流す人がいます。
すごい迷惑です。SNSやブログでただ垂れ流してる分にはスルーすればいいだけの話ですが、面と向かってそんなことをされたら「えっ、だから何なの…」とどういったリアクションを取ればいいのかわからず、ひたすら困惑させられます。

星野源さんは、コミュニケーション能力が低いのを人見知りのせいにするのは言い訳に過ぎないと両断しています。全くその通りです。
【参考】星野源「人見知りは相手に失礼」と持論 「耳が痛い」「心に刺さる」と話題に – しらべぇ | 気になるアレを大調査ニュース!

わたしだって「ありのまま」にしてたら、ただのコミュ障の電波なオバサンです。
だから、人とコミュニケーションをとるときは、相手の波長にまず合わせて、相手に伝わるように言葉や表情、ジェスチャーを調整します。

子どもなら使う単語をやさしく、センテンスを短めに。お年寄りなら、大きくハッキリ発音し、田舎の人相手ならあえてなまりを入れる(なまったほうが話が弾む)。耳の遠い人ならジェスチャーを大げさにする。
男の人相手に話すときは、まず結論ありき。その後に枝葉末節を告げる。女の人相手に話すときは、その話題に対してどう思っているのか(どう共感してほしいのか)スタンスをわかるようにしてから話にはいる。

これくらい、「相手に伝わるように」情報を加工してから伝えるようにしています。
加工しなきゃ、他者に伝わらないのです。「ありのまま」をそのままさらけだしたって「え……あの………」とドン引きされて終わってしまいます。

だってさー考えてみぃよ。いくら「ありのままの自分」ゆうたって全裸ヌード見せられたらどう思う? 引くでしょ。「ありのままの私をさらけ出すっ!!」てのは、精神的に全裸になってるようなもんなんだよ。わき毛ボーボーのまま。

「ありのままの私を受け入れて」
なんていう女はムシがいいのよ。
ありのままのお前がなんぼのもんじゃっていうのよ。
なんの努力もしないで、ずうずうしい。
例えば畑の大根だって、
引き抜いて、泥を落として、皮をむいて、千切りにするなりして、
お皿に盛って、「はい、召し上がれ」って、
それで美味しく受け入れられるんでしょう。
泥だらけの大根を突き出してさあ食えって、失礼だと思わない?

「ありのままの自分」が悪いわけじゃなくて、そのままを受け入れることは大切です。だけど、それを他者に開示していこうと思うならば、「ちゃんと他人に伝わるように加工して出す」という心遣いが必要になるのです。上の美輪さんの表現でいうなら「大根生で出されたって困るから調理して出して」です。


例えば、私は二次元のカワイイ女子が大好きです。だけど、これってかなり特殊な性癖で、「ありのままに」伝えたところでまず理解してもらえません。「加工」が必要なのです。大根を生で出すのではなく、煮る必要があるのです。

二次元女子の良さを伝える場合、私は「二次元の女の子はマジ癒されるから」と言います。「二次元女子ってさ、みんないい子なのよ。女同士の同調圧力とか全然ないしネチネチもないのよ!『あーん、○○ちゃんいい子ー!大好きー♥』で終了なのよ」というと、大抵女同士のドロドロで疲れたことのある女性は納得してくれます。「ああ…確かにあれがないのはいいね…」と遠い目をしてくれます。

私はおっぱいが大好きで、巨乳女子も大好きです。
おっぱいが大きな女の子を見ているだけで癒されます。だけど、これも基本理解されません。

特に男の人相手だと全然通じません。なぜなら、男性にとっておっぱいは「エロ」だから。でも私がおっぱいを好きなのは性的なシンボルとしてじゃないんです。おっぱいは、癒しなんです!!
アイマスのあずささんのたゆんたゆんしている乳を見るのは、癒しなんです!!エロじゃないんです!!!!

女同士だと「わーおっぱい大きいーさわらせてーキャー♥」ということも余裕でできますが、その時にレズビアン的な性的興奮は全くないのです。ただただひたすら癒し。猫やビーズクッションさわっているときと同じ「柔らかいものを触っている心地よさ」なのです。

――と、ここまで「加工」してようやく情報が通じます。
ただ「二次元女子好き」とか「おっぱいは癒し」とありのままにさらけだしたところで、ほとんどわかってもらえないのです。

「ぼわーんと、なんとなく」じゃ、この世界では伝わらないのです。もっとビビットにわかりやすく理論だてて説明しなければならぬのです。左脳と右脳を、両方バランスよく使うことが求められます。

「なんとなくモヤモヤしてスッキリしない」の、その「モヤモヤ」は何なのかを自分で考えてください。
それこそ「内なる声につながるプロセス」でもあります。すごく大切なことです。

そして、自分の内部でつかまえられたそれを他者と分かち合いたい(外に向かって表現したい)と思うなら、「相手にとってわかりやすい言葉」に翻訳してください。

そのまま「自分語」で話さないでください。同じ日本語だからって通じるわけじゃないんです。頭の中に思い浮かんだことをそのままつらつら並べてるだけじゃ、相手には伝わらないのです。

コミュ障ってのは「自分語」で話すからコミュ障なんですよ。自分用の言葉しか持ち合わせてない(自分のことしか考えていない)から、人と上手くコミュニケーションが取れないんです。

相手が受け取れるように球を投げない。自分が投げたいようにしか投げない。相手が受け取れる形に言葉を加工して、投げねばならないのに。
テニスだってバドミントンだって、ラリーを続けようと思うならロブやスマッシュばっか打ってちゃいけない。乱打は、返しやすい球を相手のいるコースに打たなければならない。

コミュ障にはその気遣いがないんです。
ただただ「ありのままの自分をさらけ出せばいい!」と思っている。
それ、いきなり全裸見せるようなもんだって。迷惑ですねー。


自分の中のモヤモヤを整理してください。
部屋だって散らかりっぱなしだったら、どこに何があるかなんてわからないんです。自分の心の中だって整理せずそのままだったら、相手にわかるように説明なんかできないんです。

「私、自分のことわからなくってぇ」なんて、自己に対する怠慢ですよ。
何よりも自分自身が自分の理解者であるよう努めることなく、なぜ他者からわかってもらえると思うのか。無理ですって。まずは自分で理解してください。そのためには整理(言語化)してください。

他者にわかりやすく説明する時に使えるのが、プレゼンのテクニックです。何を明確に(言語化)すれば他人に分かってもらえるのか、どのポイントを押さえればいいのかがわかります。もちろんプライベートだけではなく仕事でも使えます。

「ありのままの自分」を人にわかってもらいたいあなたは、ぜひ一度プレゼンを勉強してください。加工技術無しじゃ、ありのままの自分なんてまず伝えられないのですから。

2017年11月27日 | Posted in 人生:スピリチュアルブログ | タグ: , , , Comments Closed 

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