殺人とセックスは、近い。

「ナンパは自傷」
この言葉で、「そういうことか!」と納得がいきました。
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どうしてナンパ師が即れる(セックスできる)ようになったのに精神的にドンドン病んでしまうのか、そしてなぜ彼らがメンヘラビッチとばかり引き合うのか、この言葉で合点がいったのです。

女だけでなく、男もセックスによって自傷しているのです。

セックスによって病んでいく人たち

何千年ものあいだ、人は性について理解していなかった。セックスのことは非常に良く理解していて、それが子供を作る行為であり、立派に役立つのは知っていた。しかし、性が個人にどんな影響を与えるかということは全くわかっていなかったのだ。
ジグムント・フロイトら今世紀の研究者が性について研究するまで、人間の一生にセックスがどんな役割を果たしているのか、本当のことは何一つ知らずにいたのである。何千年間も、真の意味でセックスを研究してこなかったのだから、理解できるはずもなかった。

セックスを研究するのは自分自身を研究することであり、そのために客観的な観察が難しい。神話と偏見に満ちたこの分野は、個人の自我や自尊に大きく関わっているだけに、とくに研究が難しいのだ。

戦争における「人殺し」の心理学
第一部 殺人と抵抗感の存在 第3章 なぜ兵士は敵を殺せないのか

戦争における「人殺し」の心理学では、戦場の殺人の話のはずがセックスの話も頻繁に出てきます。
それくらい、殺人とセックスには共通項があるということです。

「夫(妻)とセックスするなんて近親相姦みたいでいやだ」という人がいますが、そういう人は、もしかしたらセックスのそういう攻撃性を敏感に察知しているのかもしれません。殺意を夫(妻)に向けたい人は、そうそういないでしょう。むしろ、愛しているのだから。

死と性は同じ属性のものであるという考えは、西洋占星学にもあります。蠍座・冥王星/火星・8室の領域が「性と死」を示します。セックスを観るのも、死を観るのも、西洋占星学では同じポイントを使うのです。だからグロスマンが殺人について語るときにしょっちゅうセックスを持ち出すのが、西洋占星学的には非常に興味深い事象(いや、むしろ当然というべきか…)と感じました。

銃剣、槍、剣で武装するとき、その武器は自然に兵士の体の延長、つまり付属物になる。(中略)身体の付属物で敵の体を刺し貫くのは、いくらか性的な意味合いを帯びた行為である。敵の肉体に触れ、刺し貫き、自分の体の一部をその体内に突き通すのだから、これは性行為にきわめて類似している。そんな方法で人を殺すことに対して、人間は強烈な嫌悪感を覚えるのである。

戦争における「人殺し」の心理学
第三部 殺人と物理的距離 第17章 視察距離での殺人――「ごく私的な残忍性」

この指摘は、女性がみると「……???」と首をかしげるかもしれません。女としては、正直実感が持てないでしょう。刀剣女子を「男性器のメタファーとして刀を愛しているのだ!」と評するオッサンがおりましたが、この指摘も「???どうしてそこにつながるの?」と思ったはずです。

男の人は、自分の性器を「ムスコ」と呼びます。女の人で自分の性器を「ムスメ」と呼んでいる人を、とりあえず私は今まで目撃したことはありません。「武器は身体の延長、付属物」というのと、「ムスコ(性器)は身体の延長、付属物」というのが、女の感覚だとイマイチピンと来ないのです。だって、体は全部身体で、別に延長もクソもないし、料理するのに包丁持ったからってそれが自分の手指だとは思わんわって言う。
「妻は自分の手足のようなものです…そう、自分の延長、付属物です。それはそれは、愛しいものです」という言葉に、女は心底ゾッとします。「いや、私は私であってアンタの延長でも付属物でもねーよ!別・人・格!」っていう。「延長物」という概念が、全くなじまないし、理解できない。

男にとっちゃ、刀はチンポと同じらしい。刀なんて、「人を傷つける武器」なのに。チンポも人を傷つける武器???
しかし、そう考えるとものすごく合点がいくわけです。女はセックスを愛だと思い込みたがるし多くの女性向けメディアも「愛してるから抱きたいんだ!」幻想を振りまいてきました。が、セックスはどう見ても愛じゃない。ただの性(繁殖)行為。


セックスした後の男は、女を愛おしいとは思っているようには見えません。そう見えるように取り繕う(気を遣う)男はいますが、本質的には「賢者タイム」で「なんで俺あんな必死になって腰振ってたんだろう、バカバカしい」と射精後特有の心理で醒めきっているようにみえます。「そんな方法で人を殺すことに対して、人間は強烈な嫌悪感を覚える」と殺人についてグロスマンは書いているけれども、実はセックスに対してだって多少なりともそう感じているのではないでしょうか。やったあとにガックリくる、賢者タイム。OSHOのいう「谷のオルガズム」なんて感じている場合ではなく、ただただ虚しいばかりの嫌悪感。

「銃は力なんだ。その手の人間にとっちゃ、銃はいつでもおっ立ってる逸物みたいなもんなのさ。引金をひくたびに完全にイってるわけよ」。銃を所持し、発砲してきた多くの男たち、それもフルオートの銃を好む男たちは、胸のうちでは認めているに違いない――銃弾の奔流を爆発的に射出するときの力と快感は、奔流のように勢いよく射精するときの感情に通じるものがあると。

戦争における「人殺し」の心理学
第三部 殺人と物理的距離 第19章 性的距離での殺人――「原初の攻撃性、解放、オルガズムの放出」

男にとっちゃ、銃はチンポと同じらしい。銃なんて、「人を傷つける武器」なのに。チンポも人を傷つける武器???
男がセックスをすると「どうだ、まいったか!おれがやっつけてやったぞ!」と思っているのでは。まるで「銃を撃った」かのように。もっとわかりやすく言うなら「征服欲を満たした」。
それがホモソーシャルな「男ってのはそういうモンだ!」という肯定感あふれる環境で単純に「うん、それが男だよナ!」と思い込める男性は、全然何も考えないだろうし疑問にも思わないでしょう。だけど、ある程度感性の鋭い男性だと「なんで俺こんなアホくさいことして、あんなアホなこと考えていたんだろう。最低だ」と思ってしまうのでは。性欲に支配されている最中は何も考えられずただ性欲に引きずられているけれども、射精した後に一気に「正気」が戻ってきてしまって、自分の醜さ愚かさに呆然とする。
【参考】決定版 感じない男


もしそうだとするならば、女のセックスの世界とはあまりにも違う。もっと女のオーガズムの世界は肯定的。ものすごく満たされるし、幸福感はずっと続く。下手すると次の日も満たされています。パートナーがいなくとも、オナニーでも当然同種のオーガズムが得られます。
ここまで差があったら、わかりあえなさすぎる。射精したとたんヘロインが切れたように冷たくなる男の生理なんて、女には全く別世界。男が自殺しやすいのも、あのすべてに包み込まれるようなオーガズムの幸福感が得られないのが一因にあるのでは。射精するたびに賢者タイム・虚無感を抱いてたら、生きてるのはつらかろうて。

男にとっちゃ、剣はチンポと同じらしい。剣なんて、「人を傷つける武器」なのに。チンポも自分を傷つける武器???
「ナンパは惨めな自傷行為だ」という言葉を目にするまで、私は理解できませんでした。ナンパ師が女とセックスできるようになったにもかかわらず、なぜそろいもそろってあんなに精神を病んでいくのかを。
だって、普通に考えたら「女とヤれる俺しゅごーい!俺様最高ウェーイ!」で自己肯定ハイパーになってメンタル強くなりそうなもんじゃん。そうじゃないのよ。彼らは女とヤればヤるほど病んでいくのよ。なんか月曜のホームに飛び込みそうな雰囲気になっていくのよ。「だ、大丈夫……?」っていう。No more MAGURO.

でね、ナンパ師が即る相手がメンヘラばっかりだったのも謎だったんですよ。スピリチュアルな法則からすると、「同じレベルの相手と引き合う」わけです。ナンパして自分に自信がついて男として成長できていたら、もっとポジティブで情緒の安定した素敵な女子と引き合うはずでしょう?
なのに、どう見てもナンパ師の相手はメンヘラ女ばっか。で、ナンパ師本人もどんどんどんどん心を病んでいく……。

いやはや、自傷行為としてセックスを使うのはメンヘラビッチの特徴だと思っていたけれども、ナンパ師の男性もセックスを自傷の手段として使っていたとは!!

セックスは強烈に生命エネルギーをゆさぶる行為であるがゆえに、ものすごく恐ろしく毒にも薬にもなる。性エネルギーを利用して精神性を高めたタントラも、それゆえに危険視されて禁じられてしまった過去がある。

セックスに対して適当でいい加減なのは、本当に良くない。危ない。
もっと、みんな、セックスを真剣に考えたほうがいい。
これじゃ、セックスのせいで気がついたら精神病んじゃうよ。

セックスと殺人(死)のエネルギーは表裏一体なんだから、もっと注意深くあらねば。実際「人生セックスしてナンボ!」っていう人、中年以降に自殺しやすいし……気を付けてー!;w;

どんな性癖があるかとか、どんなセックスをしたがるかとか、一番自分の根本的なトラウマが映し出されていたりします。そこに向き合わないで性欲のままにただただ吐き出してたら、まったく成長にはつながらないよ。それどころか人生が虚しくなるばかりだよ。
【参考】セックスを真面目に考えよう

自分を大切に扱うということ


セックスで自分を粗末にしてボロボロにするのと似た行為があります。
「激しい消費行動」です。

私は、ほとんどものを持たず余計な荷物全部に拘束されない幸せな人は、幸せは頭の中にあることを知っている人で、そうでない人はどこに行っても幸せを手にすることができない、ということに気がつきました。
(中略)
しかし私たちが消費者文明をを作り出してからというもの、経済は常に成長し続けなければならなくなりました。
経済が成長しない場合は、それは悲劇なのです。私たちは山のように必要のないニーズを作り出しました。
新しいモノを買って、古いモノを捨てる・・・
それは私たちの人生を無駄遣いしていることになるのですが!

人や物を簡単に使い捨てること。これも広義の自傷行為と言えます。だって、巡り巡って自分が粗末にされるのですから。
ものを粗末に扱う人は、人からも粗末に扱われる。自分を粗末に使い捨てる(適当なセックスをする)人は、人からも粗末に扱われるのと同じ。

私が「パワーストーンを何個も買うな、手元に来た石とは何年もじっくり付き合え」というのもこの理由です。
【参考】思い通りの人生を生きたいなら

人から大切にされたいなら、自分を大切に扱わなきゃならない。そして、そもそも、「どうやったら自分を粗末に扱うことになるのか」を知らなきゃならない。

使い捨てのセックスをしたら巡り巡って社会から使い捨て人間にされるのにも、気づかなきゃならない。
そして、自分の抱えている闇に気づかなきゃ、魂は救われないよ。セックスという行為は、殺人並の闇を包含することだって、可能なのだから。

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2017年10月30日 | Posted in 人生:スピリチュアルブログ, 恋愛・結婚:スピリチュアルブログ | タグ: , Comments Closed 

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