あなただって、超能力者なのよ


ただの人間には興味ありません。
この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、私のところに来なさい!

――涼宮ハルヒ

と、いきなりドギツイ始まり方をしました。でも、実はこのハルヒの求めている「能力者」って、言ってみればクラスメート全員なんですよね。
あなただって、そう。
みんな、人間にはそういう能力が備わっているんだから。

どうしてあの人はスピリチュアルを信じてくれないの!?

「スピリチュアル好きあるある」として、「変人扱いされる」「理解してもらえない」というのがあると思います。特に、理性こそが至上の合理主義者は、魂だの輪廻転生だの言ったって「バッカバカしい!」と、聞く耳を持ってくれません。

中島岳志・北海道大学准教授は、神秘的な考えに惹かれていく自分をこのように描写しています。

私は、保守と仏教の根本にある人間観に惹かれ、その思想を吸収していこうとしました。
しかし、この決断には、多少の勇気が必要でした。
なにせ、これまでの自分の考え方は「間違いだった」と認めねばならず、さらに理知的に把握しきれない世界と向き合わなければならないという底なしの不安を引き受けなければならないわけですから。

この「理知的に把握しきれない世界と向き合わなければならないという底なしの不安」という表現。スピリチュアル好きからすると「は?」って感じで、たぶん、ほとんど理解できないと思うんですよね。「いや、理論でわからない神秘の世界こそオラ、ワクワクすっぞ!」だろうから。

だけど、スピリチュアルを頭ごなしに否定してくる人のメカニズムは、まずここです。理解しといて損はないです。相手は目に見えないものを否定したいんじゃなくて、「不安を刺激されてしまっている、かつ、それを素直に認められる心の柔軟性はない」ということに。年配の頭の硬い男性なんて大体このパティーンやろな。

だから「どうして!?生まれ変わりを信じれば生きるのが楽になるよ!」なんていったって、意味ないんです。相手は「そういうものを見てしまうのが不安」「そういう世界に投げ出されるなんて怖い」と思っているのだから。

「ええっ、どうしてそんなに目に見えない世界が怖いのかしら!理解できないわ!」とおっしゃる、そこのあーた。
ええ、そこのあーたですよ。スピリチュアル信じてる、あーたですよ。
だけど、そんなあーたも、「えっ、そんなわけはない!」と否定するんじゃないですか?
「あなただって、実際にもう感じているし、見えているのよ」というと。

「ほら、あなただってこう感じてた。それって他の世界とつながっていたのよ」なんて言われたら
「えっ、ウソッ、気のせいですよ!」って、言いたくなりません?
ゾワッてして、逃げたくなりません?

それは未知だから(実は既知だけど)。
霊的な世界を認識するのを、ものすごく怖がっている自分に、気がつきませんか?

スピリチュアルは、怖い

私はこの「ガチの神秘体験からは逃げたい気持ち」がすごくよくわかります。だって、自分自身が「見えてない!見えてない!!私は何も見えてない!!」と否定して逃げ回っていましたから。(詳しくはリピータールーム – 私の神秘体験で)

周りの友達がなぜか霊感のある子ばっかで、付き合った彼氏がなぜか代々陰陽師の家系だったりしても「えぇ~みんなすごぉーい☆私って全然霊感ないんだよねー★」なんてボケてました。類友だっつの。
みんなが見えてないのに自分一人だけは光が見えてても、金縛りにあって目の前に光の幾何学模様が浮いてきても、枕元に金髪の男の人が超笑顔で立っててフッと消えてもそんなのは全部気のせい疲れてたんだで済ませていました。強引過ぎやろ……。

いやなんです。
見たくないんです。
逃げたいんです。知りたくないんです。放っておいてください!!!

が、当時の私の本音でした。その本音すら、出てしまったら「実はわかってること」を自分で認めざるを得ないので、本音の存在自体を否認するわけです。
「えー、私、何も、見えなーい★能力のある人って、すごいねー☆」

結構異次元となんて、つながってるもんです。簡単に。ニュルッと。
そう、君も今日からリゼロでレムりんとランデブーだ!(ちょっと違う)

だけど、みんな、気がつかないふりをしている。
スピリチュアルなことに興味があって、前世を信じてる人すら、「見えないこと」にしている。
なぜなら、怖いから。底なしの井戸を覗き込むような、そこに吸い込まれてしまうような、恐怖があるから。

ホロスコープコーナーでゴリゴリ推してる完全マスター西洋占星術の著者、松村潔先生はこう述べます。

「地底や次元と次元の狭間で活動したりと、わたしたちの“目”に触れることがないよう」という記述は、目に触れることがないようにというのと同時に、わたしたちが目にすることがないよう、私たちも努力していることでもある。
(中略)
わたしたちの身体をいま誰かが通り抜け、そのために気分が変化したとしても、誰かが通り抜けたことには、わたしたちは気がつかないのだ。
(中略)
「おかしくなった、何かちょっと勘違いした」というように、情報は枠外に追いやられる。つまり、わたしたちが目にすることがないよう、わたしたちも努力しているというわけだ。
(中略)
わたしたちは、強い緊張によって私たちの世界に没入しているので、それ以外に目を向けることがない。これはもっぱら教育によるもので、明治時代以前はもっと開かれていたはずだ。

そう、私たちは「見えないふり」「気づかないふり」があまりにも上手いのです。要するに「まっとうな(特殊能力のない)人間ぶる」のが。ちょっと神秘体験してもすぐ「気のせい」にして片付ける。スピリチュアルな本に「このようなパワーは、誰もが生まれつき持っている力です」って書いてあっても「んー、でも私にはないと思うー★」で片づける。

あ る の に。
全員がハルヒの元に行っていいのに。

多くの人がなぜスピリチュアルを避けるのだろうと思う前に、あなた自身が避けていないか考えてください。割と避けてます。割と見えてます。割と感じてます。

まあ、ありていの言い方をするなら、アレだ。
「人は自分の鏡である」
あなたが心の深いところでスピリチュアルを避けているから、周りの人も「魂なんか無いよ、死んだら終わり」っていうんだゾーイ。

避けるなよ。
君だって神秘の源泉なんだよ。
君だって立派な能力者なんだよ。そもそも人間はそういうものだ。

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2017年09月27日 | Posted in 読むヒーリング スピリチュアルブログ | タグ: , , , , Comments Closed 

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