「自分にとって心地よい場所」をつくる

buildings
この頃つくづく思うことがあります。
私にとって「スケール」とはデメリットだな、大きな組織って心地よくないな、と。

リーマンショック前までの「グローバル化って素晴らしい!」という無邪気なテンションだった頃、ビジネスシーンでは「スケールメリット」が声高に叫ばれました。
【参考】「規模の経済」と一緒に覚えたい!「スケールメリット」の意味と使い方とは? : 意外と知らないビジネス用語の正しい意味と使い方

一行で言うなら
足りない事業は買収!育ったビジネスは売却!規模の大きいことはいいことだ!
みたいな感じです。

SNSのフォロワーは多いほうが影響力が大きくてよいし、コミュニティの大きさも大きいほうがいいに決まっている!それでこそWIN-WINの世界を築けるのだー!!
みたいな。そういうイノセントなテンション。

でも、本当にそうか?
少なくとも、私個人にとってはスケールが大きいって、快適じゃないぞ?
そういう疑問がふつふつと湧き、最近は「スケールって、実はデメリットだ」という確信に変わりつつあります。

小スケールのビジネスは、たのしい!

たのしい

私は、相当好き勝手に生きています。
好きな時に休んで好きな時に働いてプラプラと生きています。

もちろんセッションの予約がある時はお客様に合わせて時間を融通しますが、それ以外の細かい仕事(事務処理やホロスコープの作成、パワーストーンアクセサリーの作成など)はできるときにやればいい。やりたいときに、こなす必要がある期限までにやればいいのであって、「この日に何をしなければならない」は非常に少ない。
2~3月をのぞいては、ね!!!!!!この時だけはさすがに目が血走ってます…。

しかもね、自分ひとりで作業するわけだから、傍らで何やってもいいんですよ。
ルームウェアでいいし化粧しなくてもいいし、寒いと思ったら湯たんぽ作って持ち込んでもいいし、エクセルに数字打ち込みながら別窓でゲームやってたっていい。やることさえやれば、あとは自分のペースで好きにしていい。

こんなに快適なのも、私のビジネスが小さいからです。
これがちゃんと株式会社化して社員も雇ってメディアに出て本も出してイベントやって、なんてなったらこうはいきません。スウェットで社員の前でパソコン見ながら「提督ゥ~バーニングラ~ブ!」とかミニスカートの美少女に言われつつゲームはさすがにできません。立場上まずいです。そんな社長の元で社員は真面目に働いてくれません。

一人で地味にやってるから、ここまで自由であれるのです。スケールがでかくないから、快適なのです。

スモール・ビジネスこそが幸せだにも書きましたが、私は若い頃大きな組織で働く機会が何度かありました。
ビジネス本で言われるところの「スケールメリット」を享受してきたと思います。大きな組織に属するだけで、得られる恩恵を肌で感じてきました。別に自分の能力がすごいわけでもないのに人がペコペコしてくれるなんて経験もしてきました。

でも、それと同時にすんごい息苦しかった。その組織の一員として「あるべき姿」からはみ出てはならなかったから。おぎょうぎのよい「真っ当な社会人」でなければ、居場所はなかったから。
組織のスケールが大きければ大きいほど、この「真っ当」「普通」であることの締め付けは強くなります。ポリティカル・コレクトネス命。「子供と書くなんてとんでもない!子どもと書かねば!! 障害ではない!障碍である!!」みたいな世界。

Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2016年 11/22 号 [ドナルド・トランプの世界]

今回アメリカ大統領選でトランプ氏が勝ちましたよね。高学歴高収入の白人はトランプ支持率が高かったそうです。その理由も理解できます。そういうおハイソな人たちは、「言ってはならないこと」がすごく多い。「こうふるまわなければならない」という型にがんじがらめにされているから。
例えば「Oh my god!」とかいうと眉をしかめられるんですよ。Godなんて軽々しく口にしてはならないんですよ。「Oh my gosh!」とか「Oh my goodness!」とかいわないと育ちが悪いと思われる。強い否定を表したいときにも女性だと「No」というのはキツイ印象を与えてしまうから「Most certainly not」「Absolutely not」って言えとか、もーーーー!!!だから、何!!!とブチ切れたくなるような細々細々した枷が大組織に属するおハイソな方々にはあるわけです。社会的に「こういう受け答えをせねばならない」という型がガッチリあって、個性もへったくれもあったもんじゃない。だからトランプが「移民出てけ!」って言ったら「うおおおおお!!」ってものすんごい解放感、カタルシスを得るわけです。莫大な「正しさ」に抑えつけられていたから。

スケールが大きくなってメリットが大きくなればなるほど、息は詰まっていく。
その息苦しさに耐えてもなお得られる権力に魅力を感じられる人にとっては、スケールは間違いなく「メリット」でしょう。
でも、私にとっては価値無いです。そういう勝ち組になったほうが不幸だわ。

大集団は、たのしくない!

children

今、アニメ「ユーリ!!! on ice」にはまっていることは世界は、もうちょっといいところになるかもしれないに書いた通りです。
でも、私はユーリ!の国内ファンダムで友達を作ったり交流をするようなことはまずないでしょう。ユーリクラスタの性格が悪いとかじゃないですよ! そうではなくて、単純に人が多いからです。人が多いと、私はたのしくないのです。

人が多いと絶対変な人が湧いて出てくるし、意見の対立で荒れるし、ルールでぎちぎちにしないと収拾がつかない。結果、息苦しくて楽しくない。
少人数だと「あなたはそうなのね、私とは確かに違うけどわかったわ。そういう意見もあるって聞けてむしろ良かったわ」が簡単にできるけど、大人数だと大きなうねりになっちゃって「お前は違うー!!私が正しいー!!」と怒鳴らないと自分のスペースが確保できなくなる。そんなのそもそもしたくない。つら。

飲み会でもそう。2~3人がベスト。10人もいたら、その飲み会は絶対に楽しくない。いるメンバーの性格がいいか悪いかとかそんなこと全く関係なく、たのしくない。
私にとって大人数は鬼門なのです。少人数こそ、快適に過ごすコツ。

だからオタク友達を作るときは、できるだけマイナーなジャンルのマイナーなカップリングやキャラのクラスタと仲良くします。そうすれば、間違いなく快適なのです。相手の性格がちょっとアレだったり空気が読めない子であったとしてすら、大して問題になりません。「まあこっちだって変人だからねーワハハ」とお互い寛大に許容できます。簡単に。

大きな集団だと、こうはいかん。
たった1つの例外を許してしまうと100の問題がなだれ込んでくるから。

だから、私はこれからもマイナーにニッチにマージナルに地味に生きていきます。そうすることで「自分にとって心地よい場所」が作れるからです。
スケールは、デメリットです。

関連記事