「いつも笑顔と感謝★」で好感度はダダ下がり

ベッキーが脱ぎました。

女性っぽい(恋愛体質→不倫してそう)イメージを払拭して、まるで少年のような雰囲気です。私は一つの作品として、この写真の透明感が素敵だなと思いました。

ですが、この写真広告に対するベッキーのコメントが。ががが。

素敵な広告にするために、制作チームのみなさんと相談をして、新しい髪型にしました。
この出会いに心から感謝しています。
http://instagram.com/p/BK7H96wjIux/

あかん。
あかん。
いや、あのベッキー本人じゃなくて、周りのマネジメントチームがちゃんと教えてあげないと。「その優等生っぷりがダメなんだよ!!」と。もうベッキーは「感謝」をNGワードにしなきゃアカン。いちいち感謝すんな!!いくら良いモノ作ったって感謝し続ける限り鬼女様はアンタを叩くだけだよ。もう不毛な感謝をやめよう、な? どうしても感謝しなきゃ気が済まないなら、関わってくれたスタッフに直で気持ちを伝えて後は黙ってようよ、ね?

確かに感謝でいい流れを引き寄せようというムーブメントはあったし、一時期はそれでも良かった。でももうそれは古い。「感謝」とか「ワクワク」とかなんて言ってるの、もうズレた自己啓発セミナーの人たちだけだよ!!一時期はそれも悪くなかったけど、もうズレてるんだって気づこうよ!!

矢口真里もベッキーも不倫だけでここまで叩かれ忌み嫌われているわけではないんです。その前に「いつもポジティブで元気な優等生キャラ」だったからここまで嫌がられ続けるんです。

端的にいうと「感謝」の大安売りしてきたからダメなんです。何でも感謝、感謝。語尾には必ず感謝の気持ち。うっさいわ!感謝がいくら大事言うたって、そこまで感謝感謝言われたらイラつくっちゅうの!!しつこい!!

その優等生キャラが順調に「感謝ヘイト」をためたところで、何か道徳的にまずいことをしたら「キター!叩くぜぇーー!!」と火がつくんです。
燃料は「感謝」なんです。優等生キャラがダメなんです。このすさんだご時世には、優等生に好感度なんてないんです。

いつまで「感謝」なんてイイコぶってるつもり?

今公開中の映画「聲の形」

主人公と聴覚障碍者の女の子とその友達の青春ストーリーです。

といっても「障碍者お涙もの」とは言い切れません。最近は「ハンデがあってもそれに負けず頑張る前向きな障碍者像」を感動ポルノと批判する声も大きいです。24時間テレビが一部の層から忌み嫌われるのもそこです。
【参考】障害者は感動ポルノとして健常者に消費される – ログミー
【参考】24時間テレビを感動ポルノと批判した「バリバラ」の快挙

この「聲の形」がすごいのは、ぶっちゃけ、聴覚障碍者の女の子は女の子で確かに重要な位置を占めてるのだけど、聴覚障害だからうんぬんじゃないんです。それよりも普遍的な人間の姿が書かれていて、高校生が主人公なのに大人が観ても違和感が無いのです。

特に印象に残ったのが「学校の洗脳装置としての優秀さ」です。
学校とは、社会に出て組織に適応するための準備システムです。学校生活で一番大切なのは数々の理不尽を飲みこみ「社会とはそういうものなのだ」と納得できるように訓練することです。だから協調性が尊ばれ、集団からはみ出るような子は否定されます。

「聲の形」をみるとよくわかるんですけど、
教師=(上司)役員、社長
先輩=上司
クラスメート=同期・同僚
後輩=部下
こうあてはめると、社会に出て大人になった私たちは小学生~高校生の子とほぼ同じようなことを繰り返しているわけです。御大層な大義名分を振りかざし権力闘争にあけくれる大企業の出世したオッサンどもや官僚たちも、大体クラスで起こることと根っこでは似たようなことをしているわけです。子供を産んでママ友とランチしてPTA活動に取り組むと、そこはまんま学校時代の女子社会の焼き直しなわけです。What the hell!! You s~~uck!! ああ、何たる地獄感。
【参考】安易に結婚出産すると、不幸になるよ!!

学校で刷り込まれた「こういうときには周りと合わせて笑顔を作る」「クラス(組織)ではこういう人の言うことに従う」を踏襲してるんだから、それは実に当たり前と言えば当たり前のことです。そう考えると、学校というのはまさによくできた洗脳システムなのです。社会に適応するための。
組織から離れて長年フリーでプラプラ好き勝手生きてる私は、学校で受けた洗脳がかなり解けてきています。だからこそ、学校のガッチリした洗脳システムの強烈さを聲の形で改めて実感しました。

がっこう、こわぁーい。

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ちょっと話が脇道にズレちゃったので戻しますね。
ここで私が「聲の形」をなぜご紹介したかというと、このマンガ(映画)は優等生キャラがいかに嫌悪されるのか非常にわかりやすく見せてくれているからなんです。

その優等生キャラとは、「川井みき」

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ここで「うわぁ…ウゼェ女」と引くことができたなら、あなたはベッキーの轍を踏むことはないでしょう。逆に、「ステキな子じゃない!いいこと言ってる!感動!」と思ったあなたは、要注意です。

このシーンでみきが「命は大切なのぉぉ!」と絶叫している相手は、聴覚障碍者です。そう。聴覚障碍者を抱きしめて(視界をふさいで)何かを伝えようと思うなら指文字でもしないと伝わりません。発声では伝わりません。こんな至近距離でわめかれちゃ読唇も無理です。彼女は本気で言葉を相手に伝えようとは思っていないのです。「命って大切って言えちゃう心優しい素敵な私★」に酔ってるだけなんです。聴覚障碍の息子のおかげでいろんな人を大切にする社会を作りたいと思うようになったとかいう今井絵理子の会見がそもそも障碍者にやさしく作られてなかったのと同じ欺瞞を感じます。今井絵理子、まじでなんにも勉強してないよね。ほんっと口先ばっかりでイラつくわー。政治やるなら勉強しろよ。

要するに、川井みきは(ついでに今井絵理子も)うすっぺらいのです。
「こういう風にふるまえば偉い人(教師、上司)は納得する」は理解しているのだけれど、表面をなぞっているだけで、人の心に本当に寄り添っているかというとそうではない。心のキレイな私に酔っている自己満足感がプンプンして、異様な雰囲気をかもしだだしています。

そういう権力者にへつらう腹黒さを自覚しているならば、それはそれで一つの戦略ではあります。その汚さを自覚して、それゆえのリスク(薄っぺらさがバレたらヘイトされる側に回る)をわかって動いているならば、そういうのが好きか嫌いかは別にして一つの生き方です。

でも、みきは自分の姑息さを自覚していない。「私は正しい!皆が間違ってる!」なんです。ポリコレ振りかざす人間がヘイト貯めまくっちゃうのが何故か、彼女には全然わかっていないのです。

だからこれが↓
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こうなります^^
koenokatachi04

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戦略として優等生キャラで美味しい所をいただきたいなら、ヘイト貯めないように腹黒く上手く立ち回らねばなりません。ベッキーは「感謝」連呼してるところで、実は腹黒くないと思います。まっすぐでいい人なんだと思います。
でも、それじゃ川井みきと同じになっちゃうヨー……。川井みきもアラサーになったら上司と不倫してメンがヘラる典型ですよね。

根本的に人間にはキレイなところがあります。美しい「人間性」というものを持ち合わせています。
でも、それと同時にどうしようもなく愚かで汚くてグログロしたところも、必ずあります。事実、今この時もシリアでは子供が爆弾でブッ飛ばされてたりします。ニュースには毎日のように殺人事件が載ります。しかもその殺人は、血縁によるもののほうが多いのです。統計だと実に5割以上身内同士で殺し合っています。

光に偏りすぎるから、ダメなんです。人間には、闇もあるんです。「感謝!何事も感謝!」って言い出すと、光に偏りすぎるからおかしなことになるよ、って言ってるんです。
もちろん、闇ばっかでもダメです。自分の中にある光と闇の両面に気づいて、そのバランスを取っていくことが大切なんです。
それがこの二元性の世界での重要なテーマです。

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