受容は愛ではない。無関心である。


女優・高畑淳子の息子、高畑裕太が女性を暴行した事件が話題になっています。その情報が流されるべきかどうかの是非はありますが、被害者の女性が40代だと明かされました。

私はこの事実に軽く絶望しました。
やはり、40代になっても、女は男の性欲の対象であらねばならぬのか、と。

昔っから「早くババアになって男から女として見られ無い生活を送りたい」と切望していたからです。中学生の頃から、安心して付き合える男友達は「オメーなんか女じゃねーから!」と言ってくれる人に限られました。学生時代に地元の友達と男女混合で温泉行って一部屋で浴衣グッシャグシャにして雑魚寝しても、セックスのセの字も存在しないような関係に、心から安堵を覚えていたのです。そして、オバサンになれば自動的にほとんどの男の人が私を性の対象から除外してくれることを夢見ていたのです。

いや、多分ここをご覧の男性でも「いやいやいや、アンタみたいなババア無理です金積まれても無理無理wチェンジ!」と思ってくださっている方はいらっしゃるはず。そういう方には、「本当にありがとうございます!」と感謝申し上げる次第です。あなたのような方の存在に、私の心は救われます。

でも、40代女性は性的対象になる。
今回の事件はこの事実をむごいまでに突き付けてきました。

そもそも、どうして男の人は暇さえあれば口説いてくるのでしょうか。
しかも、勝手な夢を見て「ようやく理想の女に出会えた!!」と満面の喜びを湛えて。
そして私が「ハリウッド映画()を見にいく時間があるなら家で艦これ(ゲーム)やってたい」というと「家の中にいちゃダメだ!お前はオタクだからわからないんだ!俺がお前をオタクから変えてやる!バーベキューやドライブの素晴らしさを教えてあげよう!そうだ!波乗りにいこう!!アウトドアはいいぞ!!!」と言い出すまでがテンプレートです。でもって好きな映画はショーシャンク。絶対ショーシャンク。「ショーシャンクの空に」自体が悪いわけじゃない。ショーシャンクが好きだと言う男が鬼門なんです。尾崎豊が悪いわけじゃないけど、カラオケで尾崎を歌う男は(上手くても)キモイのと同じで。

艦これ提督仲間すら、私に「Nozomiさんは鳳翔さんみたいな人ですね」と言い出すのです。

艦娘BBAポジには金剛さんも足柄さんもいるっていうのに、よりによって鳳翔セレクト。
確かにASC蟹な私の雰囲気は金剛さんより足柄さんより鳳翔さんではあるでしょう。

でも、このブログを見ていたり、セッションを受けたことのある方は今「お前の言っていることは全く意味が分からない」とブルブル震えていることでしょう。会いたいわけではなくて理解できなくて。そう、私は今火星域で火星獅子のドS女王であらねばなりませんから。

でも、リアルでの私の雰囲気はふんわり系なのです。ほえほえしています。しゃべってても何やってても割とトロいです。ゆえに、私が走り出すと大抵の人はそのあまりの速さにギョッとします。あと、力仕事を始めてもギョッとします。握力40㎏↑でヒョロイ男相手なら腕相撲に余裕で勝つ腕力の持ち主には見えぬのだろうし、俊足にも見えない雰囲気だからこそ見た目から裏切られて「ギョッ」とするのです。

そうやって、男の人は私(の見た目)に夢を見ます。そして「見た目通りではない私」がチラつくたびにそれを無かったことにして矯正しようとします。「視野の狭いオタクである間違ったお前を変えて正しいリア充世界を教えてやるカッコイイ俺!」すごい迷惑です。
ババアになれば寄ってこなくなるかと思ったけど、結局40代になったって暇さえあれば男は口説いてきます。草食系男子って、どこに行ったら生息してるんですか?

そして、私も悪いのです。
面倒くさくて興味ないから「あ、そうなんだー」と適当に相手に同調するからいけないのです。

まとにかく、魔性の女のキーワードは「どうでもいい」です。でも男性は勝手に「愛されてる」と勘違いするんですね。
かつて「魔性の女」だった私が語る、男たちがこぞって私を追い求めたわけ① – 蜜の国

↑まさしくコレなんです。そして男は勝手に「今までこんなに自分を受け入れてくれた女はいなかった!!」と感動して私をハリウッド映画だのドライブだの花火大会だのに誘おうとするわけです。そして豊平川の河川敷でBBQやってFBに写真投稿しようと思ってるんでしょ? ちぃ、覚えた。

こういった「どうでもいいがゆえに受容的に見える姿勢」は男女関係だけではなく、親子関係でも問題になります。

相手に対して「空っぽ」ではいけない。
嫌なことは嫌だと言わなきゃならないし、合わせすぎてはならない。

本当にどうでもよくない相手には、私はハッキリものを言います。相手がどうでもいい存在だから受容的なのです。愛してない(=無関心だ)から、どうでもいいから、常に反論せず「そうなんだ。それもいいかもね」と言えるのです。

だけど、男はそんなことにはやはり気付きもしやがらない。アセンダントかに座な見た目がすべて。
相変わらず私を受容的で何でも許してくれる聖母様だと思って大型犬のようにワフワフしっぽ振って寄ってきては「休みの日に家にこもってちゃダメだって!ドライブ行こうぜ!映画観に行こうぜ!全米が泣いた!!」と口説いてくる。私はあと何回旭山記念公園に夜景を見にドナドナされなければならないの? もういやだ!家にこもって艦これしたーい!!(魂の叫び)

だけど、こっちもこっちでいちいち「勘違いすんなウゼェんだよてめーは!寄ってくんなこのクズ!」と目くじら立てるのも疲れます。面倒くさい。だけど、その「ぽわぽわした(受容的に見える)雰囲気」は私の祖母もそうだったからよくわかるけれども、生来のもので変えようがないわけです。別にぽわぽわしようとか女らしくしようだとかぶりっこしようだとか全く思っておらず、ただ自分が存在するだけでそういう雰囲気が出てしまうだけなのです。

じゃあどうしたらいいのか!
その解決策はキャバ嬢のふるまいにありました。

「大体の男は3回か4回も通うとね、欲を出しちゃうもんなんだよ」

「どういうことです?」

「自分のことを全肯定してくれるキャバ嬢に段々本気で入れ込んでくると、その子と付き合いたい、セックスしたいという次なる欲が出てくる。そこで初めて否定されて、そううまくいかんなという現実に、多くの男は気付くのだよ。」

……なるほど。

多くの男性は聖母に受け入れられたと思うとその先に性を望み、そこで遅かれ早かれ、すべてがフィクションであったという現実に直面するらしい。
31歳主婦、はじめてのキャバクラ(下) – 手の中で膨らむ

そうか。
容赦なく振ればいいんだ。
「何を勘違いしてるんだかわからないですけど、私あなたに1ミリも恋愛感情はありませんよ。あなたとセックスしたくないですよ」と言えばいいのだ。

私に幻想を抱く男の夢を、バリッと破り捨てればよいのだ。

面倒くさいからって相手を受容するのは良くない。
相手にも失礼だし、自分も「それで愛されてるとでも思ってるの?真正のバカね」などと見下してしまう。良いことは一つもない!

時に、拒絶こそが愛で受容こそが不誠実であることもあるのです。
私は今ここに誓います。口説いてくる男性を受容しません。相手に全く性的に興味がないことをちゃんと示します。私はもはや人生にセックスを求めてはおりません。誤魔化さないで「あなたという男性に興味関心が無い」と言い切ること。
曖昧にしないことこそが誠意です。「優しくていい人」のふりはしません。

ああ、もっとババアになりたい。ババアになれば、そもそも男が寄ってこないのに。

楽しみは創り出せるものよ (ターシャ・テューダーの言葉 (2))
ターシャみたいになりたいです。

2016年08月29日 | Posted in 人生:スピリチュアルブログ, 恋愛・結婚:スピリチュアルブログ | タグ: , Comments Closed 

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