死ぬのって、そんなに怖いですか?

死ぬのは全然怖くない(メルマガ限定記事)にも書いたのですが、スピリチュアルな精神世界に興味を持ち、魂の永続性を信じることによる一番のメリットは「死の恐怖からの解放である」と私は考えています。

逆にいうと「死ぬのが怖いってあーた、それ似非スピ愛好家やろ。『過去世が知りたいです☆』とか言って、過去世の存在自体全然信じてないじゃんw自分が死ぬところ何度もわかってたら、『あ、また今回も前みたいに死ぬんだなー』で終わりでしょ。なんでそんなに死ぬのが怖いの。その時点でアンタはスピリチュアル信じとらんわ」です。

確かに、肉体が崩れていく、滅んでいくことへの物質的な恐怖は存在します。それが無いと簡単に死に過ぎるので困ります。それに国家運営的には簡単に死なれると困るのよね。奴隷が減るから。だからああ一生懸命「命は大事にしましょう!」「命あっての物種!」というのだよ。A~C~♪

しかしながら本当に本当に精神世界を探求していてスピリチュアル的なものを信じてるっていうなら、精神面での死への恐怖はぬぐわれます。だって、死は一つのプロセスにすぎないのだもの。小学校(地球)を卒業して中学校(もっと愛のある世界)に行くようなものなんだもの。
【参考】この世界を続けていきたい? 卒業したい?

でも、そう理屈をこねても死への絶望というのは根深い。芸術作品には死の恍惚が描かれる機会は結構あるのだけれど、多くの人はその感覚を共有しようとしない。
それどころか、死から逃れるために「アンチエイジングでいつまでも若く!」「死ぬまでSEX!」「老後の安心を保険で買おう!」なんて、あまりにも物質的で刹那的なコンテンツにすがる始末。いやぁチョロイっすね!毎度ありーw

死の恐怖から逃れるためのもっともオーソドックスな手段は
子供を作ることです。

私はかねてから「こんな時代に新たな命を生み出すのは残酷な行為だ」と口を酸っぱくして言っています。
【参考】あなたが子供を作るのは立派な罪である
が、それでも命を継いでいく欲望に流される人が多いです。
なぜなら、夢を見られるから。「明るい未来がある」という幻想にしがみつけるから。子供ができれば「今までとは違う自分」になれる、新しい世界が開ける!
逃避してるんですよね。生まれてくる子供はたまったもんじゃないっすわ。結婚しようが子供を産もうが、自分は自分なのに。どんな人間でもいずれ滅びていく、確実に老いていく。そんな自分を受け入れるしかない。それは出産じゃ誤魔化せないのに。(誤魔化したいんだろうけど)

死からの逃避に子を利用することに関して、電波男に鋭い考察があります。

電波男 (講談社文庫)
「家」という永久不滅のシステムを守り続けることによって、個人の死は死を超越し、永久に「家」の一部として生き続けることができる、というのが家制度の効用だろう。
つまり、血統を絶やさなければ、個人としての死は死にならない。という血統幻想である。これは非常に日本らしいシステムであり、血統を絶やさないためには「妾」を持つことも正義とされた。

電波男 P46

「家というものを守っていくことについての安心感」は実にここにあります。「自分が死んでも、家(子孫)は残る」。これによって、永続性への幻想を抱くことができるのです。もちろんそれは幻想にすぎないのですが。

OSHOはこの問題について、もっと直接的に発言しています。

あなたは死がやってくること、死ぬことを恐れている。どうしたら長生きできるだろう?どうしたら、ある種の不死に到達できるのか? 人は多くの方法を試みる。

子供を持つのは、そうした方法の一つだ。だからこそ、子供が欲しいというたえざる衝動がある。子供を持ちたいという、この欲望の根源は、子供とは全く関係が無い。それは死と関係している。あなたは、自分が永遠にここにいることはできないと分かっている。どれだけ努力しようと、それは失敗に終わる。あなたにはそれが分かっている。数えきれない人たちが失敗してきたし、誰も成功してはいないからだ。あなたは望みが無いのに望みをかけている。そして何か別の方法を見つける。もっとも単純な方法の一つ、もっとも古い方法が、子供を持つということだ。あなたはここからになくなるだろうが、何かあなたのもの、あなたの一部、あなたの細胞は生き続ける。それは、不死身になる代理の方法なのだ。
(中略)
人は昔から、何とかして何らかの不死を得ようと努力してきた。死の恐怖はあまりに大きく、人生の間あなたに付きまとう。

分離という観念を落とした途端、死の恐怖は消える。
(中略)
死は存在しない。死は現実のものではない。
しかし、あなたはそれを創り出す。分離を生み出すことで、それを創り出すのだ。
明け渡しとは、分離という概念を落とすことを意味する。すると、死は自然に消える。もはや恐怖はなくなり、あなたの人生の味わい全体が変わる。そうなれば、あらゆる瞬間がクリスタルのようにとてつもなく純粋に……純粋なる喜びと歓喜と至福になる。

OSHO死について41の答え P140~144

cross_sunset

生への執着が強すぎる。言い換えると、死への恐怖が強すぎる。
それは時に悲劇的な状況を生みます。例えば、寝たきり胃ろうになって管につながれてまで生かされてしまうのです。「死は悪で忌避すべきもの!」だから。

欧米に寝たきり老人はいない – 自分で決める人生最後の医療などに詳しいですが、福祉国家と言われる北欧の国でも寝たきりや胃ろうの人は見かけないそうです。
要するに、そこまでなったらもう余計な処置はしないから。口から食べられなくなったら死ぬとき。生への執着を手放し、肉体から離れていくときだから。
【参考】スウェーデンにはなぜ「寝たきり老人」がいないのか 幸福度世界1位「北欧の楽園」に学ぶ老いと死 | 賢者の知恵

cosmos
昔の日本でだって、そうでした。
昔のお嫁さんが姑舅の介護に耐えられたのも、寝たきりになったら3年もすれば死んでくれたから。3年我慢すればよかったんです。医療が未発達ゆえに「ゴール」が見えていたのでなんとかなったんです。
でも、今は寝たきりになっても無理に食べさせ無理に生かす!それどころか「また元気になろうね」なんて声がけをしてリハビリをさせる。なんて残酷なんでしょう!!
いつまでも生き続ける老人。ゴールが見えない介護。そりゃ介護殺人だっておきますわ。
【参考】「介護殺人」 見えてきた実態|NHK NEWS WEB

心あるお医者さんがこぼしていました。
「予後の期待の薄い92歳の老人に外科手術して無理くり生かすって、いったい何の意味があるのか…。でも、それが点数(お金)になるんだよ。しかも、そういう人は、お金を持っているんだよ。だから、ニーズがあるから、医者はやらなくてはならない。それが仕事だから……」

もっと、死を「ただのいたって普通のプロセスの一環である」と受け入れればいいのに。そうすれば「死ねばこの苦しみから逃れられる!」と死への幻想を抱きすぎている愚かなメンヘラどもの目を覚ますこともできます。
【参考】自殺はただの逃避

そして、生への執着を薄めていくために、スピリチュアルを利用すればいいのに。そうすれば死の恐怖が薄れていき、年を重ねて身体が衰えても心は自由に、安寧に生きていけるのに。

もっと、死をタブー視しないで向き合うべきです。
なんと言っても、未来におけるあなたの致死率は100%なのですから。

神経過敏な人間は、現在の苦しさから逃れたい、死ぬのが恐ろしいという。それじゃ、生まれる前が恐ろしかったか……。死ぬことは、生まれる前と同じ境遇に入るだけのことじゃないですか……。

中村天風 運命を拓く

死について41の答え

死について41の答え

posted with amazlet at 16.07.19
OSHO
めるくまーる
売り上げランキング: 174,882
2016年07月19日 | Posted in 読むヒーリング スピリチュアルブログ | タグ: , , , , Comments Closed 

関連記事