父親の影の 堪えられない薄さ

カゲロウプロジェクトを見ていて、すごく気になることがあります。
それは「父性の不在」です。
カゲプロの世界は、とにかく父親の影が薄い。

父親がいないか死んじゃってるか、いても影薄いか。
母親に関する描写はかなり豊かなのに、父親の描写が、非常に貧困なんです。

かろうじてまともに父親が存在しているのはヒビヤとアヤノ(楯山家)なのですが、ヒビヤの父親は今の時代にはリアリティのない二昔前のカミナリオヤジだし、アヤノの父親に至っては(ネタバレで言えないよ!)だし。
ツキヒコも一応シオンの父親ではありますが、じゃあ父親っぽい描写があるのかといったらほぼありません。むしろなんとかしちゃうのは母であるアザミであって、頼れる男というイメージは残念ながらありません。

メカクシ団内での母親ポジションはキドです。キドのオカンっぷりは強調されすぎるくらい存在感を放っています。
対して、父親ポジションのセトは、メカクシ団随一の影の薄さを誇ります。

働いて金を稼いでメカクシ団を食わせているのは、(基本)セトです。
そのセトは、これでもかというくらいに出番がありません。出てきてもなんか常に薄っぺらいです。
まともに描写があるのはカノの気持ちを受け止めるところくらいでしょう。

セトの描写は、少年時代に集中しています。
空想フォレストでも、マリーを救うのはあくまでも少年時代のセトであって、青年になったセトはちょろっと出てくるだけです。
セトの楽曲である「少年ブレイヴ」も、少年時代のいじめられっ子だったセトがマリーと出会って救うことで救われるという物語です。青年のセトは添え物です。

作者のじんさんは、父性の描写が苦手なんだと思います。
普段のトークを見ても、母親や妹の話はよく出てくる、いとこの話すら出てくるのに、父親のことはきれいにスルーです。

最近の作品でいうなら、ガンダムユニコーンの父性っぷりと比較すると、ものすごいわかりやすいんです。

このアニメは、どこ見ても「父親」だらけ。
主人公のバナージには、実の父親を失ってもなお、次々と父親代わりの人間が出てきます。
ダグザが父の視点でバナージを見、そのダグザが去ってもなお、ジンネマンをはじめとするバナージに父性を与える男性は後を絶ちません。もう父性マシーンです。父性の泉です。
あの濃すぎるまでの父親の影、父性っぷりからみると、本当にカゲプロの父性は薄い。

まあ、それだけなら「そうかもしれないね」でおしまいです。
しかしながら、私がここでうなってしまうのが、このカゲロウプロジェクトが小学生高学年、中学生~高校生に人気があるコンテンツだということです。
父性不在の物語に共感する少年少女が一定数いるということは、現在進行形で相当数の「父親の影が薄い家庭がある」という暗示ではないでしょうか。(ちなみにガンダムUCが好きな中高生は、かなりのマニアな少数派です)

興味深いのは、カゲプロの作者、じんさんは男性だということです。

母性不在なら、まあ男だから仕方ないのかもしれないと思いますが、父性不在というのは深刻な事態です。
女の体をもって女性性を開けないと体にガタが来るように、男の体なのに男性性がゆがんでしまうと生きるのが苦痛になってしまいます。男らしさへのコンプレックスから、異様に攻撃的になってしまったり、逆に卑屈になってしまったりします。

カゲプロの主人公シンタローは、あることをきっかけに引きこもりニートになってしまいます。
このシンタローも、父親不在で育った子供でした。

登校拒否という言葉が生まれてから30年。今では不登校は珍しいことではありません。その延長線上にあるのが家庭内暴力や引きこもり。もはやこれもレアケースとはいえません。見渡せばみなさんのまわりにも必ずいる。それくらい、頻発しています。

(中略)

ふたりの話に共通するのは、お父さんの影が極端に薄いことです。
ふたつ目の一家で特徴的だったのは、サラリーマンのお父さんに対する言葉です。お母さんに「お父さんは?」とたずねると、「いえ、あの人に何を言ってもムダですから」と言い切る。長男が不登校になるずっと前の段階から、すでにお母さんは「お父さんに話してもムダ」と思うようになっていたそうです。

夫は犬だと思えばいい。より

この本(夫は犬だと思えばいい。)では、子供の問題の多くが、夫婦関係が改善することで不思議と解決することに言及しています。
別にこれは目新しいことではなく、家族機能研究所の斉藤学先生はじめ、色々なセラピストやカウンセラーが指摘していることです。親の問題が子に出ているのです。
【参考】夫婦の関係を見て子は育つ―親として、これだけは知っておきたいこと

何事もバランスで、母性ばかりでも自立できなくなってしまうし、父性ばかりでも息がつまってしまいます。
自分の内側の男っぽさと女っぽさのバランスを取っていくには、親をモデルにして両性を学べると理想的です。
スピリチュアルに言うなら「内なる男性性と女性性の統合をなしやすくなる」ということです。

それが難しい場合は、自分で意識して修正していく必要があります。
男性性と女性性のバランスが欠けていると、恋愛や結婚はかなりハードな「試練の場」となります。心して学んでください。

私たちは男であれ女であれ、どんな人間も男性性と女性性を具えています。
「ありのままの自分を取り戻す」という作業は、自分が本来持つ男らしさと女らしさに気づいていく、眠らせてしまっているそれを掘り起こす作業でもあります。

どうやってバランスを取ったらいいのか。
そのヒントを示してくれるのが、今あなたにとって興味のある事柄かもしれません。

例えば、ここで取り上げたカゲプロが好きな方は、自分にとって父親とは、父性とはどんなものかを見つめなおしてみてください。
きっと、気づきがあるはずです。

夫は犬だと思えばいい。
高濱 正伸
集英社
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2014年10月22日 | Posted in オタク ヒーリング, 恋愛・結婚:スピリチュアルブログ | タグ: , Comments Closed 

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