「自分大好き!」になれないあなたへ

「人をいじめるなんて最低の行為だわ!私はそんなことしない」
「私は虐待の連鎖を起こさないわ。だって子供を作らないし」

「そういうあなたこそ、実はいじめや虐待に加担している」と言われたらどうしますか?
「そんなはずはないわ!」と思うかもしれません。
でも、残念ながらその可能性はあるのです。

「自分をいじめる」という行為をしている可能性が。

子ども、ウザイですか?

子ども、ウザイですか?

現実の世界で児童虐待をしていない人でも、自分のインナーチャイルド(内なる子ども)を虐待している人は意外といます。
自分の弱さ(時には他人の弱さ)を責めたり、「自分なんて所詮はダメ人間」と自分をおとしめたり、人の顔色を伺ってばかりで「NO(いやだ)」が言えない人が一例です。

そういう人に、「子ども時代の自分が今目の前にいたとして、泣き叫んでいたとします。どう思いますか?」とたずねると、たいてい「ウザイ」「放っておく」「かかわりたくない」といった反応が返ってきます。
そう、虐待をする母親と、まったく同じ反応が。

子どもがいないとしても、これじゃ内側で児童虐待しているのと変わりません。
愛のない悲惨な状況です。
こんな状態じゃ、生きていることは地獄になるし、自分のことなんていつまで経っても愛せません。

自分の居場所を見つけたいあなたへにも書きましたが、「自分の居場所がない」と思っている人は、自分の内側にも居場所がありません。むしろ「お前は何をやってもダメだ」と自分をしめだしています。
そういう人はまず例外なくインナーチャイルドも締め出しています。子どもの自分など、今よりも能力的に劣った「見たくもないみじめな自分の姿」であることが多いからです。

でも、それじゃああなたはいつまで経っても、死ぬまで孤独です。
家族がいようと恋人がいようと友達がいようと、孤独です。
仕事があろうと金があろうと地位があろうと、孤独です。

自分を愛さない人には、それ相応のしっぺ返しがあります。
いい加減、自分の内側で醜い児童虐待をすることはやめませんか?
そうすることによる苦渋を、もう十分に味わったでしょう?

「自分いじめ」は、立派ないじめ

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いじめがひどいとわかっていて、そういうことに関わりたくないと思っているなら、「自分いじめ」もいかに不毛な行為かがわかりますよね。

でも、いじめの経験がある人こそが、自分いじめに走りがちなんですよねー。
いいかげん、いじめをやめればいいのに。
そこまでいじめの世界で生きていたいですか。

「生きていたくないよ!でも!」
と言いたいかもしれませんが、「でも」じゃありません。
あなたの人生を作るのは、あなたの意思であるという大原則を忘れないでください。

あなたが「やめる」と決心しなければ、始まらないのです。
「でも」と言っているうちは、抜け出せないのです。

誰にも評価されていないことでも、自分だけは評価する。
(例:今日ちゃんと起きた、風呂に入った、歯みがきをした、挨拶をした、ゴミを捨てた、食事を作った、約束を果たした、等々)
はっきりと形になっていないことでも、自分がそうだと感じていることは肯定する。

そういった小さな積み重ねからしか、自分への愛ははじまりません。
いきなり「自分大好き!」になろうとしないでください。
そんなの、挫折が待っているだけです。

小さく、コツコツと、積み重ねてください。
何事にもいえることですが、地味に長くやることこそが結局は一番効果的なのです。

2014年09月22日 | Posted in 人生:スピリチュアルブログ | タグ: , , , Comments Closed 

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