世の中の不思議

世の中には不思議なことが、たくさんあります。

なぜ? なぜ? なぜ?

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努力家は「自分は努力が足りない」といい、
怠け者は「私は努力が大好きです」という。

頑張りすぎて「もう少し肩の力を抜いたら」という人ほど、「いや、まだ自分は頑張らねばならない!」といいます。燃え尽き症候群が心配になるくらいです。
流れを信じてゆだねたほうがいい人に限って必死になってコントロールを手放さず、努力で何とかしようとします。

逆に、努力不足で見通しの甘い人に限って「私なりに頑張ってるんです!」といいます。
自分なりに頑張ってるのに結果が出ていないならば、「私なりではダメなのだ」という事実に気づけばいいのに。
人の二倍三倍努力しなきゃ、優れた結果など出ないのは当たり前のことなのに、なぜその種の人は「私なりの努力」しかしないのでしょう。


vs
真面目な人は「自分はキチンとできないのでシッカリしないと」と言い
だらしのない人は「私はキチンとやってます」という。

驚くほどに、真面目な人の「自分はだらしない人間だ」と思っている率は高いです。
部屋を常にピッカピカにしているのに「私は掃除が下手で」という人も同じです。
逆に、「もっときちんとしろよ!」という人に限って、自信満々に「私はできている」といいます。


talk
人に気を遣いすぎる人は「私は無神経だから」といい
重度のコミュ障は「私は空気が読めている」と思っている。

「そんなに人の顔色伺わないで、自分の心にもっと素直になりなよ」という人に限って、自分のことを「自己中で周りを全然気遣っていない」と思っていたりします。
逆に、真にコミュ障の人間は、自分がコミュ障だという自覚がありません。
周りから引かれていても気づかず、「自分は好かれている」とさえ思っています。


trash
礼儀正しい人は「マナーが悪い」といわれると自分のことだと思い
マナーが悪い人間に限って、自分はきちんとできていると思っている。

SNSでも職場でもサークルでも町内会でも、どんな場でもいいのですが、集団に向かって「マナーがなっていなくて困る」というと、真っ先に謝ってくるのは一番礼儀正しく気遣いのできる人です。
「いえ、あなたに言っているんじゃないんです。きちんとなさっています」と言っても
「でも、自分も完璧にはできていないですし、気をつけなきゃならないなと改めて思いました」と返されてしまいます。

そして注意をした対象である実際にマナーの悪い人は、自分に変えるべきところがあるだなんてちっともわかっていません。名指しで言ったとしてすら、何のことだか理解できずポカンとします。


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実力のある人間に限って「自分はできない」と思っており
実力のない人間に限って「自分はデキル」と思っている。

よく見られるパターンとしては、実力はあるのに自信がないがゆえにパシリとして不当に使われてしまう実力者と、できないのにハッタリばかりが上手くて上に立つ人です。


clothes
「そんなにしなくてもキレイなのに」という人ほど美容やファッションに過剰に入れ込んでいて
「身だしなみをどうにかしたほうがいい」という人ほど無頓着だったりする。

薄化粧(下手するとスッピン)で十分美しい人に限って、「私はブスだから!」とゴテゴテの厚塗りメイクをしていたりします。もったいないの一言です。
ナチュラルでいたほうが素敵なのに、流行の服を着なければダサいと思って強迫観念のように服にとらわれている人がいます。

かと思えば、「最低限のマナーとして、もう少し身だしなみを整えたほうがいい」という人に限って、だらしのない不潔そうな格好を平気でしています。

「流行に乗れ」とまでは言わずとも、清潔感のある装いは大切です。
「清潔かどうか」ではなく、「清潔があるかどうか」が問題です。

たとえば、「太っている人は、それだけで不潔に見えやすい」という残酷なハンデがあります。
人の倍は清潔感のある装いに注意したほうがいい、のに、そういう方に限って無頓着だったりするのです。


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うーん。
あべこべ症候群が流行ってるんですかね?
世の中って、不思議です。

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