「完璧にできない」は、人生からのギフト

ムシャクシャして「あーもう、どうでもいい!」と、投げやりになってしまうことってありますよね。
そういう時は、気分が悪いものです。できれば避けたい。
むしろ「いつも笑顔で穏やかで満たされていたい」とも願うかもしれません。

でも、実はそういう時って、とても大切な気づきに満ちています。
そういうことを体験しないと、人の気持ちがわからない人間になってしまいます。

完璧にふるまえない未熟さがあるからこそ、得られる成長もあるのです。

キレたほうが、愛される。

進撃の巨人でクリスタというキャラがいます。
性格のいい完璧美少女です。結婚しよ。(でもユミルのほうがカッコイイからかなわないんだけど←)

このクリスタは、ずーっとずーっとずーっと「超モテお姫様ポジション」にいました。
作中では男性陣のハートを無意識のうちに奪ってしまうクリスタでしたが、実際の人気は(作中の逆ハーレムっぷりに比べると)いまいちでした。特に女性人気は低かった。

そんなクリスタが覚醒し「クリスタいいじゃん!」と好感度が急上昇したのが10巻。
完璧な姫ポジにいた彼女が、命を賭して自分を守ろうとしたユミルに対してブチ切れたのです。

singeki02

「何いい人ぶってんだよ!!
 そんなにかっこよく死にたいのかバカ!

 性根が腐りきってるのに いまさら天国に行けるとでも思ってるのか
 このアホが!!

 自分のために生きろよ!!
 こんな塔を守って死ぬくらいなら もうこんなもんぶっ壊せ!」

汚い言葉でユミルをののしったクリスタに、「今までいい子だと思ってたから嫌いだったけど、はじめて共感できた」という声があがりました。
美しくて品があって優しいクリスタは愛されなかったのに、汚い言葉でブチ切れるクリスタは「人間らしい」と評価されたのです。

「完璧な美人こそが愛されて幸せになれる」と思っているあなたは、この事例をよく見てください。
完璧な姫ポジションにいる女など、現実には妬まれて引きずりおろされるだけなのです。
【参考】女子大生カーストの世界 「社会人彼氏あり」は本当に上位か

完璧を目指そうとしないでください。
努力が必要なときは、確かにあります。でも、完璧じゃないと自分を認められないなんて、ハッキリ言って病んでいます。(それは、アダルトチルドレンの典型例です)

それに、たとえ努力によって完璧に近づいたとしても、却って「無神経で空気の読めない人間」を作り出す恐れがあるのです。

「デキル人間」は嫌味な存在である

vs

あなたは「デキル人」に憧れていませんか?
完璧にこなせるよう、努力していませんか?
そして、完璧であれない自分を「ダメだ」と責めていませんか?

もしかしたら、あなたは「もっとすごい自分」「完璧な自分」になれば、人生は素晴らしく開かれ、幸せになれると思っているかもしれません。
だけど、それは馬鹿馬鹿しい幻想です。
何をしても満たされない、不幸へのパスポートです。

私を事例にしてご説明しましょう。

私は昔から、ものごっつ「優等生」な人間です。
勉強もできて運動もできました。
何をやっても、割とソコソコこなせます。「優等生的な受け答え」も得意です。

非の打ち所がなかった。
だからこそ、常に一定の人から嫌われていました。
理不尽な言いがかりをつけられて、足を引っ張られていました。

私と似た優等生タイプの方へ参考になると思いますので、書いておきます。(リンデンバウムのお客様は、私が引き寄せるせいか、デキるタイプが多いのです)
私のようなタイプを嫌うのは、小物な人です。
逆に、リーダー格や仕事のできる人は気に入ってくれて、積極的に引き立ててくれます。

例えば会社員時代、私より学歴の低い同期や仕事のできない上司には、敵視されました。下らない嫌がらせも受けました。
でも、トップや役員レベルの人や本当に仕事のできる上司は、一度酒を酌み交わせば「あいつはいいぞ、面白いやつだ!何かやらせよう!」と高く買ってくれました(実際、エリート部署にも引き抜かれたことがあります)。

私はいつも余裕があったんです。
だって、「私にはできる」もの。
人生で「こうなったらいいな」って思ったことは、大抵実現するもの。(これはスピリチュアルな法則でいえば、ごくごく当たり前のことなのですが)

ここまで読んで、「傲慢で嫌な女!」と思った方もいらっしゃるでしょう。

実にその通りです。
傲慢ですね。鼻持ちならないですね。
だからこそ、「ムシャクシャして投げやりになる」という体験の価値を知っています。

ある日私は、セッションで使う大島紬の仕立てをして(着物を縫って)いました。
もう、クッソ難しくて、難しくて、難しくて、難しい!!!
プロの和裁士ですら難しいという大島紬を素人の私が仕立てるというのだから、狂気の沙汰です。(でも、上の人が「自分でやれ」っていうからやるのです…)

当然、どうあがいても、上手くいかない。
縫い直しは、上の人が許してくれない。(「十分布の声を聞いているのに、何で直そうとする!歪みを直そうとするな!綺麗に縫うために君に縫わせているわけじゃない!あるがままでいいのに、表面を綺麗に取り繕うとするな!」と怒られる)

あーーーーーーーーーーもう!イヤッ!!
と私はビールとポテチを買って家に帰ってヤケ酒をしたのです。

玄米食や菜食中心で、午後7時以降は滅多に食べない私が、9時にアルコールとジャンクなスナック菓子。
イライラしていて、誰にでも当たり散らしたくなる心境。

客観的に見れば「ダメな状況」ですね。
しかし、まさにこのとき、ハッと気づいたのです!
「そっか!人はこういう気持ちで私に意地悪していたのだ!」と。

今までの人生で、理不尽な意地悪や妬みに足を引っ張られるたび、理解できなかったのです。
「なぜ、そんな意味の無いことをするのだろう?」と。
でも、めちゃくちゃイライラする状況になって、はじめて理解できたのです。「これだ!」と。

そうして相手の気持ちがわかると「あ、なんだ。私やっぱ悪くなかった。私の問題じゃなくてイライラしてる相手の問題だ」と、スッキリもしました。
(こういった気づきを得るために擬似的に環境を作り出すテクニックは、「毒になる親」のスーザン・フォワードが書いたとなりの脅迫者に載っています)

基本的に、能力のある人間は傲慢です。
できない人の気持ちはわかりません。
「やる気と努力が足りないだけ」に見えます。

でも、どんな人だって完璧ではない。できないことは、できない。
だからこそ、それが気づきをもたらすのです。
完璧にできないからこそ、気づけるのです。

何かを上手くできなかったときに「完璧にこなせない自分」を責めるより、その経験から気づきを得たほうがいいと思いませんか?
「完璧にこなせないこと」は、人生からのギフトです。

2014年03月31日 | Posted in オタク ヒーリング | タグ: , , , Comments Closed 

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