セクハラ男と毒母から、学ぶべき教訓

セクハラ男も毒親も、どちらも最悪の存在です。
でも、別の存在に見えますよね。特に、セクハラ男と毒母だったら、性別が違って被害も違うので共通点がないように見えます。

でも、根本的なところは同じ。
自分より弱い立場の人間の感情には無神経ということです。

セクハラ男は地球から滅んでいいよ★

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セクハラ男って、なんかもうビックリするほど図々しいですよね。脳内がオメデタイ。
「(セクハラされて)女も喜んでいる」と思ってるんですよ。本気で。
「セクハラ」じゃなくて「自由恋愛(不倫)」だと思ってるんですよ。しかも渡辺淳一の小説ばりの純愛wだとカンチガイなさっている有様。

被害者OLの証言

――いきなり部長が「ウチの娘も君くらい素直ならいいんだが……」とか、「君の年がもう少し上ならよかったのに、二一,二じゃあ年が離れすぎて、微妙な思いが伝わらないんだよな。もう少し大人なら、今の状況で俺が何を思っているかは察することができると思うんだが……」と言い出しました。
急に車を山中のわき道に入れて止めると、「酔い醒ましに、軽い運動をやって時間をつぶすには、男と女にはアレしかないよな」と言って、いきなり体を寄せて、足のほうに手を伸ばしてきました。何を言っているのかよくわからなかったので、「エッ」と聞き返すと、「男と女のことだよ、いい年をしてわからないことはないだろう」とぶっきらぼうに言い返しました。
(中略)
「てっきり、お前は俺のことを嫌いではないと思っていたんだが、違ったのか。時々仕事のときに、お前を見ていた俺の視線に気づいていただろう。俺はお前のことを絶えず気にしていたんだ。そんなことは当然知っていると思っていたんだが……」と言いながら、私の顔をのぞきこみました。
「俺への、いつもの明るい対応は、俺の視線に応えているからだと思っていたのになー。そうか、俺の気持ちが伝わっていなかったとは残念だ。それじゃあ仕方ないな」と言いながら、身体を起こすと少しやけになったような態度でアクセルを踏み、スピードを上げました。
山の上に来ると部長は「ここは誰も来ないんだ。人気がないから、大声をあげても人に聞かれる心配がない。だからここで本音が聞きたい」と言い出しました。
(中略)
そして突然、部長は、「ここで降りたいか」「一人で帰るか」「本当に帰るか」と言い出しました。仕方がなく、「降ろすなら人家のあるところまで連れていってください」と言うと、「お前さえ物わかりがよければ、降ろしたりはしない。こんなところからは歩いて帰れるわけがないだろうしな」と言いながら、エンジンを切りました。

加害男性の証言

――セクハラじゃないですよ。絶対にそんなことはありえませんよ。普段から彼女は明るい性格ですし、そのときだって終始明るかった。私のことについても日頃「尊敬している」とか「頼りになる」と言っていましたし、誘われたことを非常に喜んでいましたよ。
――でも困って泣いていたんじゃないですか。
――ああ、そういえばそのとき涙ぐんでいたことはありましたが、それはああしたシチュエーションでは女性にはありがちなことですよね。まして、彼女は純情というか、すごくナイーブなところがありますから、そこが可愛いところでもあるのですが……。そのときは、「こんなことは初めてなのかなー、ひょっとすると男を知らないのか」と感じましたが、その程度のことですよ。

(以上引用部分、壊れる男たち―セクハラはなぜ繰り返されるのか (岩波新書)より)

キーーーーモーーーーイーーーー!!!!
読むだけで鳥肌が立ちますね。気持ち悪い。オエー。
こんなことが事実としてあっただなんて、信じられません!

でも、世の中の一部の男性には、こういう無神経さがあるのもまた事実です。
要するに「オンナの気持ちなんて、自分の都合のいいようになるに決まっている」という脳ミソおめでたい男性を私も見たことがあります。

とあるビジネスの勉強会に出ていたときのことです。
雑談中に「Nozomiちゃんはどんな男がいいの」と話を振られたので
「私はインドア派のオタクな人がいいです!!」と満面の笑顔で言いました。

その瞬間、場の空気が凍ったんです。

そうしたら、みんな超ショックって顔してるんですよ。
40代のオッサン方が。
「この女、絶対俺のこと好きだと思ってたのに、何それ」って顔してるんですよ。

それからネチネチ攻撃がひどかった。
「オタクなんてキモイだろうに」だの、
「インドアって時点で浅いよな、わかってない」だの、
「君はMだからさ、自分のことがわかっていないんだよ」だの。

でも私からしてみると
「え?いや、あの、そもそも何で私がアニメやマンガに興味がなくてゲームやらない人と男女の関係になれるんですか?
 私ガチのオタクですよ??インドア派ですよ?車嫌いでドライブ行きたくないですよ?
 あなたたちのようにゴルフとかバーベキューとかやるような人間とは別人種ですよ?」
って話なんですよね。

価値観を共有できない男と女が、何で男女の関係になれるのだろうか。
そもそもタイバニの話もしてくれない男になんで私が惚れると思っているのだろうか。
まったく謎だ。わけわからん。

と思っていた件が、先ほどご紹介した壊れる男たち―セクハラはなぜ繰り返されるのかを読んで理解できました。

そっか!要するに女が何が好きで何を求めてるかなんて、どうでもいいんだネ★
愛想笑いを「俺のことが好きだから彼女は微笑んでいるのだ」と思っちゃうんだね!
そんなんだから、キャバクラのお姉さんにダマされちゃうんだなー!そっかー!納得★

あーオヤジ大嫌い。オッサンは地球から滅んでいいよ。

あ、もちろん世の中の健全なる大多数のオジサマ方は違いますヨ!
一部に、こういう人が存在しているということです。

子供のことは私が一番わかってますから!

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この「無神経なオッサン」を見ていて、デジャヴを感じたんです。
「アレ? こういう人種って、男だけじゃなくね?」と。
そう、自分より弱い立場の人間には、トコトン無神経な人間。

毒母です。

ヒカルさんが、A中学に合格すると、母はまるで自分の人生の絶頂であるかのように狂喜した。「ママはね、この日を待ってたの。すべてこの日のために我慢してきたのよ」。滂沱の涙を流しながら、凍えるような二月、曇天の空の下で、母はまるでオリンピックのマラソンでゴールインしたような表情をしていた。ヒカルさんがどんな表情をしているかなど、母の眼中にはなかった。

母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き P25

「そうそう、この家の名義はパパとママ、それとエミコよ」、この言葉が決定打になった。三人の名義? エミコさんはマンションからこの家に戻り、ずっとローンを背負っていくことになるのだ。
 食欲もないまま、トイレに駆け込み吐いた。ただならぬ様子にいち早く気づいた母は、「だいじょうぶ?」と血相を変え、ドアを開けて背中をさすろうとした。その途端、これまでにない気持ちが湧いた。「ひょっとして私はハメられたんじゃないだろうか」と。さすがにそのことばは飲み込んだが、おさまりそうにもない吐き気を感じながら、蒼白な顔でこう言った。「お願いだから、パパとママが決める前に、ひとことでいいから相談してくれる?」
 それに対して母は眼を見開いてこう言った。
「だって、エミコみたいな世間知らずに、苦労させるのはしのびないじゃない」
 エミコさんの目からは、突然涙がこみあげた。それは吐き気のせいだけではなかった。

母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き P55~56

毒母は、子どもの気持ち=自分の気持ちだと勘違いしています。
「子どもの気持ちは誰よりも、母である自分がわかっています」と言い切るのが特徴です。

確かに、胎児や乳幼児期の子どもにとって、これはあながち嘘とは言えません。
その頃の母子というのは、スピリチュアルな言い方をするとエネルギーの分離がまだ完了していないので、テレパシーなどで伝わるところがあるのです。
だから乳児の泣き声に対して母親は「おなかすいて泣いてるのね」と「オシッコしたのね」が簡単に聞き分けられるんです。

だけど、5歳過ぎた子どもに対して「私は子どもの気持ちは何でもわかってます!」と言うなら、もう毒母予備軍です。
13歳超えた子どもに対して「この子は昔からこういう子ですから!」と言っちゃうなら、残念ながらそれは無神経な毒母です。思春期の子どもなんて変化しまくってるのに、いつまで経っても乳幼児の頃のイメージから脱せられていないわけです。おそろしや。

子どもの気持ちを無視して無神経にふるまう母親。
それは女性従業員の気持ちを無視して無神経にふるまうセクハラ男と重なります。
どちらも(意識的にではないにしろ)「自分より格下」と見下している存在に対して、自分の気持ちを押し付けるという暴挙をなしているからです。

「子育てこそが私の生きがいです!」と、何の悪気もなくニコニコ話す善意のご婦人ほど恐ろしい存在はありません。
自分のやっていることを正当化して、「私は正しい!」と胸を張って子どもの気持ちを踏みにじるからです。

私も最近そのようなご婦人に遭遇する機会がありました。
50代のその女性は、子どもがもう思春期に入ってしまい、自分ベッタリになってくれないことが大層不満なようでした。
夫との仲は冷め切っており、「自分を必要としてくれる誰か」、言い換えると依存対象を捜し求め「世話焼き」に精を出していたのです。

そして、なぜか私がターゲットになりました。
やたらと物を贈ってくるのです。しかも要らないもの。
私がベジタリアンだって知ってるのに、平気でホタテガイの干物とか宅配便で送ってくるんです。

「あの、お気遣いなく……」と言っても
「いいのよいいのよ!気にしないで!ウチで頼んだついでにあなたの分も送っただけだから!」。

…………迷惑がっているのが全く伝わっていない。
あー、こりゃラチあかんと思い、次に彼女が卵(!)を持って来たときに
「迷惑なんで、受け取れません」とハッキリ言いました。

ホタテガイの干物だの海鮮おかきだの卵だの、要するに私(ベジタリアン)の都合は全く無視。
しかも私、基本モノもらうの嫌いなんで(だって必要なものは自分で買うよ)本当に迷惑なんです。
彼女は「アナタのお母さん代わり♪」を演じたかったわけですね。自分を必要としなくなった子どもの代わり、依存対象を求めて。

「無神経を防ぐという教訓」

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マザー・テレサはいみじくもおっしゃいました。
愛の反対は憎しみではない。無関心だと。
こういった無神経も、相手の感情に無関心であるがゆえに起こるものです。

これまで、セクハラ男と毒母の無神経っぷりをあげつらってきましたが、じゃあそんなことを書いている私が全く無神経じゃないかというと、そんなことはない。
そして、ここをご覧の方も、全く無神経にふるまわないで生きてきたと言える人はいらっしゃらないのではないでしょうか。

セクハラ男と毒母の「悪意のない」無神経ぶりを見ていて私たちが学ばねばならないのは
「男でも女でも、誰にでもこういう落とし穴にはまる可能性がある」ということです。

例えば上司のセクハラに迷惑して毒母の無神経ぶりに辟易している人ですら、自分の子どもの気持ちを簡単に無視したり、ペットに対しては無神経なふるまいをしている場合だってあります。
もっと言うなら、地球に対して私たちは大抵かなりの無神経ぶりを発揮しています。
地球は私たち人類の勝手な行いでこんなにも疲弊しているのに、それでも私たちは地球の気持ちを踏みにじり続けているのです。

人のふり見て我がふり直せ。
自分が強い立場にいると、ついつい弱者の視点を忘れてしまいがちになります。
セクハラ男や毒母は、その教訓を反面教師としてわかりやすく教えてくれているのです。

2013年08月25日 | Posted in 人生:スピリチュアルブログ | タグ: , , , Comments Closed 

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