ネガティブなことが魂を磨くとき

魂を磨いてくれる離婚

heart on sand

「ブラックジャックによろしく」「海猿」等のベストセラーを世に送り出し、漫画 on Webで漫画の発表方法について先進的な取り組みも行っている佐藤秀峰氏。(ちなみに道産子ですよー)

そんな佐藤氏は、このたび12年連れ添った奥様と離婚なさいました。
離婚のきっかけは、ヨソの女を妊娠させ、その子供を認知したいと奥様に打ち明けたことだそうです。
【参考記事】佐藤秀峰×佐藤智美 「離婚インタビュー」前編

「普通の人間」の真っ当な感情から見れば、とんでもないことです。ひどいですよね!
妻を裏切って、他の女性との間に子をもうけるなど、社会的に非難を浴びてもやむを得ない行為でしょう。

ですが。
クリエイティブな才能を生かす「芸事の世界の人間のやったこと」としてみると
「いい生き方してるわ!」と諸手をあげて褒め称えるくらい素晴らしい経験なんですよね。

ここで「はぁ!?」と理解できない方がほとんどだと思います。
それは当然です。妻と子を裏切って家庭を壊す夫など、糾弾されてしかるべきです。
しかしながら、この世の中にはそんな経験ですら「己の身を磨く栄養」になってしまう人種がいます。

それが、芸事に生きる人間、今風に言うなら「クリエイティブに生きていく人間」です。
具体的に職種を挙げるなら、佐藤氏のような漫画家をはじめ、小説家、脚本家、役者、映画監督、放送作家、デザイナー、画家、イラストレーター、彫刻家、作曲家、歌手、演奏家、ダンサーなどです。

ドロドロしたものからこそ、最も美しいものは生まれる

lotus

スピリチュアルなことに興味のある方は、蓮の比喩を一度は聞いたことがあるでしょう。
「汚い泥の中からこそ、美しい蓮の花は生まれるのだ」という例えです。

これは「人生は試練(泥)をくぐりぬけてこそ、美しく花開く」という意味で使われることが多いですが、創作(クリエイティブ)に関しても言えることです。
ものすごく美しいものを作り出せる人は、ものすごく汚い心も持っているから。

例えば、「あいつなんか死ね!死ね!」とかネガティブに思っている人の描く絵が、妖しいほどに美しかったりします。
ものすごく性格の歪んだ悪魔のような人間が、人を魅了する天使の歌声を披露するなんてのも、全く珍しくないケースです。(しかも、バロックの時代から!)

これは、スピリチュアルな法則(三次元世界の二元性)から見ると全く矛盾していません。
なぜなら、真理あるところには必ず両極がある。
美が生まれるところには必ず醜があるものなのです。

例えば、人気作家の村山由佳さん。
初期作品、例えば「天使の卵 エンジェルス・エッグ」や「おいしいコーヒーのいれ方 (1) キスまでの距離」は、もう読んでいるだけで心が洗われそうなくらい美しくてキラキラしている物語です。出てくる人出てくる人いい人ばかりで、みんな心があったかい。。。
こんなに空気の澄んだ美しい世界を作り出せるなんて、作者の村山由佳さんとはきっと本当に心根のまっすぐな澄んだ瞳の女性なのだ!と思われるかもしれません。

ところがどっこい。
こういった純愛を作り出せる人こそが、世の中で最もドロドロしてる人なんです。
事実、村山さんは自伝的小説「放蕩記」にて母親とのドロドロした確執のみならず、レズ体験や不倫を含む奔放な男性関係、世間的にマトモな夫と離婚後にヒモ男と再婚するだなんて離れ業をやってのけていることを示唆しています。

ここで「なあに!? そんなビッチの書いたものに感動していたの!ガッカリだ!」とお怒りになるならば、あなたは芸事というものを理解していない。
村山さんに美しいピュアなところが無いのかといったら、それはあるでしょう。でも、ピュアできれいな白村山だけではない。グログロドロドロした執念深い女、黒村山もいる。その両方があってこそ、ピュアホワイトといえるほどの美しい物語をつむぐことができるのです。

そう、村山由佳先生が第一線で活躍できる作家でありえるのは、まともなサラリーマンの夫を捨ててヒモ男を選べる女性だからこそなのです。
普通の結婚をして主婦生活に満足していられるような女は、売れる作家になんかなれない。
「結婚に向かない女」は褒め言葉!で「優れた才能を持つ女は(伝統的な)結婚には向かない」といったのは、こういう意味です。

芸事に優れる、クリエイティブな才能を生かして第一線で仕事ができる人間というのは、多かれ少なかれブッ飛んだところがあります。
結婚で人気をすっかり落としてしまった俳優・福山雅治も「いいお芝居される女優さんて、内面がかなり破綻している」と言及しています。【参考記事】福山雅治「生まれ変わるなら女性がいいな」そこまでしゃべるか!真夜中トーク

言い換えると、そういうところがない人は大成しません。
頭がマトモで常識的な女は「いい女優(作家、画家、歌手等々)」になんてなれないのです。
常識では理解できない世界でこそ、クリエイティブな才能というものは磨かれて花開く。これは歴史が証明していることです。

「毒親」が役に立つとき

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一般的には「毒親」というのはとんでもない害悪です。
しかしながら、芸術的な才能を伸ばすという意味では、毒親ですら肥やしになります。

なぜなら、「幸せ家族でノホホンと育った娘さん(息子さん)」には「テメエラ蹴落として絶対のし上がってやるコノヤロウ!」という気概が持てません。
お育ちのよろしい方々は「みんな、幸せだったら、いいよねぇ~(w´ω`w)」とほわわわ~ん、のんびーりして、なんとなーく流されてなんとなーく生きてしまいます。
だから、たとえ才能があったとしても磨かれない。プロ級にはなれないんです。

もちろん、ここで安易に毒親を肯定するつもりはありません。私自身も毒親に非常に苦しめられてきた人間ですから、毒親の恐ろしさは身にしみてわかっております。
しかしながら、それでもなお毒親に「ドロドロした憎しみの心」を植えつけられたからこそ、その泥の中で這い上がって美しい蓮の花を咲かせた芸術家は枚挙に暇がありません。

例えば、日本が誇る芸術家・岡本太郎。
彼の母親は若い男を愛人にし、しかも夫と息子と暮らす家に愛人を同居させるだなんて、まあとんでもない酷い女性でした。
岡本氏も、そんな母親のことを相当憎んでいたようです。

このあたりは瀬戸内寂聴「かの子撩乱」に詳しいので、興味のある方は読んでみてください。

男にとって、母親とは大きな存在です。
あの文豪・芥川龍之介だって、実の母親が狂い死にしたことを後々まで引きずっていたそうです。
岡本太郎のあの突き抜けた芸術性が育ったのも、母かの子の破天荒な気性あってこそだったでしょう。

だって、普通のやさしい母親に普通にのほほんと育てられたら、「作りたくて作りたくて仕方がない!形にできなきゃ死んでしまう!!!」っていう、あのクリエイティブで生きていく人間特有のわきあがるパッション(飢え渇き)なんて育たないもの。
ドロっとしたところがないと、人の心をつかむものなんて、作れないのだもの。

曽野綾子氏は「善人は、なぜまわりの人を不幸にするのか 救心録」で、母親には憎しみを教わったと述べています。
ここまで深い憎しみを教えられるのは、母しかいなかったのだと。

愛憎とはよく言ったもので、この三次元では二元性ゆえに、真の愛にたどり着くには憎しみを知らねばなりません。
憎しみもまた、愛の一形態。コインの表裏なだけで本質は同じもの。
時に、一番深い憎しみを教えてくれるのは親という存在だったりします。皮肉にも、それが愛の第一歩になるわけです。

ネガティブな感情を簡単に排斥したがる人がいますが、心に意味もなく感じるものなどありません。
あなたの人生にとって、何らかの意味を持つからこそ、ドロドロしているのです。
そのドロドロしたところから、美しい花は咲くのかもしれませんよ。

2013年08月03日 | Posted in 人生:スピリチュアルブログ, 恋愛・結婚:スピリチュアルブログ | タグ: , , , , , Comments Closed 

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