いじめはいじめられる側が問題だ

最も深い学び。家族関係について

いじめというと、いじめる側が問題にされがちです。
文部科学省の学習指導要領でも「教師はいじめる側が悪いのだという毅然とした態度をとる」というような内容が記されています。

確かに、正論です。正しいです。
でも、それでいじめが無くなりますか?
無くならないでしょ。【参考記事】あなたが“生きにくさ”を感じるわけ

いじめは、いじめる側よりもいじめられる側をどうにかしたほうがいいんです。
いじめる側が反省して心を改めるには、大抵時間がかかるし膨大な労力が必要です。しかも、結構な確率で変わらない。

そんな悠長なこと言ってたら、いじめられる側はどんどん追い詰められます。
「いじめられてるお前がどうにかしろ」という言葉は一見、非常に冷酷に響くでしょう。
しかしながら、いじめられている側をどうにかするほうが急務であり手っ取り早いのです。

とにかく、虐げられる側はその状況から逃げる(もしくは変える)ことが必要です。
そのために、正論で「いじめるほうが悪いんだ!」なんて言ってたら埒があきません。

なぜここでいじめについてわざわざ書くかというと、世の中に「いじめられたことのない人」などほとんど存在しないからです。
芸能人がよく「いじめ体験を告白!」とか言いますが、そんなのわざわざ言ってるほうが「いじめは特殊な体験である」と言っているようでピントがずれている気がします。

どこにでもあるのは、リーダー格の子が順番にグループ内の子を無視する遊び(いじめ)です。
リーダーにとってそれはストレス解消であっていじめではありません。遊びです。おふざけです。
この場合、リーダー格以外の子はいじめられる経験をします。5人グループだったとしたら、実に8割がいじめられる体験をします。

そう、要するに世の中に「いじめられたことのない人」なんて1~2割しかいないでしょう。
ほとんどの人間は、実に普通にいじめられっ子だったのです。

そして、いじめって子供や学生時代だけの話じゃないんです。
大人の間でも、職場でもあるんです。しかも頻繁に。
だから、わざわざここで書かなくてはならないのです。子供だけの話じゃないから。

どうしていじめが深刻化するのか

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いじめというのは、様々なものがあります。
軽いものから深刻なものまであります。

私も話し方がトロいほうなので、しょっちゅうからかわれていました。
女子特有の「無視ごっこ」のターゲットになったこともありました。
でも、私の場合はそれほど深刻ないじめには発展しませんでした。

どうしてかと言うと、私は腕っ節が強くてケンカには自信があったからです。
小学生の頃までは、男子も殴って泣かせていました。メスゴリラ的な女子っているでしょ、あれです。
ある程度までは我慢するけど、臨界点に達したら容赦なく相手をボコボコにしていました。

そうすると、いじめっ子なんて大抵気が小さいからサーッと逃げていくんです。
これには気迫も必要です。
「ちょっと怖い」くらいじゃ逃げませんから「めちゃくちゃ怖いおしっこちびる、こいつ怒らせたらマジ殺される」と相手に思わせる気迫が必要です。
ハッタリでいいんですよ。ハッタリで防げるならそれに越したことはないでしょう。

あと「一人でいても全然平気」という事実を知ること。
「一人でいたってなんとかなる」ということを知れば、無視されても全く問題ありません。
【関連記事】「ひとりでいる」という幸せ
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ゆえに「お友達がいなきゃ恥ずかしい」「仲間がいてこそ人間だ」っていう教育は、ちょっとどうにかしたほうがいいと思います。

大津中2いじめ自殺 学校はなぜ目を背けたのかでは、自殺した少年が、ひどいいじめを受けてもニコニコ笑っている様子が描写されています。
どうしてイヤなことをされても笑うのか?
それは「一人になるのが怖い」からです。

でも、一人になるのが怖いからって、いじめを我慢して結局死んじゃうなら何の意味もありません。

この少年は「自分はありのままで存在していても愛される(そしてそれが当然のごとく許される)」という意識が全く欠けています。
父親はしつけに厳しいばかりで子供の感情に寄り添ってくれないし、母親は愚痴をたれながしてしまうほど情緒的に子供へ甘えっぱなし(親子の立場が逆転している)。
そんな不健全な親に育てられた子が、「一人になれる強さ」を持てるはずがありません。
逆に「相手に合わせなきゃ自分は受け入れてもらえない」という刷り込みがなされ、「何があっても自分が我慢しなきゃ見捨てられてしまう」と考えるようになるでしょう。

だから、いじめが深刻化するのです。
「イヤもう無理」と思った時点で、キレるなり逃げるなりすればいいのに、我慢しようとして自分を殺してしまうのです。心も命も。

加害者側の少年の異様な行動(エスカレートしたいじめ行動)も、少なからず両親の影響によるものでしょう。
この子の父親は経営者で母親はエステティシャン、そしてPTA会長だったそうです。

私は正直、これで「うわぁ~~~~~やっぱり」と思ってしまったんです。
私は間近で何人も経営者という人種を見てきましたが、正直家庭崩壊している人が多いんですよね。ビジネスマンとしては非常に優秀だけど、父や夫としては最悪な人が多い。(もちろん、全員がそうとは言いませんよ!)

あとエステティシャンっていうのも、「妻」や「母」であることよりも「オンナ」である自分を優先する「家庭向けじゃない人」が残念ながら多いんです。
結婚しなきゃいいのに、子供産まなきゃいいのに、って人多い。
人には向き不向きあるんだから、無理しなくていいのに。特に今の時代には大切なことですよ。

経営者って地元の名士だったりするから、PTA会長やってる人も良く見ます。
でもね、家庭崩壊してるんですよ。フツーに。もうオーラ見た時点で「あーこの人奥さんと子供大事にしてない人だな」ってわかるレベルで崩壊してるんですよ。
飲み屋のオネーチャンには「俺、基本的に家には帰ってないからいつでもオッケーだよ」だの「アレ(女房)なんざもう女じゃねえから、ガハハハ」だの言いながら、上っ面では「いい父」「いい夫」ぶってるんですよ。
丁重にご来賓として扱われる「PTA会長様」なんですよ。

そんな家庭で育つ子供の気持ちが想像できますか?
いじめは絶対にいけないことです。それは大前提です。
でも、「ああいう人種」を父親に持つ子供なんて、心がすさむに決まってる。過剰に攻撃的になってしまう可能性だってありうる。

「みんなでなかよく」じゃ幸せになれない

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じゃあ、こうやってすさんでしまった子供をどうやってケアしたらいいのか、といったら時間がかかるんです。2,3回呼び出して説教したらOKとかいう問題じゃないんです。
だからこそ、被害者側がまず逃げることが先決なんです。加害者が変わってくれるのを待っていたら、被害者の心も体もズタズタになってしまいます。

大人の場合にも大切ですが「世の中にはどうしようもないクズみたいな心根の人間が存在するのだ」という事実を、まず受け入れることです。
「誰にでも良いところはあるんだから!」なんてオメデタイことを言っていては、一生そういうヤツらの食い物にされるだけですよ。
人の気持ちを思いやってばかりいては、自分がつぶされるだけなんですよ。

教師はね、そういうこと言いたがるけどね。
だから教師の子供って、マトモに育たないんだよね。
かわいそうに。

私はいじめられる側を問題にする、いじめられてる側を保護するなり逃がすなり、安全なところに移して「自分のために戦っていい、もっと自己中になっていい。なんでも自分が悪いと思い込む癖をやめなくてはならない」というトレーニングをしたほうがいいと思っています。
いじめる側が悪いと指摘して、そういうヤツらを変えていくなんて時間がかかるんです。
それは正論でしょうけれど、現実にんなことやってたら間に合わないんです。

いじめられてる人間に「どうやったらいじめられなくなるのか」を教えるほうが急務なんです。
そのためには「いつでも笑顔!」「みんなで仲良く!」をやめる勇気が必要です。
「あいつらクズなんだから、絶対言うこと聞くな」って黒さがなきゃ対抗できないんです。

キレイゴトは無力です。
大人はとかく素直でイノセントな子供を求めがちですが、それはエゴですよ。
イノセントだと社会(学校)じゃ生き残っていけないんです。「いい子」ほど、社会では上手くやっていけないんです。

親が子供に対して「いい子になってほしい」と思ってるからダメなんです。
いじめる人間が悪いからどうのこうの言ってるヒマがあったら、大人は子供に「図太くしたたかであること」の大切さを教えるべきです。

2013年05月27日 | Posted in 人生:スピリチュアルブログ | タグ: , , , Comments Closed 

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