私をキラキラしていて素敵だと思っている方へ

Nozomi

私に憧れる人が、たまにいます。

「ハァ~? あんたみたいにイタくてキモイ変人のどこがいいのよ!」
と思った方は、この記事は読まなくて結構です。
私のことを綺麗な人間だと思っている人がいるので、そういう方のために、この記事を書いています。

私に憧れてヒーラーになりたがる人がいます。
「ヒーラーになったら、人を救えてみんなで幸せになれて最高じゃないですか★」
と、イノセントにキラキラした瞳で言ってくる人がいます。

もしくは
「Nozomiさんみたいに、自分の好きなことしてキラキラして輝いて生きていたいんですっ★」
とおっしゃるお嬢さんもいらっしゃいます。

そういう方に
「じゃあ、あんたは泥水飲む気、あんの」
と言うと、ほとんどが「え…いや、私、そんな…、え、だってNozomiさんはいっつも楽しくてニコニコしててポジティブで嫌なこと一つなく生きてる人…なんですよね?」とビビリます。

そういう人に結構遭遇するので「ああ、そうか、サイトのブログ記事読んでるだけじゃ、私キレイに見えちゃうんだ。じゃあフェアじゃないな」と思いました。
そのために、この記事を書くことにしました。

楽してここにいるわけじゃない。
根性があるからこそ、今私はここにいるということです。
泥水を飲んで這い上がって、今ここにいるということです。

私の巫病期間

dark

巫病と呼ばれる現象があります。
Wikipediaでは以下のとおりに書かれています。

巫病(ふびょう)とは、呪術者・巫(シャーマン)がシャーマンになる過程(成巫過程)において罹患する心身の異常状態をいう。
巫病 – Wikipedia

私は本格的にこの仕事に導かれたころ、この状態になりました。

眠れなくなり、毎日「どうやったら生きていられるんだろう」と圧倒的な恐れにさらされました。
放っておいたら、勝手に体が動いてマンションのベランダから飛び降りたくなるので、窓には怖くて近寄れませんでした。
地下鉄に衝動的に飛び込みそうになる自分をどうやって止めたらいいのかわからなくて、ホームでは地下鉄が入ってくるまで、椅子に自分の体が動かないようにしがみついていました。
包丁を持ったら衝動的に、自分の胸に突き刺しそうで、あんなに好きだった料理もできなくなりました。

とにかく、毎日が過ぎていくことだけで、精一杯でした。
生きているだけ、いや、「死なない」だけで精一杯でした。

その当時もう私は親と縁を切っていました。
友達も恋人も縁を切ったので、誰もいませんでした。
たった一人でした。

たった一人で、耐えました。
ずっと、一人でした。

だから、正直なところ、家族や恋人や支えてくれる友人がいて「私は鬱だから辛くて」と言う人を「あんたなんて恵まれてるじゃん。甘えんなよ」と言いたくなります。
私は、すべてを一人で乗り越えたからです。

とても辛かったです。
よく生きていたなと思います。

そんな時期は、当然仕事もほとんど入ってきませんでした。
上の人(私のガイド)は「今はまだ仕事をする時期じゃないから、ボケーっとしてなさい」と言いました。
確かに星(ホロスコープ)の配置としても、仕事はしない時期でした。(ネイタル2室を土星運行中でした。ネイタル2室には火星(仕事の星)があります)

なので、瞑想したり、ホームレスのおっちゃんと並んで座って一日中川を眺めていたりしました。

こう書くと「のんびりしてていいですねえ、うらやましい」とか思われるかもしれないので、一応書いておきますが、精神状態は最悪でした。
一日一日と減っていく預金通帳の数字を見るたび、「もうダメだ」と追い詰められました。
街に出ると人が「こんな時間に歩いているなんて無職じゃねーの」という目で見られている気がして、ビクビクとおびえていました。だから、その時期は人ごみを避けるようになっていました。

何より、自分の存在が許せなかった。
自分を殺したくて仕方ない衝動があった。
言い換えると、親の期待を裏切る自分が許せなかった。

結婚しない女はクズなのよ、わかる?

wedding

私は小学生のころから運動会ではリレーの選手で徒競走は一等賞、勉強もできて、クラス委員で、授業ではいつもハキハキと発言する積極的な良い子の優等生でした。
ずっと親の敷いたレールを歩いてきました。

このブログを良くお読みの方なら「何を言っているんだお前は」とツッコみたくなるでしょうけれど、かつての私は「世間並に生きていこうとしていた」のです。
でも、ズレてきちゃったんです。
自分は親の言いつけを守れる良い子じゃないことに、気がついてきてしまったんです。

決定的な機会になったのが「結婚」でした。
20代後半の私は、婚約していた彼氏に振られてしまいました。当然、結婚話もおじゃん。

そこで、いきなり母親のなんかのスイッチが入ったのでしょう。(私にはそう見えました)
「あなたにふさわしい結婚相手をちゃんと探してあげるわ!安心しなさい!!」
と、私のための見合い相手を探し出したのです。

「え、いや、そんな見合いまでして結婚したいわけじゃ…」
「何いってんの!?あんたもう28なのよ!?
 30超えたらバツイチ子持ちの男しかアンタなんて相手してくれないのよ!?」
「バツイチの何が悪いの…」
(その時点で私はすでに、バツイチの人と付き合ったこともあったのです)
「ハァ?結婚に失敗する人間なんてろくでもないの! ウチの家系はちゃんとしてるから、離婚なんて恥ずかしいことしてる人は一人もいないんだからね!」

そして母は鼻息荒く釣書を用意し、
「○○さんとこの息子さんはどうかしら!彼女いるのかしらね、慶応卒で東証一部上場企業にお勤めなのよ!」
(お母さんは私のためを思ってやってくれている。なのに、何でだろう…なんか違う。なんかキモチ悪い)
私は、そんな母への違和感を募らせるばかり。

類は友を呼ぶ。
母の友人の「地位のある夫を持つ勝ち組おマダム」にずらっと囲まれ、私はこんなことも言われました。
おマダム1(銀行重役夫人)「あぁら、Nozomiさん。女の子ならウェディングドレスが憧れよね~ぇ」
私「え、や、別に(むしろどうでもいい)」
おマダム2(教育長夫人)「そうよね~ぇ、女の幸せは、結婚ですものぉ~!ね、おマダム1さん!オホホホ!」
1「おっしゃる通り。Nozomiさん、お母様から伺ったのですけれど、あなたまだいい人がいらっしゃらないんですって?」
2「女はね、クリスマスケーキと言うように、25過ぎたら値が下がるのよ。Nozomiさん、あなたもう28だなんて、女としては売れ残り。危機感を持たねばなりませんよ」
私「でも私は無理してまで結婚しなくてもいいと思うんですけど――」
1「オーーーホホホホ!」
2「オーーーホホホホ!」
1「可愛いわねぇ、何もわかってらっしゃらないのよ」
2「何も世の中をわかっていらっしゃらないのね。だからお母様もあなたを心配するのよ」
1「Nozomiさん。女の一生は結婚相手で決まるのよ」
2「あなたはきちんとしたおうちの教養あるお嬢さんなのだから、自分に釣り合う男性を見つけねばなりませんよ」
1「大丈夫。安心なさい。私はこの間も24の娘を片付けたのよ」
2「あなたは少々年増だけれど、大丈夫よ!ギリギリ何とかなるわ!」

既に私は、母の世界にどうしようもない違和感しか持てませんでした。お見合いなんて絶対イヤ。
しかし、よってたかって世間の超勝ち組おマダムに「あなたはわかっていない!」と説教されたので、とりあえず電話でだけ男性を紹介してもらうことにしました。
32歳の京大卒の公認会計士。エリートです。

「こんにちは、紹介していただいたNozomiです」
「ああ、どうも京介(仮名)です」
「法律のお仕事なさってるんですよね、大変ですね」
「いや、別にそんなことはないですよ。確かに仕事量は多いですけどね」
「法律って難しいから大変だと思いますよ、私には難しいです」
「法律が難しい?いやいや、それこそNozomiさんの誤解だと思いますよ。たとえばね、憲法なんてのは、俺は哲学だと思ってるから」
「…………え……………」
「いや、ちょっとあなたには難しかったかな?アハハ」
「(難しいとか、そういう問題じゃなくて…)あ、あのーそうだ、スポーツとか好きですか?私はサッカーが好きで、コンサドーレ札幌のサポーターなんです!」
「俺はサッカーは興味ない」
「………………。…あ、…じゃあ、何かほかに好きなものでも……」
「野球だね」
「あ、野球ですか?うちの職場でも今、日ハムが盛り上がってて――」
「日ハム?あんなのにわかだろ、どうせすぐ冷めるよ」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」

無理。
絶対無理。
こんな男と結婚しなきゃならないくらいなら、私一生独身でいい。

電話後速攻、紹介者のおマダム2から電話が。
おマダム2「Nozomiさん、京介さんとお電話したんですって?どう?とても素敵な男性でしょ、きちんとした大学を出ているし公認会計士だから――」
私「すいません。素敵な方だと思いますが私にはちょっと合いません」
おマダム2「あら何を言っているのN――」
私(ブチ切り)

話をしても平行線になることがわかりきっていたので、失礼ながら電話を切らせていただきました。
(もちろん、その後かかってきたのも無視)

そして、母に
「私ィ、結婚相談所に入会しようと思うのぉ~!
 ほら、結婚相談所って所得の高い男性も選べるでしょ?
 医者や弁護士みたいなエリートも紹介してくれるらしいのヨォ!
 だから、そっちのほうがいいと思うの!お見合いの話はいいよ!
 私、ちゃんとエリート探してくるから安心してねっ★」
とブリブリのいい子ヴォイスで「私エリートのお嫁さんになりたい女子ッ」演技をし、お見合い攻勢をやめてもらうことに成功しました。

結婚相談所? もちろん口先だけで、実際には入りませんでしたよ。
もうエリートは勘弁してくれよ。俺ぁバツイチだろうが高卒だろうが、自分が好きな人と一緒にいたほうが幸せなんだよ!!
東大卒だろうが医者だろうが、好きじゃない男なんて私にとっちゃ何の価値も無いんだよ!

でも、そんな価値観を親が受け入れてくれることはありませんでした。

私が親と縁を切る契機になった一つの会話があります。
私「仕事やめることになったから」
母「えっ?はっ?」
私「もう退職届出したから」
母「どういうこと?なんでやめるの!?」
私「スピリチュアルカウンセラーになるの」
母「何わけのわからないこと言ってるの、仕事やめるって言うなら結婚しなさい」

この会話で私は「ああ、もうこの人は絶対にわかってくれないんだな」と思い知ったのです。

闇に光が射すとき

light

親と縁を切って、私は自分を殺したい自分に気がつきました。

私は、それまで親の期待に応えることで生きていたのです。
自分のやりたいことではなく、親の求めることをやって生きていたのです。
そんな自分を、私は心から憎んでいました。親のために心を殺す自分を、自分の味方になってくれない自分を。

「親の言うことを聞けない自分なんて生きてる価値は無い!」とも思いました。
実際、私の親は「親の言うことに逆らうなんてとんでもない人間だ!」という人たちでしたから。

縁を切る直前、父に「親に迷惑をかけるな!」と怒鳴られ、私は
「子供は親に迷惑かけていいんだよ!だって親は子供のことを愛しているんだもの!」
と言い返しました。父は、言葉に詰まって、何もいえませんでした。

私は、親の言うことを聞いてはならぬのです。
私には、私の道がある。
そして、私の親はそれが理解できない人たちだった。だから、親の言うことは聞いてはいけない。

でも、約三十年間ほどこされてきた「洗脳」をとくには、地獄の苦しみがありました。
本当に、自分を殺したい衝動を抑えるのは大変なことでした。
「親の言うことを聞けないなら死ね!」と自分の内側から父親がかつてのように怒鳴るのです。

だから、しばらくの間は生きているだけで精一杯でした。
どうやったら自分を生き延びさせられるのだろう、死なないでいられるのだろうということだけしか考えられませんでした。

睡眠薬は飲みましたが、精神安定剤は飲みませんでした。
なんか嫌だったんです。薬に頼らないで、自分と向き合いたかったんです。
でも、眠れないのはあまりにも辛いから、半年だけ睡眠薬を飲みました。それが私なりのバランスでした。

全部一人で耐えました。

そうして、私は冬至から春分に向かう季節を感じ始めました。
一日一日、日が長くなっていくのがわかりました。
それにすごく励まされたのです。別に、太陽は私を励ますつもりなんて全然無いのですけれど、その日の光に、生命力を感じたのです。

「ああ、私、親に刃向かって生きられる」
そういう実感を手にしはじめました。
薬無しでも眠れる自分に気づきました。

仕事も、ポツポツと入ってくるようになりました。半年間一件も予約が無かったのが嘘みたいに。
すべての冬眠が、解けていくかのようでした。
悪い夢から、覚めたかのように。

私はここまで精神的に追い詰められて、親と縁を切って、まったく予約が入らない時期があっても、この仕事をやめませんでした。
それでこそ今があります。

だから、根性なんて無いから楽して生きたい、嫌なことはしないで自分の好きなことだけしていきたい、苦労しないで平穏に生きたい、ネガティブな思いをするのは嫌、という人は、残念ながら私はロールモデルとしては適していません。
どなたか他の方を探してください。

2013年05月19日 | Posted in 読むヒーリング スピリチュアルブログ | タグ: , , , , Comments Closed 

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