サラリーマンはやっちゃダメ!「自由に生きるのに必要なこと」

★注意★
この記事は、社会に上手く適応し、サラリーマンや主婦をやって安定した生活をしていきたい方は読まないでください。
平穏な人生を送りたい人には、却って悪影響になりかねません。

真っ当なサラリーマンが金持ちになれないわけ

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人から叩かれる(否定される)ことを、極度に恐れる人がいます。
「人から悪く思われてしまったら、自分はおしまいだ!」とびくびくして、いつも周りの目を気にして生きている人がいます。

確かに、一般的なサラリーマンや主婦をやって生きていくならば、それは大切なことかもしれません。
でも、あなたがもっと自由に生きていこうと思っているなら、たとえば、フリーランスや経営者やクリエイティブな職業(各種デザイナーや小説家等)で自分の才能を伸ばして生きていこうと思っているなら、それは邪魔です。
世間からは「社会不適応者」といわれるような極端な性格こそが、自由に生きていく人間には大切という要素もあるのです。

たとえば経営者。
私は、性格のマトモな経営者を見たことがありません。
みんな、どっかブッ飛んでます。アタマおかしいです。

経営者だけに限らず、世の中の金持ちというのは、やっぱ変人ばっかです。
この変人を自称する私ですら「こいつ、頭オカシイ…」と呆然とするようなことを平気でするのが、世の中の金持ちです。
言い換えると、そんなんだから金持ちなんです。常識的にしてたら今の日本だと、貧乏になるのが普通ですから。

もちろん、あまりにも人にひどいことをしていたら巡り巡って自分が破滅します。
でも「変なこと」自体は、愛に背かないこともあるのです。

例えば、毎日ジョギングついでに遊歩道のゴミ拾いをするのは「変わっている人のやること」です。
普通はしないでしょ。変ですよ、そんなことやる人。
えらいけど、ヘン。普通はそんなことやろうと思わないよ。

でも、そういうことをやってる変な人、普通の人が気がつかない変なことを思いついてやってる人って、やっぱ金持ちになるんですよねえ。
金が集まるんだよ。
金に好かれるんだな。

でも、これは普通のサラリーマンや主婦にとっては絶対的にダメな資質です。
サラリーマンは組織の枠組みの範囲内に収まってなきゃダメだから。主婦は世間体の範囲内で常識的に生きなきゃ近所から白い目で見られるから。
自分の頭で考えて、思いつきで変なことなどしちゃダメなんです。

だからサラリーマンは、金持ちにならないんだよ。真っ当だから。

お前なんてクズだこのやろう!

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私はできるだけ美しい言葉を使って、人を傷つけない言葉を使ってこのブログを書くよう、はじめは心がけていました。
でも、上の人(私のガイド)からスパーンとハリセンかまされ
「何やってんだ、そんなんで客が来ると思うのか!」
と怒られました。

「ちゃんとクズとかクソとかゴミとか書け!!」
「でっ、でも美しい言葉で書かないと美しい愛は伝わらないのでは……」
「お前何甘ったれたこと言ってんだ。この世界が美しい愛などであふれてると思ってんのか!愛であふれてない世界に住んでる人間に愛ばかりの言葉で語ったって、そんなんじゃ心に届かないんだよ!もっとクソと言え!ファックと言え!そういってはじめて本当に愛に飢えている、愛を必要としている人間が振り向いてくれるんだ!!
 大体、愛あふれる美しい言葉が必要だってんなら、そんなの道徳の教科書読んでりゃいいんだよ!
 だけど、世の中でどれだけ『道徳の教科書が私を救ってくれました!』なんていう人間がいる?
 道徳の教科書じゃ人は救えない。キレイゴト言ってたって人は救われない!
 キレイゴト言うのはお前の役割じゃない!クソと言えクソと!!
 お前なんてクズだこのやろうと言え!」

なので、私はここで書かねばなりません。
「こんなサイトなんざ見てるお前はクズだな。やーいクズ」と。
(そして、そんなクズどもが大好きだぜベイベー)

確かに、上の人のいうことはわかるんです。
きれいで美しくて上品な言葉を使って何事も婉曲に表現すれば、波風立たせずにすみます。
しかし「波風立たない」ということは、言い換えると感情を揺さぶる(=心に届ける)ことはできないということです。

NHKのドキュメンタリーに、アマゾンの奥地に暮らす原住民の生活を取材したものがあります。
NHK-DVD ヤノマミ~奥アマゾン 原初の森に生きる~[劇場版]

このドキュメンタリーで、取材班は「ナプ」と呼ばれます。
よそ者で、人非人といったニュアンスです。さげすみや見下しの意味合いがこめられています。
日本人記者は、当然アマゾンの少数民族の言葉なんてわかりません。でも、ヤノマミ族たちが自分たちを見て「ナプ、ナプ」と言ったときに、明らかにそれがいい言葉ではないということが肌で感じられたそうです。
この「ナプ」という言葉がお上品なものであったら、日本人記者は全く単語の意味が取れなかっただろうし、それが一単語であることすらわからなかったでしょう。

「スラング」というものには、確かに人の心をえぐる力があるのです。
だから、上の人は私にきれいでお上品な言葉ばかりを使うことを禁じるのです。
ファック。

「死ね」といわれたところで別に死なない

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あることで他者よりも独自性を持った生き方をするなら、それは必ず叩かれます。
「出る杭は打たれる」のです。
でも、そこで負けるならば自由は手に入りません。

自由に生きたいなら、人から何を言われても気にしない「叩かれて万々歳」「叩かれるのは折込済み」くらいのメンタリティが必要です。

私は、ずっと何をやっても叩かれてきました。
ネットでは、2ちゃんねるどころではなく、あめぞう時代から叩かれていました。
あめぞう、知ってますか? 2ちゃんねるの前身といわれるアングラ掲示板です。

もう筋金入りの叩かれ人間です。
「キモいオタク」「イタイかんちがい女」なんて挨拶代わりです。
たまに「アンタなんて皆から嫌われてるんだから調子に乗るな!」とか、わざわざメールを送ってくださる方もいます。

私もはじめてあめぞうで叩かれたときは、当時の個人サイトの掲示板があらされエロ画像が大量にメールで送られてきて「これは大変なことになった」と青ざめたものです。
しかし、それと同時に気がついたことがありました。
「ネットで叩かれたところで、日常って全く変わらないんだ」と。

もちろん犯罪行為などで糾弾された場合は、確実にリアルでも影響があるでしょう。けれども、私の場合は個人サイトで「お前は気に食わない」と叩かれただけだったので、全くリアルには影響がありませんでした。
仕事も普通。職場の人も全くいつも通り。
友達も全く変わらず。別に叩かれたからって、友達は一人も減りませんでした。

そこでわかったのです。
「なんだ。ネットで死ねって言われても、別に死なないんだナァ~」と。
そして、「叩かれるほど注目してもらえるというのは、一つの力になるな」と。

この仕事をやっていくのにも、見てもらえないことには話になりません。
誰もがスルーするサイトを作ってしまったら、生活なんて成り立たないのです。
とにかく見てもらって、何か感情を動かしてもらえないと第一歩にすらならない。

そういう意味で「叩かれて炎上する」ということは合格点なのです。
もちろん、叩かれればそれでOKというわけではなく、そこをきっかけとしてコツコツと誠実な姿勢を見せていくこと、誹謗中傷に安易に乗らない冷静さも大切です。

外野が何を言おうが、とにかく地道にコツコツ積み上げること。
そうやって真面目にやってれば、わかってくれる人は必ずわかってくれるんです。
それでこそ、ふざけ半分でストレス解消に叩いていた人たちが自分のファンやお客様に変わってくれるのです。

2013年05月11日 | Posted in ビジネス:スピリチュアルブログ, 人生:スピリチュアルブログ | タグ: , , , Comments Closed 

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